0403 安全な高台
穿越者が降臨するたびに、世界は必ず変わってしまう。多くの人の軌跡が変わるが、それは変動の幅の大小の問題に過ぎない。
一つの小石を水の入った壺に投げ込むと、たくさんの水しぶきが上がる。何度も投げた後、毎回小石が波紋を誘発するのを見ると、つい小石は水の中で水波を起こすだけだと思い込むようになる。実際には、壺の液体は水かもしれないし、ニトログリセリンかもしれない。この水の深さを測ろうとして小石を投げ込む人は、この液体の性質がどれほど不安的であるかを全く認識していない。
轮回者というこの小石にとって、この世界のすべての人は水のようなものだ。轮回者に遭遇したときに普通の波を立てる。しかし轮回者たちは、盧安の性質がどれほど不安的であるかを全く知らない。
何度もの時空越えの中で、輪廻者たちはめったに盧安に遭遇しない。わずか数回の遭遇時には、盧安を通りすがりの者として見逃していた。しかし、これらの輪廻者たちは知らない。彼らが絶えずストーリーを改変している間、盧安がそのストーリー改変に対応するために何をしていたかを。
彼らの目には元のストーリーでは、盧安の役割はごく普通で、物語後半になって数人の主人公に超能力装備をデザインする程度だった。実際、これは物語後半では珍しいことではない。世界全体の混乱度が増すにつれて、後続の多くのストーリーでは、各組織は超能力者の戦闘力を惜しみなく強化し、それに合った装備をオーダーメイドする。そして、この大きな流れの中で、他の時間軸の盧安もその流れに従っているように見える。
盧安は確かに物語の鍵を握る存在であり、高次元の情報が他の次元の創作者たちに反映され、多くの人物を描く際に、数々の文学作品に盧安の影が確かに見られる。しかし、盧安を描写するのは困難だ。小説、映画、ゲームのいずれにおいても、盧安を描写するのは難しい。数多くの時間軸で盧安が力を発揮しないため、多くの作品が彼に焦点を当てられないのだ。
盧安が複数の超能力者のためにカスタマイズした超能力機器が、他の研究部門のものよりわずかに優れている理由。これには複雑な科学知識体系と研究フィードバック機構が関わってくる。これは、他の次元の娯楽大作的なストーリー展開では、映画の尺を割いてまで詳述すべきことではない。
そして電子ゲームでは、盧安はレベル上げができないキャラクターであり、他の白銀や黄金の超能力者はレベル上げが可能だが、徹底的に戦場に立たない盧安だけはレベル上げができないため、電子ゲーム内の盧安は装備を売るような存在となっている。
ある次元の電子ゲームで描かれる『宇宙の影3』の諸王の戦いのストーリーでは、各ストーリーキャラクターにはそれぞれの勢力、超能研究所、研究とサービスのチームが存在する。一方で盧安は、主人公たちに戦力ポイントを付与するキャラクターである。
小説においては、単一の時間軸を描くいかなる作品も、最初から最後まで力を使わずに戦場に立たないこのような人物を描写するために筆を費やすことはない。さもなければ、その小説はあまりにも冗長になり、打ち切りになってしま宇田ろう。
盧安を殺すことに関しては?いかなる作品もこのシナリオを描かないだろう。あたかも、いかなる歴史書でも、仁義の軍を描く際に、そのいわゆる仁義の軍が都市を虐殺したという話を決して記録しないように。
その上、《宇宙の影》のすべてのプロットラインにおいて、いかなる主人公も自分のチームに厳しく接することはない。敵陣営のチームでさえ、ほとんどは実験器材やデータを破壊し、超能力を持たない人を決して殺さない。これは主人公たちの偽善ではなく、非常に現実的な問題である。
残虐行為に対して、民衆は自分自身に影響が及ぶことを恐れて、初めて痛罵する。二十一世紀の地球では、大国が小国に対して無理に干渉し爆弾を投下することは、主流の世論において民主主義を広める行為である。しかし、競争する大国が軍備競争を行う場合、主流の世論はこれを狂人の行為と痛罵する。これは、前者は自分自身に影響が及ばず、後者はそうなるからである。
超能力を持たない研究員として、次の乱世では単に生存のためであり、もし超能力者が敵陣営の研究員を虐殺すれば、相手陣営の超能力者が無能力者に報復する確率は極めて高い。超能力を持たない者は、持つ者より殺しやすい。
だから、すべての超能力チームは、多くの人に参加してもらい、自分の補助チームを強化したいのであれば、行動には準則がなければならない。物語の中で、チームの補助がない場合とある場合は全く別物だ。もし全く科学技術の補助がなければ、超能力者は完全に現代軍隊によって鎮圧されうる。
準則がどのように形成されたのか、あるいは、一体誰がこの概念を広めているのか、このような小民の生存方法は、他の次元ではいかなる映画、漫画、ゲーム、小説もこの概念の源を記録していない。
これは、当初その基準の伝播手段と操作方法が非常に複雑だったからだ。乱世が現れたばかりの頃、各無能力者たちはさまざまな偶然に導かれ、将来どのように生きるべきかを考え始めた。これらの膨大な偶然の背後にある理由を説明しようとすれば、一段落や一章ではまとめきれないため、それらの世界の文学作品はこれらの情報を記録するために筆を無駄にしない。
虎部の汽船が「怠惰」と名付けられたイルカを港に運び戻し、大型貨物トラックがその生物を降ろした。二十台以上の防弾ジープの護衛の下、この超常現象を抑制できる高等研究素材は、数々の輪廻者勢力の目の中、厳重に警護された虎部の実験室に入っていった——「怠惰」、登場だ。
もちろん、「怠惰」が最初に到着したわけではない。
同じ頃、上海の黄浦江外灘に位置するある豪華な歌謡ホールでは、幻想的な照明がきらめく中、金髪を巻き、女性のような顔立ちでありながら口ひげを生やした「雙欲」が電撃的なヒップダンスと腰振りを止め、何かを感じ取ったかのように虎部がイルカを拘束している場所を見つめ、その目には嫌悪の色が浮かんでいた。
「これは何だ?」「雙欲」はロシア語で困惑して問いかけた。
常に「雙欲」に注目していた輪廻者たちはすぐに集まってきて、何か見つけたのかと尋ねた。
各正常なストーリーラインの展開によれば、「怠惰」と名付けられた七つの主錨の一つは、『宇宙の影2』のストーリーボスであるはずだった。時間的には、こんなに早く登場するべきではなく、場所的にも上海に現れるべきではなかった。しかし、今ここに出現したということは、この次元のストーリーがすでに大きく変更されたことを示している。それゆえ、「雙欲」に注目していた輪廻者たちは、上海で重大な変化が起きたことをすでに察知していたのだった。
「雙欲」の周りの輪廻者だけでなく、他の輪廻者も多かれ少なかれ情報を得ていた。これらの輪廻者の間で、新たな布石の競い合いが始まった。
上海の風雲は激しさを増し、この時点は他の時間軸上のどの点よりも激しかった。他の地域の風雨も揺れ動き始めた。
湖北省の神農架の荘園で、盧穹は眉をひそめながら一族から届いた最新の知らせを見ていた。
最初の悪い知らせは、盧九重が目覚め、もはや盧穹の好き勝手にさせてくれないということだ。
二つ目の知らせはさらに悪く、盧九重が家出をし、現在目的は不明だ。一族のあの老いぼれどもは責任を盧華明に押し付けた。そして盧穹は長男として盧華明の直系であり、盧華明が責任を負わされることは盧穹も同様に責任を負わされることを意味する。
前二つの悪いニュースを下敷きにすると、三つ目の可もなく不可もないニュースは良いニュースと言えるだろう。上海で、盧安と盧九重の交流が発見されたとのことだ。これは、玄鳥部と盧九重の対立を解決しようとする者にとっては、一つの突破口と言える。
三つ目のニュースを聞いて、盧穹は思わず盧安のことを思い浮かべ、その後口元に冷ややかな笑みを浮かべた。
盧華明は盧安に対して印象が良くない。盧華明の息子である盧穹も当然、盧安に良い印象を持っていない。特に今、盧穹は盧安が家族内のもめ事に首を突っ込むことに腹を立てている。
盧穹が人を遣わして盧安に家族に面倒を掛けるなと警告しようとしたまさにその時、彼は躊躇し、盧九重のことを思い出した。盧安を警告するのは簡単だが、自分と盧九重の対立を激化させるかもしれない。そこで彼は盧安を“戒告”する計画を諦めた。口元に上っていた怒りは、また強引に飲み込まれた。
盧安は弱腰を装うこともできれば、他人に弱音を吐かせることもできる。しかも今の盧安はそう簡単に警告できる相手ではない。盧穹は盧安を軽蔑していたが、盧安が所属する軍隊は玄鳥部が今や尊重せざるを得ない重量級の勢力である。警告を発するのは容易だが、実質的な処罰を下すには多大な労力が必要となる。
すべての秩序ある社会では、強者が弱者に罰を与えるには多大な労力を要し、多くの法律をかいくぐり、他人に自分の弱みを握られないようにしなければならない。したがって、安定した社会では、強者が弱者から軽い侮辱を受けても、多くの場合、弱者と争わず、自分のエネルギーを浪費しない。ライオンは狩りのために潜んでいるとき、ハエに刺されたくらいで転げ回って吠えたりしない。
一方、混乱した社会システムでは、強者が弱者に罰を直接下すことができる。なぜなら、既存の秩序とルールが破られていて、自分の理由がルールであり、他人はそれを非難できないからだ。
地球の21世紀の国際社会は、まさにそのような安定した時代であり、弱国が強国に恣意的に挑発できる時代である。第一次世界大戦と第二次世界大戦の中間、例えばミュンヘン会議では、強国が中で条約を結び、弱国は直接分割を待つばかりで、発言権は全くなかった。
盧安は今、秩序体系の中に立っている。もし盧安が軍に身を置かずに、勝手に盧九重に連絡を取っていれば、盧九重にこんなに簡単に見逃されはしなかっただろう。
盧九重はしばらく考え、ゆっくりと言葉を練って、一通の手紙を書いた。手紙の内容は主に「家族の兄から、よそで流浪している弟への気遣いの気持ち、ついでに時候の挨拶をする」というものだった。
そうだ、大きな環境が許さない状況で、盧九重は盧安と世間話をするほかなく、同時に西部からの特産品をいくつかと、高額のクレジッ硝煙ードを郵送した。
盧穹が言いたかったのは、盧安が盧九重のそばで余計なことを言わないようにということだ。言葉に警告の意味は一切含まれていなくても、すべての意味は極めて明確に伝わっている。




