0399 遠と近
高エネルギー粒子衝突型加速器は、愛因斯坦の時代以来、人類が宇宙物質の本質を探求するための装置であり、基礎物理学研究を推進する重要なツールである。
衝突型加速器は巨大な金食い虫であり、人類が全面的に宇宙に進出する前には、このプロジェクトの何の利点も見えなかった。それにもかかわらず、孟位の生きた時代には、東西の二大文明が進歩と競争のために、この分野に巨額の資金を投じた。
盧安が衝突型加速器の研究を始め、関連部門の公開資料を調べたとき、心の準備はあったものの、それでもこのプロジェクトの膨大で厳しい技術要件に衝撃を受けた。
強電界の生成は難しくないように見えるが、数十キロメートルにも及ぶ軌道上の電界と磁界の制御に関して、盧安は小数点以下の桁数を見て、思わず口元が引きつった。資料にあるどの数値も、小数点以下が一桁正確になるだけで、エンジニアは死ぬほど忙しくなる。なぜなら、工程が精度の限界を追求すると、工程体系全体のあらゆる要素が誤差を生む可能性があるからだ。
もし盧安が本当に衝突型加速器の建設に着手するなら、その占地面積は極めて大きく、地磁気や都市磁場の変動の影響を考慮しなければならず、立地選びは慎重に慎重を重ねる必要がある。また電力供給においても、電流の安定化だけでも超大規模な工程となる。
しかしながら、これらは細部の中の細部に過ぎず、その他の面での要求もある。その任意のサブ工程の作業量は、盧安ですら個人の力ではほとんど不可能だと感じさせるほどである。
盧安がこの世界の衝突型加速器部門に入り、すべての資料を手に入れたとしても、依然として前途は多難に感じられた。
盧安のいるこの世界では、主要国は基礎物理学の研究方向を宇宙観測に置き、高エネルギー天体の現象を観測することで基礎物理学を進展させようとしている。そして、人工的に高エネルギー環境をシミュレーションする粒子衝突実験は、すでに中止されて久しい。唯一のハドロン衝突型加速器は連雲港にあり、前世紀六十年代に開始されたプロジェクトである(詳細は0002章を参照)。
粒子対撞実験を中止する理由はシンプルです。どんな実験でも安定した条件が必要で、高精度の物理実験はさらに絶対的な安定を必要とします。21世紀の地球では、ニュートリノ検出実験で地下数百メートルに純水を注入し、その静かで安定した環境の中で初めてニュートリノが引き起こす微弱な擾乱を観測できました。一方、この世界に溢れる超能現象は、粒子対撞の結果に多大な影響を与えます。
超能者は、おそらく彼らが超能を展開することでこの世界に与える影響を感じていないかもしれません。しかし、彼らが超能を使うとき、周囲の広範囲な空間の物理パラメータに対し、高エネルギー物理観測で無視できない誤差を引き起こしています。もし超能者が展開する物理場が既知の条件として扱えず、制御不能な要因であるならば、地球上で基礎物理を研究する物理学者たちの次の段階の研究は不可能になります。
そのため、各国政府はもはや衝突型加速器の建設に資金を投入しなくなっている。なぜなら、たとえ建設しても正確なデータが測定できないからだ。おそらく木星や土星のような静かな場所で建設すれば、信頼できるデータが得られると見積もられている。しかし、現在の技術では、人手不足と精度を満たす組み立てができないため、大量の部品を宇宙へ大規模に輸送するにはまだ不十分だ。
要するに、この世界には三体人が智子を送って基礎物理学を封鎖する必要はない。超能力者たちの無秩序な自由が、すでにこの世界の基礎物理学を封鎖してしまったのだ。もちろん、盧安がいるこの時間軸には『三体』という小説は存在しない。基礎物理学が停滞しても、この時間軸の人々はそれほど焦ってはいない。
盧安はこの次元の状況にツッコミを入れたくなってしまった。しかし、「忌々しい超能力者たちが偉大なる科学の進歩を妨げている」という言葉が、ある感情態で浮かんだ途端、別の感情態が気まずさに気づいた——自分こそが高エネルギー物理実験を最も妨害する存在なのだ。予演は全世界の原子時計に誤差を生じさせることができ、盧安こそがその大文字の「文明の障害」なのだ。
実のところ、この世界の基礎物理学はまだ進歩できるのだ。ただ、一人の五級超能力者が常に待機し、自身が誘発する物理場の変化を根気よく調整し続け、制御不能な要因を制御可能な要因に変えれば、高エネルギー物理実験は確かに続行できるのだ。そして物理学者が続行できない理由は、超能力者たちが絶対的な自由をもって雑音を生み出しているからだ。
盧安は超能力を非常に安定して制御できるが、彼が続けられない理由は、インフラを建設することが全くできず、既存のものをコピーすることさえできず、またこの世界の基礎物理研究者と協力することもできないからだ。これは地球の21世紀に、中国がアメリカと共同で核ミサイルを開発することが不可能であるのと同じだ。
連雲港にあるあのハドロン衝突型加速器は、現在は前世紀80年代の技術を使用しており、今では技術更新は行われていない。現在の毎日の衝突実験は、ただ記録を取るだけだ。
校正装置については? 建設されて以来、ほとんど校正されていない。盧安は今、連雲港地区のあの衝突型加速器は象徴的なプロジェクトに過ぎないのではないかと深刻に疑っている。
このような壮大なスケールのプロジェクトには、各部門、各工場、各研究所を統一して調整できる強力な国家が必要だ。あらゆる工程で一点の曇りもなく、自由気ままな行動によるプロジェクトへの潜在的な危険を許してはならない。しかし、盧安が関連部門の状況を調べたところ、基本的に“誰からもかまわれない”存在で、隅に追いやられている。電気の使用でさえ、発電所が電力網に十分な余裕があると確認してからでないと実験を行えない状態だ。
国が特定のプロジェクトに与える位置づけを軽く見てはいけない。これはそのプロジェクトが継続できるかどうかを決める要素なのだ。
人間が動物よりも偉大で複雑な事物を創造できる理由は、まさに人間社会の組織力にある。地球の十九世紀において、資本主義社会の貨幣流通の社会状態では、封建主義より組織力が強かったため、中国清朝の洋務運動を圧倒することができた。そして地球の二十一世紀になると、各国が宇宙進出、大型艦船建造、山を貫き谷を越える鉄道網などの大工事を望むようになったが、資本主義の組織力ではもはや限界が生じている。
孟位の位面では、この国が認定した重要プロジェクトにおいて、各段階の責任者がそのように怠慢に構えていることは許されない。万が一、プロジェクト全体に問題が生じた場合、責任追及はまず不十分だった部門に及び、重点的に批判され、指導者は始末書を書き、部門の全従業員の業績給は全額差し引かれる。
したがって、国家がプロジェクトに重要な地位を与えることは、一見すると単なる文書のように思えるが、この文書は関係部門の業績や給与審査に影響を及ぼす。この文書の役割は極めて大きく、審査が必要なく、各部署の給与に関係しなければ、各段階の部門はこのプロジェクトを相手にしないだろう。
例えば、地球の21世紀において、国家は中国航空エンジン集団に確かに投資を行うが、どのように投資するのか?直接その工場の研究グループに投じるのではなく、一枚の政策に従って、すべての関係部門に投じ、同時に責任をすべての部門、すべての担当者に具体化する。「資金は確実に配分され、責任は具体的な担当者に明確化される」という、21世紀の中国人が耳にたこができるほど聞かされてきた役所言葉の意味は、まさにこれを指している。
現在、連雲港のこのハドロン衝突型加速器をめぐる関連部門や研究室が、もし正確な科学研究の成果をあげ続けられるとしたら、それはこの世界の各部門のエンジニアが皆、生きた雷鋒のようなもので、思想の自覚が高く、自発的にこの科学研究の成果に貢献できる場合だけであり、そうでなければ不可能だ。しかし、もしこの世界のエンジニアや労働者たちがこれほど組織力と自覚を持っているなら、議会の旦那たちが安穏と天下を取っていられるはずがないだろう。
「もういい、もういい」と盧安は自分の妄想を打ち切った。「将来、高エネルギー物理実験をやらなければならないことは確かだが、今はまだこの世界の人々を待つことにしよう。穿越者たちがこの世界で大騒ぎして、この世界の浮つきをすべて発散し終えたら、その時にこの計画を進めよう。」
現実に迫られて、盧安は自分の壮大な計画を延期した。
盧安が高エネルギー物理実験の計画を無期限延期にした数時間後、トラブルを起こしにきた李星霽に出くわした。
李星霽が一昨日盧安から手に入れた機甲は、すでに運動場で五級の超能者によって超能力で完全に剥ぎ取られてしまった。
どうやって完全に剥ぎ取ったかについて、盧安の要求で、李星霽はもじもじと短い動画データを数本だけ盧安に見せた。
盧安は動画で姬流というあのろくでなしを見て、李星霽が自分を訪ねてきた理由がほぼわかった。おそらく龍部の事情を知る数人が黙認した結果だろう。
盧安は顔を上げ、李星霽に言った。「君は彼とは戦えない。レベルの差が大きすぎる。今ある装備では勝てない。」
李星霽は、いじめられた小さな妻のように、恨みがましく言った。「もう一度、私に打撃を与えないで。実力の差が大きいのは分かっているから、もっと強力なものを一式作ってもらえない?」
盧安は首を振りながら言った。「今のお前の状態では、前回渡したものが最強だ。」
李星霽は予想の範囲内だったようだが、それでも落胆の色を隠せず、続けて言った。「じゃあ……もう一度、一式作ってくれ。」
盧安が以前李星霽のために設計した機甲のデータは、とっくに龍部に渡してあった。そのため、李星霽がわざわざ盧安からもう一式手に入れる必要は全くなかった。李星霽が盧安を訪ねたのは、純粋にオリジナルを好み、コピー品を排斥する心理が働いていたからだ。
李星霽がそう考えているなら、盧安も当然、自分の価値をさらに示し、オリジナル版とコピー版との違いを技術的に完全に理解させねばならない。
盧安は首を振りながら言った。「私は繰り返しの作業が好きではありません。あの資料を渡したのは、あなたに私に繰り返し作業をさせないためです。」
盧安は、李星霽が慌てて隠そうとした羞恥心を抱かせるUSBメモリを指さして言った。「資料を細かく分析しましょう。」
李星霽はでんでん太鼓を振りながら言った。「いや、これは帰ったらすぐに壊してしまう。」
動画の中で、李星霽の体に装着された鎧は部分的に、段階的に虚像から実体へと変化していたため、その鎧は段階的に剥ぎ取られ、続いて衣服までもがすべて剥ぎ取られ、最後には大きな竜巻の中で全裸のまま数回転した後に着地した。
「たとえあなたが見せてくれなくても、私はすべて覚えています。」盧安は少し間を置き、それから付け加えた。「長い間覚えていますし、それに、私のデッサンの腕前もなかなかなので、描き起こすこともできますよ。」
李星霽の三尸が暴れ跳ぶような表情を無視して、盧安は自分のコンピューターを開き、機甲の立体資料を呼び出した。一つ一つ李星霽が虚化する必要がある重なり合った構造が機甲の内部に現れた。
盧安はこの資料図の各部品を指しながら解説を始めた。
“あなたがあの奴と戦った三分十二秒の時、渦巻き噴口の起動速度が明らかに零点一秒遅れたため、最初の高圧気流の衝撃を避けられなかった。解決方法はエンジンの出力を上げることだ、これにはより多くの虚化が必要だ。”
“四分十二秒、あの弾丸があなたに当たった時、電磁反応装甲を起動して損失を減らすことができたが、起動しなかった。もし私が設計するなら、ニューロンを追加するだろう、しかしこれはより多くの操作を消耗する。”
“……”
盧安は、さっき李星霽を困らせたビデオ資料を振り返りながら、元の設計を指して改善案を提示し、李星霽に超能力の練習についてのアドバイスをした。
「パン」という音とともに、李星霽は顔を真っ赤にしてそのUSBメモリを盧安の前に叩きつけて言った。「これで直接ビデオで説明してください、もうあなたの記憶力を自慢しないで!」
盧安は笑顔を見せて言った。「安心して、私は口が堅いからね。では次に、君の次世代装備にどのような重点を優先すべきか、じっくり分析してみよう。」




