0038 正義に関するまとめ
「霧人、アメリカ人……もしかしたら、考え方を変えるべきかもしれない。私が担うべき戦争は、そんなに大きなものではないのかもしれない。」溝に縮こまっている盧安は、今回の任務での自分の行動を反省している。
盧安がまだ孟位だった頃、戦争の概念は一つの戦役や個人の勝敗に限らず、常に自分たちのような存在の行動が戦場で持つ戦略的意義を考えていた。戦争に直面する時、盧安は常にこの慣性の思考を持っていた。精密誘導爆弾が空の雲間から降り注ぐ時、盧安はこのような戦略的勝利を成し遂げたと確信していた。
しかし、このような勝利はこの次元の米軍に属するものであり、必ずしも自分に属するとは限らない。盧安は敏感に李三祥と白露の反応を察知した。李三祥と白露の主な注意は、元一が指定した時空の侵入者に集中している。
盧安の体は14歳だが、思考は子供のものではない。
「私は間違いを犯した。概念的な間違いだ」と盧安は自己修正した。
この間違いを自己修正しなければ、盧安は自分が司軒や趙成功の二の舞になるだろうと感じていた。司軒も趙成功も、自分が正しいと信じる論理で状況を誤って判断し、それに気づくことなく、最終的には矛盾が生じて激しい衝突に発展し、二人とも大きな痛手を負ったのだ。そして盧安は、白露と李三祥の冷淡な態度から自ら警鐘を鳴らしたのである。
現実を見ると、李三祥と白露の冷淡さは明らかではないが、盧安の視線は現実に見えるものだけに限られていない。盧安は何度もの予行演習の中で、自分の今の行動がどれほどの功績があるかを二人に標榜し、自己満足げに彼らの承認を望んでいたが、盧安は度重なる予行演習の中で、李三祥と白露の二人が不即不離な対応をしているのを発見した。そこで盧安は、自分の行いが二人のチームメイトの目にはそれほど重要ではないことを理解した。
意見の相違は、多くの場合、あなたが重要だと思っていても他の人がそう思っていないことから生じます。あなたが重要だと思っていて他の人が重要だと思っていない選択に資源を投入し、他の人が重要だと思う選択を捨てるとき、矛盾が激しく爆発します。例えば、バスケットコートのような公共の場が十分に広いときは、広場ダンスを踊るおばさんとバスケットボールをする若者の間に意見の相違はなく、皆それぞれ片方を選びます。広場ダンスが終わると、おばさんは若者がバスケットボールをするのを見て「上手だ」と褒め、バスケットボールが終わると、若者はおばさんが踊るのが素晴らしいと褒めます。しかし、もし場所が足りなかったらどうでしょう?前の互いの賛美が、それぞれに相手が譲ってくれるだろうという誤解と、自分の要求が正当であるという誤解を生み出します。双方とも現実の利害の相違に気づかず、仲良くするというポリティカル・コレクトネスに従って進んでいくと、矛盾が爆発したときにすべてを台無しにしてしまいます。
盧安の前世は軍人であり、彼の正義はシンプルで、自陣営の勝利こそが正義だった。前世の論理に従えば、この次元における人類側が自陣営であり、彼らを助けることが正義となる。前世では、メン位(次元)の故郷を守ることが不幸の中での唯一の選択だったからだ。戦争では人が死ぬが、死に方や死亡率の高低は選べる。屈辱なく死ぬこと、大多数が選ぶであろうその死こそが正義だ。だから、地球人と霧の者たちとの戦争に際し、斥候として積極的に関与する盧安の行動は、前世で培われた思考からすれば、正義に他ならない。しかし、李三祥と白露は明らかにこの戦争を自分たちの戦いとは見なしていなかった。盧安が自認する正義は、彼らにとって何の利益ももたらさなかったからだ。
したがって、盧安は一通り反省した後、今後このようなことに遭遇したときの三つの正義の法則を迅速に明確にした。
正義の法則一。集団に認められていない事柄のために、所属する集団を感化したり、強制したりすることをしない。
極端な愛犬家はこの一条に違反している。これらの愛犬家たちは自分たちを正義だと自任しているが、しかし、この正義は他の人々に利益をもたらすことができず、むしろ周囲の多くの人々に、これらの愛犬家たちが正義と見なすもののために、無理やり愛の代価を支払わせ、子供が野良犬に噛まれて怪我をしたり、殺されたりする可能性さえある代価を支払わせる。
正義の法則二。自分が所属する集団の利益に依存しない。
この条項に違反する者は精神的なアメリカ人である。これらの中国国籍者は中国の科学技術発展制度を批判し尽くすが、中国の科学技術発展の恩恵から離れられない。同時に科学技術発展に何の貢献もせず、国家のことを指図し、上層部がどうすべきかと語りながら、自分では何もしていない。
正義の法則三。身の回りの人に自分の正義に従わせるときは、必ず相手に利益を見せなければならない。
もしその利益が短期的なものであれば、将来起こりうる問題点は極力隠し、短期的な利益の大きさを強調して説明する。そうすれば、今それを実行することが最も正義であると皆が考えるだろう。例えば、いわゆる民主主義政府が福祉を拡充して正義の票を獲得するようなものだ。もしその利益が長期的なものであれば、身近な人々に、短期的な利益を見失うリスクがいかに大きいか、長期的な利益が将来もたらす恩恵が短期的なものをはるかに凌駕することを知らしめねばならない。もちろん、人類にこのような自覚が芽生えることは稀であり、戦争を通じて徹底的に打ちのめされ、痛い目を見て、初めてかつて短期的な利益だけを見ていた愚かさに気づくのだ。
いわゆる正義とは、実は共通の利益と結びついている。共通の利益を見出せずに払う犠牲は、世間の目には愚行と映り、共通の利益を見据えて払う犠牲は、世間の目には大義と映る。
二十世紀六十~七十年代、中国の対外援助は全世界の労働人民の正義のもとで行われたが、全世界の労働人民からの見返りは得られなかった。結局、中国は互いに支え合い助け合える利益集団である国内の民衆を優先的に配慮するしかなかった。二十二世紀になって初めて、全世界の労働人民が戦時に東方の掲げる旗の下に立ち、共に核爆撃や西側陣営の引き起こす戦火に耐えたとき、中華の民衆はアジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国の労働人民の役割を実感し、全国民が再び全世界の労働人民の旗を高く掲げ、大規模な対外援助の再開に賛成するようになるのだ。
当然のことながら、モンイ第三次戦争の際、プロレタリアート万歳の側に公然と立つ勇気のある第三世界の国はほとんどなく、大半は中間派だった。平和な時代に自らがプロレタリアートであると認めるのは容易い、なぜならそれは利益を得るためだからだ。しかし戦時にプロレタリアートであると認めるのは難しい、なぜならそれは弾丸を身に受けることを意味するからだ。
以上のことを総合すると、この次元において、米軍の勝利は盧安と二人の仲間に利益をもたらさない。盧安に利益をもたらし得るのは、まさに二人の仲間の方なのだ。盧安は二人の仲間の冷淡さを責めることはできない。なぜなら、自身の過去の正義は彼らに利益をもたらせなかったからだ。共通認識としての利益を与えられずに、他者にその正義のために尽くすことを求めるならば、やがて自ら仲間から孤立することになるだろう。
このような思考の転換は非常に辛いものだった。そのため、盧安は元一のライトスクリーンを用いて二十回の事前演習を行った。
初回シミュレーションで、盧安は元一に尋ねた。「私は間違っていたのか?」
七回目のシミュレーションで、盧安は元一に尋ねた。「私のどこが間違っていたのか?」
元一は建設的な回答を何一つ与えなかった。しかし最終的に、盧安は理解した。今の自分は時空傭兵であり、所属する利益集団は時空傭兵の陣営であり、自分に利益をもたらしているのはあの二人の仲間なのだと。前世で染み付いた考え方は早めに捨て去るべきだ。これが現実主義というものだ。
死んだ子の歳を数えるようでは遅すぎる。ましてや、盧安が犯した過ちに、二人の仲間はまだ気づいてさえいないのだ。
今、盧安の二人の仲間は忙しい。血愛と盾刃小隊の戦闘がますます激しくなっているからだ。
すべての現象は相互に関連している。この世界では、本来起こるべきだった展開が輪廻者によってめちゃくちゃにされてしまい、例えば元の主人公は殺されてしまった。今、ミストーーマンの基地が精密爆撃を受けた後、状況は再び変化した。ミストーーマンの兵力が撤退を開始し、一匹一匹の飛竜、一人一人のミストーーマンがメンフィスから撤退し始めた。
ミストーーマンという強勢な勢力が撤退した後、メンフィスの廃墟で、他の勢力が飛び出してきて、遠慮なく互いに殺し合いを始めた。
戦争の砲火が荒れ狂った後、破壊された街路の両側には大量の家屋が倒壊し、断面には歪んだ鉄筋が伸びている。一本の壊れた街灯柱の上に、マリアは素足をさらし、トンボが水を打つかのようにつま先だけで立っていた。彼女の身にまとった黒衣は煙のようにふくらみ、透き通るような白い脚がちらりちらりとのぞいている。黒赤色の結界がここを外界から遮断している。
彼女のその目は魅了するようにエスを見つめており、その牧師は大敵に臨むかのように、左手で十字架をしっかりと握り、右手に銀色の鎖を持っている。エスが直面しているのはマリアだけでなく、他にも三人のマリアの熟練した信奉者たちである。
エスは思わず言った。「マリア様、あなたの美しさには本当に驚かされました。」
エスーーのお世辞に対して、マリアは邪悪で魅惑的な笑みを浮かべ、指にはめている信仰の指輪から衝撃波を放った。透明な衝撃波の中には、多くの人が合唱するような祈りが込められている。これは精神攻撃で、大量の情報が相手の脳内に直接流し込まれ、思考の中の多くの論理が書き換えられてしまう。普通の人なら、一瞬で五体投地して、発動者に跪拝の礼をとる。
エスは強引にこの一連の攻撃を耐え抜いたが、頭がぼんやりとしてきた。今のエスはマリアと対峙するとき、心の中に「抱きしめたい」「殺すほどの罪ではない」「このような佳人こそ慈しむべき」といった奇妙な考えが浮かんでしまう。こうした考えが無意識に湧き上がると、命を奪う覚悟で戦いを挑むことが難しくなる。戦いの中では、多くの冷酷な戦法が臨機応変に考え出されるものだが、このような考えが浮かぶと、その実行にためらいが生じてしまうのだ。
精神攻撃を受けた後のエスの心に、ふと危険信号が走った。エスは銀色の鎖を振り払い、貴族用の細剣で突きを仕掛けてきた二人の従者の攻撃を防いだ。銀色の鎖と細剣がぶつかり合い、明るい火花が散った。
エスーーは二三言で時間を稼ごうとしたが、マリアは部隊の全上級戦力を率いてエスーーを包囲しており、お世辞に貴重な襲撃の時間を無駄にはしない。マリアは速戦即決の構えだ。
黒い煙の流れがいくつもエスーーに絡みつくが、エスーーの着ている牧師のローブが放つ光が、近づく煙を追い払った。
ここは結局ロー・マジックの世界であり、魔法はどうしても全方位には行使しにくい。術法の爆発エネルギーは砲弾に及ばないが、不気味な点で勝る。うっかり術中に陥れば、筋肉が痙攣したり、血流が逆流したり、脳がショック状態に陥ったりする。思考を加速させたり疲弊させたり、悪夢で強制的に昏睡させたりするのも、ロー・マジック世界の術法にはよくあることだ。
したがって、防御魔法は存在するが、低魔力世界のため、魔力の制限により、一部の魔法攻撃しか防御できないか、または攻撃として使用される。そしてエスのローブはせいぜい一部の魔法攻撃を防御するだけで、物理攻撃は防げない。
マリアの三人の従者の暴風驟雨のような突きの下で、エスのローブは突き破られる。彼の体に絡みつく黒煙は毒蛇のようにローブの破れ口から入り込み、ローブに燃える斑紋を作り出した。
エスが既に強弩の末であるのを見て、三人の輪廻者は戦闘範囲をさらに狭め、相手の逃亡を厳重に防いだ。
その時、エスは手にした十字架を高く掲げ、銀色の十字架が聖光を放ち、たちまちふわふわと金銀の粉末が炸裂した。この粉末は眩い光を放ち、周囲に撒かれ、ちょうど三人の輪廻者を包み込んだ。
三位の吸血鬼の元々白かった顔に銀粉末が撒かれ、皮膚はたちまち青白い斑点を現した。周囲の闇の結界も爆発に歪み、大量の粉末が嵌り込んだ。結界は今にも崩れ落ちそうだった。
エスは強い光に乗じて、結界の外へ強く突進した。彼の衝撃で闇の結界は完全に砕け、彼も結界が砕けた後のエネルギー衝撃を受けた。彼の全身には黒い縞模様がまとわりつき、明らかに悪影響を受けている。彼は腰をかがめ、廃墟の上を猛スピードで逃げ回った。
マリアは強い光の中で数歩後退し、目を開けると、エスーーが数十メートル逃げ去ったのを見つけ、すぐに爪でガラスをこすったような鋭い叫び声を上げた。彼女はまだ目をこすって銀粉で顔を損なった三人の下僕に怒鳴った。「お前たちはまだ追わないのか?!」
三人の目から血を流す下僕は承諾の声を上げると、すぐにエスーーが逃げた方向へ追いかけた。
マリアは自分の髪を手ではたいた。突然、まるで一匹の蛍火虫が突然彼女の右側に現れたかのように、すぐに一筋の光が爆発し、マリアの黒いローブに飛び込んだ。マリアはすぐに影に変わって戦場を離れた。
此時、彼女は盾刃小隊の他のメンバーにロックオンされた。一人ぼっちのマリアは戦いを長引かせたくない。彼女にとって、このチーム戦で盾刃小隊の主力を一つ倒せれば、勝利となる。




