0033 聖なる名の下に内心の欲を行ず
ミサイルの攻撃の下で、メンフィスという都市は黒煙が立ち上り、廃墟と化した。
高層ビルが次々と数十分の燃焼の中で轟音とともに崩れ落ちたが、一つだけ免れた建物があった。それがメンフィスのピラミッド型の体育館だ。爆発の衝撃波は体育館の大量のガラスを粉砕したが、全体の構造はまだ完全だった。
盾刃小隊の隊長ビーモントは廃墟の中でこの壮大な建物を見張っていた。彼はこのピラミッドが生き残った理由を知っていた——この体育館に神秘的な力が宿っているわけではなく、ミストーー族の文化にピラミッドへの崇拝があり、攻撃目標を選ぶ際にこのランドマーク的な建物を見逃したのだ。それはヨーロッパ人が十字架に似たものを見た時、中国人がアメリカで竜に似た羽蛇神を見る時のように、戦争の中でそのような建物に脅威を感じなければ、手加減をするのと同じことだ。もちろん、これはミストーー族が愚直であることを意味するわけではない。このピラミッド型の体育館が攻撃性を示せば、彼らはためらわずに破壊するだろう。
ビーモントは言った。「原作のストーリーでは、主人公はこの建物で生き延びたのだ。」
傍らで水晶球を捧げる魔術師が言った。「しかし我々がここにいる以上、すべての筋書きは変わってしまった。」
水晶球の中にはピラミッド建築内部の様子が映し出されており、中は一面の血の色だった。
水晶球に映る惨劇を見ながら、この魔術師は言った。「主人公はもう死んだ。その後の主人公と霧人たちが遭遇する展開は二度と起こらない。しかし、それはもはや重要ではない。」
遠くから飛んでくる半機械の巨竜を見て、ビーモントは言った。「血愛が自ら筋書きを変えただと?この空飛ぶネズミどもが改心したのか?」
傍らの牧師エスは目をパチパチさせながら言った。「思うに、彼らは今、最後の狂乱の中にいるのだろう。」
タイトな鎧を身につけ、完璧なプロポーションの女戦士キャロルが言った。「でも今は本当に面倒よね。あの女悪魔が大勢の一般市民を巻き込んだのよ。」
ビーモントは顔を上げ、空でどんどん近づいてくる飛竜の群れを見て言った。「神は人を滅ぼす時、まず狂わせる。」
ピラミッドの内部では、大量の切断された手足の破片がスタジアムの中央に積み上げられ、広場の一角では、何人かが地面に座って狂ったように自分の目をえぐり、自分の肉を生でむさぼり食っている。これらの人間は力の限り叫び声をあげ、悲鳴が代わる代わる体育館のホール全体に響き渡り、外の爆発音の轟音と混ざり合っている。建物の内外はまるで地獄の修羅場のようであり、恐怖と不条理に満ちている。
「地獄の門はすでに開かれ、世界の終末は到来し、血の天使が天から降り立つ。我は主の子羊を選び、最後の試練を課す……」
マリアの幻惑的な声がホールに響き渡り、彼女の傍らには、黒い衣装を身にまとった二人のベテラン輪廻者が恭しく立っている。彼女の前には、数百人の敬虔に地面にひれ伏す平民たちがいる。これらの平民は、つい先ほど生体改造を終えたばかりの生存者であり、他の平民たちはマリアの恐ろしい生体改造に耐えられなかった。
一条一条の光る気流が各平民の頭部から流れ出し、マリアの指にはめられた真紅の指輪へと集まっていく。
多様な道具は、輪廻者の特徴の一つである。数多の世界を渡り歩く輪廻者として、その手段は非常に豊富である。あるいは、これらの輪廻者が大量の世界を渡り歩き、大量の任務をこなし、そうしてこれほど豊富な手段を蓄積してきたのだ。
マリアの指にはめているこの真っ赤な指輪は「信仰の指輪」と呼ばれ、多くの任務で手に入れた最高ランクのアイテムだ。これは高度な神器であり、人の意識を思念の力で構築された神の国へと引き込み、その者たちはマリアの思いのままに操られる。
信仰の指輪が発動する条件は、対象となる人間が無条件に服従し、逃げ出そうとする希望を一切消し去るか、あるいは自らの希望のすべてを、このアイテムを持つ者に委ねることで初めて達成される。心のどこかに、ほんのわずかでも自分のための希望が残っていれば、それは信心が足りないとみなされる。
血愛は現在、布教活動を非常に強力に推し進めている。彼らは血の天使の名を借りて、いわゆる神の審判の日という出来事を捏造し、さらに凄惨な生体改造によって、改造を受けた者に若さと健康と力を与え、この体育館の中の大量の生存者を敬虔な信者へと変えた。
血愛の歪んだ理論は非常に効果的だ。なぜなら宗教や政治的理念は最も歪曲されやすいからだ。
例えば自由主義。自由は本来、生存の自由、学習の自由、努力して相応の社会的地位を得る自由といった様々な自由であるべきだ。しかし資本の利益の下では、自由は特に一つの自由——個人の財産を行使する自由を強調するようになった。結果として、社会は富を持つ者には自由を与え、富を持たない者には自由を与えなくなったのだ。
そして無産者が権利を獲得するという美しいビジョンも、歪曲される運命から逃れられない。無産者の属性は、財産を重視せず、自分が世界を変える能力だけを重視するべきだ。社会の発展段階とすべての機械設備は前にある「1」であり、無産者はその後ろに続くいくつかの「0」である。社会の基盤という「1」がなければ、すべては「0」であり、一つのゼロでも連続したゼロでも、意味はゼロだ。社会の基盤を見ずに、個々の無産者だけを見れば、皆ほぼ同じで、皆財産を持っていない。
しかし、人と人とでは社会に対する価値が異なる。人と人の違いは、ゼロとゼロの連なりの違いのようなものだ。ゼロもゼロの連なりもどちらもゼロだが、後者は前者の高階無限小である。社会主義の時代的使命は、前者を改造して後者へと転換させる使命だ。牛を使って耕し文字も読めない農民を、トラクターで耕し市場の農産物需要を理解する農民に転換することは、時代的使命の一部である。なぜなら、市場の需要を理解する農民は、文字も読めない農民よりも価値を創造し、世界を変革できるからだ。これが、ゼロとゼロの連なりの違いである。
真の無産者とは、物的財産によって自らの価値を標榜することを決してしない。しかし歴史のある時期において、曲解する者は無産者が文字通りの無産であることのみを強調して解釈し、無産者がなぜ無産という身分で社会実践に身を投じることを望むのかを解釈しなかった。資本の時代の目から見れば、便宜を図らない主義は反人間的である。一方、高度な社会主義の目から見れば、社会生産資源が自分の名義で登録されているかどうかなど、とうにどうでもよいことになり得るのである。
曲解者は、無産者がなしうる貢献を社会という基盤から引き剥がし、一人ひとりの社会への実際の貢献を剥奪し、その上で各人の生活消費に基づいて誰がより無産者かを判断しようとする。例えば、文化大革命期の推薦入学制度こそ、曲解が生んだ奇怪な産物だ。文盲が推薦されて大学に進学できた一方で、公平な試験で頭角を現せる者は推薦されなかった。なぜなら、文字さえ読めない者の家庭はより極貧であり、曲解者の理論では彼らこそがより無産の者とされたからである。
曲解者による曲解のもとで、人の無産属性はあまりにも容易に保持され、刻苦して学習や生産に身を投じる必要はまったくなく、いわゆる無産を保持できる。反動派が宣伝をしっかり行えば、人民は国家から与えられた権利を保持できるのだ。しかし、反動派は社会の発展法則に逆行する。歴史、あるいは人民が選択を行い、社会は最終的に、社会により多くの「0」を提供できる無産者の手に権利を移譲した。
宗教については?それはさらに曲解されやすく、しかも結果がより深刻だ。なぜなら、政治を曲解するのは利益のためだが、宗教を曲解すれば勝手に他人の命を奪うことができるからだ。曲解する必要すらなく、今やマリアは完全にキリストーー教の理論の隙を利用している。
神の思想がヨーロッパで広く普及したのは、決して光や仁愛を説いただけではなく、恩恵と威圧を併用したからだ。聖書には天国や世界の終わり、そして最後の審判について記されており、敬愛と畏怖の念を抱かせる。最後の審判は世界の終わりの時にのみ現れるが、世界の終わりは「前例がない」。だから、想像を絶する災害が起こると、宗教の曲解者たちは世界の終わりと最後の審判の名の下に、こうした恩威併用の手段で主の信者を集め、恐ろしいことを行うのだ。マリアのような闇の血を引く者でさえ、神の名を借りて、これら迷いし者たちを麾下に集め、彼らに非人道的な生体改造を施すことができる。
体育館では、失敗者の死骸はこれらの新しく加わった平民たちが自発的に片付けた。これらの新しく加わった平民は神聖な目で、ガラス容器の中で絶えずうごめく神経虫を受け取った。
体育館内の宗教儀式で、司式者(輪廻者)が「聖痕を受け入れよ」と命じると、これらの平民はためらうことなくガラス容器を自分の後頸部に当て、その後苦痛に地面でのたうち回った。
その中の幸運な者たちが各実験から生き延びた後、彼らは試練を乗り越えたことを幸運に感じ、自分が十分に敬虔で神に選ばれたと思った。そこで、失敗者は敬虔さが足りない裏切り者だと考え、冷たく傍らの耐えきれなかった死体を死体の山に引きずっていった。生化改造が完了した後、体育館にいるすべての人の顔には、死に対する悲しみが一切なかった。
これが邪教です。邪教は国内外を問わず、みな同じです。もし誰かが自発的に集団で命を絶ったり、あるいは特定の儀式で他者に命を絶たせているのを見たなら、おめでとう、あなたは邪教に遭遇したのです。
宗教と邪教の最大の違いは、生命に対して限界を保つかどうかです。邪教には多くの種類があり、まとっている皮は多種多様ですが、本質はすべて同じです。邪教は様々な政治主義に偽装されることもあり、たとえば人民寺院の信者は、いわゆる「社会主義の輝き」のために集団自殺しました。
神聖な名の下に、内なる欲望を遂行する、これが輪廻者たちの常套手段です。任務を達成するために、これらの輪廻者はどのような外皮をも借りることを厭いません。
体育館内では、神に選ばれた試練者を自称する者たちが血の天使マリアの前で祝福を受ける中、大きな木箱が運び込まれた。マリアの僕が血の鞭で箱を叩き割り、武器を彼らに手渡すと同時に、ビーモントとその隊員たちの写真も一枚一枚配られた。
マリアは命じた。「子供たちよ、この街に行き、より多くの信者を我々に加えさせ、そして写真の異端者たちを殺しなさい。」
血の色が物悲しく漂った後、信者たちは銃を手に取り、メンフィスの各地へと押し寄せた。この混乱した情勢の中、輪廻者たちの団体戦が始まった。
団体戦の規模はまだ小さく、そのため盧安たち三人にはまだ波及していなかった。三人は地球と霧の勢力との戦争の中でどうやって身を守るかをまだ考えていた。
都市の上空を旋回する飛龍を見つめながら、李三祥は眉をひそめ、多くのことを考えていた。
この任務のストーリーは彼の予想外だった。当初の計画では異世界の種の遺伝子を楽しく収集するストーリーだったはずが、どうして戦争ストーリーになってしまったのか?
「まさか、自分が初めてベテランに申請した投資が、こんな形で幕を閉じるなんて?」李三祥はついに、農民が借金して作ったビニールハウスが大風で壊される無力感を味わった。
一方、李三祥の後ろで、白露は空の飛龍を見ながら、独り言のようにつぶやいた。「もしかしたら戦場から一、二匹落ちてくるかもしれない。」
李三祥は振り返って、空を見つめて自分を見ていない白露を見て、苦笑いを浮かべながら言った。「そうだな、起業は最初が大変だ。銃と採集装備を持って出かけよう。」




