0325 敵に挑戦する
東京、光り輝くビル群はまるで幻想的な森のようだ。
あるビルのコンクリートの縁に立つ淺空明子は、少し狂気じみた目でこの街を見つめ、ヤンデレな口調で言う。「迷える世の人々よ、一体どうすれば目覚められるのか……」
その後、彼女は振り返り、とっくに恐怖で硬直している人に対して尋ねる。「おい、言ってみろ、少し血を加えたら、人々は少しは目覚めるだろうか?」
淺空の手には注射器があり、彼女の後ろには全身硬直して倒れている中年の男がいる。
さっき、彼女は精密に小さな空間扉の一端をこの中年男性の各神経節の近くに開き、もう一端は針銃の銃口に開いた。淺空はこうして一針一針とこの男を制圧し、後者の体には六十本以上の細い針が刺さっている。これらの針は血管と神経を圧迫し、少しでも動けば耐え難い痛みが走る。
この時、男は冷や汗まみれで許しを請うた。「や、やめてくれ、殺さないでくれ……」
淺空は眉をひそめた。「遺言って、そんなにつまらないものなの?」
彼女の傍らに、一メートルの空間扉が開き、その空間扉のもう一端は男の背後で開いた。男は硬直したまま振り返り、背後にある空間扉を見た。空間扉から吹き出す風はひんやりとしていて、下の百メートル以上も下の路面には、甲虫のように小さな車の流れが見える。
突然、全身に痛みが走り、針が一本一本抜けていくのを感じた。彼が慌てて振り返ると、淺空が白いブーツを履いた足を振り上げ、彼の顎を蹴り上げ、さらに踏みつけると、この中年男性は空間の扉に落ち込んだ。空間の扉の先は、二つのビルとビルの間の高層の空中だった。
ビル群の間に悲鳴が響き渡った。十数秒後、男は地上で肉塊のように墜落した。鮮やかな血が路面に飛び散った。
彼の体にあった針先ほどの傷口については、検死官が特定できるものではなかった。これほどの巨大な衝撃力の下では、針状の傷口は衝撃で生じた変形に覆い隠されてしまう。法医学的な鑑定では、被害者には外部からの強制がなく、体内に薬物の残留もなく、体に縄で縛られた痕跡もなかった。
淺空は空間扉を閉じて、電話をかけ、「あのくそじじいは、私がとても優しく送り出してやったから、これで喜べ」と言った。
電話の向こうから、抑えつつも興奮と恐怖を隠しきれない声が聞こえた。「本当に死んだのか?」
淺空は笑って言った。「まさか、お前の義父にまだ情があるのか?」
電話の向こうの男は慌てて否定し、こう弁解した。「私はこれだけ尽力し、彼を助けて一歩一歩企業を大きくしてきたのに、結局、私の小さなミスのせいで、彼は企業をあの不出来な息子に譲ろうとした……これは彼の自業自得だ!」
「お前は本当に哀れな犬だな。明日、株の譲渡書類を用意してもらう。さもなければ、お前を義父に会わせても構わない。」
淺空は電話を切り、次に別の空間扉を開き、五十メートル離れた別の高層ビルの屋上へとワープした。
この期間、淺空は空間跳躍の制御精度がさらに向上した。彼女の未来の目がより強くなったからだ。時間と空間の二重能力を持つ超能は驚くほど強い。しかし、淺空は今、嬉しさと恐怖が入り混じっている。嬉しいのは自分の目が未来を見通す長さがさらに伸びたこと、そして恐怖は、自分が見ることができる時間の力が一体何と繋がっているのかを知っているからだ。そしてこの世界で、淺空だけが理解している、この短い一年の間に、天數と呼ばれる存在がどれほど急速な成長を遂げているのかを。
淺空は今、再び天數の爆発を感じ取った。時空門から四度目に歩み出し、彼女は再び時間の目を開き、両目は虚ろで、指先を自分の口の中に入れた。口元の唾液が白い手の甲を伝って流れ落ち、彼女の顔は崩れた表情をしていた。
盧安が彼女を帰した本来の意図の一つは、蛇部の一部の者たちに自業自得の報いを受けさせることだった。淺空も確かにそうし、彼女はもうある巨大な暗黒勢力の頭目になっている。彼女が自らの手腕で築き上げた部門は、すでに莫大な経済力を持つようになった。この清らかな少女はまだ十代に過ぎないのに、既に闇の中でしっかりと地歩を固め、魔王級の存在となっている。だが、誰も知らない、誰も見ていない片隅で、彼女がこんなにも混乱した姿になることを。
力と強さは時に別物だ。冷酷に人を殺せる者がいても、より強い者に直面すると従属を示す。そして、やりたい放題の淺空は今誰にも制約されていないから、多くの人の視点では、淺空のその一面しか見えないのだ。
淺空は今、以前は手の届かなかった権利や力に必死に追いすがっている。しかし、実は様々な心の矛盾が彼女の中に芽生えていた。それにはストーーックホルム症候群も含まれる――被害者が加害者に感情を抱き、さらには加害者を助けるようになる心理状態である。この感情により、被害者は加害者に好感や依存を抱き、さらには加害者を援助してしまう。彼女にこの心理が生まれた本質は、心の奥底にある一線が後退したことにある。
見た目は弱々しく、ほとんどの場合で譲歩し反省を選ぶ盧安だが、内面のすべては最初から最後まで一切譲らず、“自我”を中心に慎重にこの世界と向き合っている。核心に触れられた時、盧安は微塵も回避も譲歩もしない。
初代穿越システムが維持する最終戦場において、盧安は自己の生存が確率的なものであると認識した。それゆえ、盧安は危機に際して僥倖を抱かず、背負い立ち向かうことを選んだ。不確定性を帯びた赫光が施す生存確率に対して、盧安は二択を選ばず、もう一度生きることを選んだ。そして、高次元投影下の盼明(詳細は0320章参照)に直面し、盧安は自ら招いた歴史の断頭路を盼明の救済に委ねるのをただ待つのではなく、全力を尽くし、救済者へ一つの序章を贈ったのである(詳細は0321章参照)。
盧安は眼鏡店の中で度なし眼鏡を選んでいる。
眼鏡店に走って眼鏡を買いに行った理由は単純で、眼鏡をかけることが苦学生のほぼ標準装備であると盧安が気づいたからだ。
授業を聞き、授業が終わるとすぐ宿題を済ませ、その後は雑書を読んだりゲームをしたりする天才はいつだって少ない。盧安は前世でそんな天才を見たことがない。盧安は、大学で何か一つでも場に溶け込めない特徴があれば、余計な視線を招きかねないと考えている。例えば、新学期に丸刈りにすればクラスメートにずっと覚えられてしまうし、教授の授業で指名される確率も確実に他の人より高くなり、その後サボりたくてもサボれなくなる。
盧安は最終的に黒縁の眼鏡を選び、鏡の前で自己満足げに言った。「眼鏡をかけると、あの方の風格があるよ。」
盧安の言う「あの方」とは、大数学者華羅庚——中国近現代科学界で、数えるほどしかいない泰斗の一人である。そして盧安がこれから学ぼうとしている学科も極めて明白だ。「科学の王冠たる数学へ、俺は一直線に向かうんだ!」
盧安は突然、自分の先見の明に少し感心した。能力術の世界に入るずっと前から、盧安は姬流にこの専攻を選んでいた。当時盧安は、自分の第一世代導力コンピューターのアルゴリズム設計のためにそれを考えていた。しかし今、盧安は能力術の世界で十数年過ごし、多くの機械設計や工業パラメータを克明に記憶している。そのため盧安の無阻超能への応用も、地球の21世紀の科学技術爆発のように飛躍的に進歩した。例えば、盧安のコンピューター技術は既にマイクロバブル大規模集積の領域にまで発展している。もし盧安が他の学科を選んでいたら、同じ道を繰り返す恐れがあったが、数学を選べば決して時代遅れにはならない。
盧安は当時、最良の学科に従って専攻を選んだ。もちろん、最良の学科が就職に最も有利であるとは限らない。この世界の数学科の就職先は非常に限られているが、数学が重要でないことを決して意味しない。
地球21世紀、外国語必修の廃止に関する議論では、賛成側は、多くの人が一生外国語を使わないため、外国語は外国貿易を主導する人々が使うべきだと主張した。一方、反対側は数学不要論を持ち出し、ほとんどの人が高等数学を使わないなら、数学も廃止すべきだと論じた。当時は、多くの人が微積分を実践で使う機会がなかった。まるで大部分の人が外国語を使わないのは外国貿易が必要ないからであるのと同様だ。しかし、学科が本当に有用かどうかは、市場の需要によって決まる。国の核心産業が観光業や国際金融業でない場合、必要な外国貿易人材は限られているが、国の核心が工業であれば、必要な数学人材は無制限である。盧安の前世——孟位(モウイ)がいた地球の21世紀中頃から、高等数学を使う機会がないのは悲しむべきことであり、それはあなたの仕事の性質が単純な部分に属し、重要ではない仕事であることを意味する。
そして地球の二十一世紀前半には、もう一つ非常に重要な学科があった。応用範囲の広さで言えば、ほぼ多くの技術分野で汎用的に使われているが、それでも高校の物理には組み込まれていなかった。高校の物理には相対性理論や核反応、陽子線の変化まで組み込まれているのに、この学科だけは組み込まれていなかった——流体力学である。
地球上の大気、河川、海洋はすべて流体である。流体運動のあるところでは、すべてこの学科を使わなければならない。船舶、自動車、飛行機などの外殻の空力形状や、エンジン内の燃料と空気の混合……人間の目に見える現象の大部分は流体環境下で起こっている。それほど重要な学科が、なぜ高校の物理の教科書に載っていないのか?それは難しすぎるからだ。この学科を使いこなすために必要な数学が難しすぎるのだ。
この学科を使いこなすためにどれほどのレベルの数学が必要か、簡単に紹介しよう。
O-xyz空間直角座標系を設定する。この座標軸において、ある気流中の任意の点は、この座標系でx、y、zの3つの分方向を用いて、気流中の任意の点の運動の真の方向を表すことができる。
この気流が別の気流の衝撃に遭遇すると、決して直線的に弾き飛ばされるのではなく、異なる方向の局所的な気流の間に渦が次々と形成される。それは煙を吐く人が吐き出す煙の塊のようで、煙の縁と空気が相互作用して、曲がりくねった渦が次々と形成される。
この渦をどう表すか?もともとの気流のx方向成分が別の気流のy方向成分の作用を受ける場合、xとyに対して一階偏導関数を求める公式を一度使って、気流がz方向から受ける擾乱量を表す。もともとの気流のx方向成分が別の気流のz方向成分の作用を受ける場合、xとzに対して一階偏導関数を求める公式を一度使って、気流がz方向から受ける擾乱量を表す。こうして他の方向成分による気流のx方向への擾乱が導かれる。そしてy方向成分が他の方向からの擾乱にどう対応するかも同様に分析し、z方向成分も同様に分析する。これで三つの方向成分から、元の気流が別の気流によって三方向に受ける擾乱を段階的に分析できる。
高校生にとって頭痛の種となる微積分はせいぜい一変数の偏微分だが、この分析には三つの方向が含まれるため、三変数の偏微分が必要となる。
これで終わりだと思うのか?通常の流体は互いに擾乱し合った後、一度の渦流が形成され、その渦流がさらに渦流を生み出す。より精密に計算しようと思えば、それらの二次偏導関数をも求める必要がある。もちろん、渦流の後にはさらに渦流があり、より高い精度を求めるなら三次偏導関数まで必要になる。
これが流体力学に必要な最も基本的な数学的知識だ。もし異なる専門分野であれば、これらの基礎の上にさらに他の要素を付け加える必要がある。例えば、地球大気を解析する場合、これほど大きなスケールでは地衡偏向力を無視できなくなる。そして地衡偏向力は地球の緯度にも関係するため、もともと頭が痛くなるほど複雑な式がさらに複雑になってしまう。
ある人は、自分は気象を研究しないし、飛行機を作らないし、船舶を設計しない……そういった業界に携わっていないから、これらの学問はまったく必要ないと言うかもしれない。では、ここで「空を飛ぶ」というロマンについて話をしよう。
飛行能力は未来、誰もが一目味わいたいものだ。ちょうど人類がすでに携帯電話の提供する情報の利便性を享受することに慣れたように。地球の二十一世紀後半には、一人で飛行できる浮遊パックパックがすでに量産されている。
自由浮遊技術が登場した後、この技術は知識の乏しい人に決して扱わせてはならない。ちょうど免許のない人に絶対に車を運転させないのと同じだ。浮遊パックパックを操る人に一定の知識がなければ、彼らは螺旋上昇、ブラウン飛行、逆さま落下といった操作を必ずしてしまう。空を飛びたいなら、流体力学の知識を学ぶことが必須だ。さもなければ、一人用飛行装置が空中で故障したとき、操作を誤れば死を待つしかない。
要するに、流体力学は応用範囲の広い物理学科だが、数学によって敷居が高くされ、多くの人が習得しづらくなっている。他の学科も同様に敷居が高く、ほとんどの学科は数学によって扱われる必要がある。
今のところ、盧安は仕事のことはまだ考えていない。盧安にとって仕事とは、この世界や社会と協力するための絆だ。現時点では、その絆はとても薄暗い。盧安が数学を必要とするのは、自分が本当にそれを必要としているからであり、自身の超能力による造物には大量の数学モデリングが必要なのだ。
数学モデリングはコンピューターだけに頼るわけにはいかない。コンピューターは既に設計されメモリに入力された数学モデルを実行することしかできない。盧安がコンピューターに任せるのは、重くて繰り返しの多い単純作業であり、アルゴリズムの設計こそが盧安の役目なのだ。
黒縁メガネをかけてメガネ店を出た後、盧安は深く息を吸い込んだ。
「高等数学よ、挑戦しに来たぞ!」




