0300 目立たない隅
世界は相互に関連しているが、人々は一般的に自己中心的な態度で、習慣的に世界を一つ一つの孤立した領域に分けてしまう。
例えば、芸能人を追いかけることに執着する人は、習慣的に芸能界に注目し、大スターたちの競い合いに気を配る;権力に執着する人は、習慣的に政治界に注目し、一言で利益を決定するその界隈を見る;ゲームに執着する人は、習慣的に仮想世界に注目し、自分のランキングがトップになることを望む;武道に執着する人は、習慣的に江湖に注目し、江湖世界での最強だけを気にする……
そのため、人間社会全体は無数の小さな社会に分けられている。そして、この世界で一人の人間を探すには、自分の視野によって制限される可能性が非常に高い。
輪廻者たちがこの世界に入り込み、元一が最後にまだ回収していないこの世界の穿越者——盧安を捜索する時、その視線は常に芸能界、政界、金融界、法律界といった目立つ場所に注がれていた。しかしこの世界で戦争が始まった後、盧安は最も目立たない片隅に身を隠した。
多くの人は先進的な科学技術や精密な機械を賛美することに慣れているが、それらがどこから来たのかを知らず、さらには関心すら持たない。なぜなら、その製造工程を説明しようものなら、ほとんどの人が頭を悩ませるからだ。多くの人の印象では、ハイテク工場はまるでドラえもんのポケットのようなもので、ハイテク製品はそのまま取り出せばいいと思っており、すべての部品の寿命が過酷な環境を一度通過した後、製品にどのようなダメージを与えるかをまったく理解していない。エンジニアと科学者からなる生産研究チームは製品の品質を少しずつ向上させるため、あらゆる面で努力を重ねている。しかし、大多数の人々の目には、すべての科学技術製品の生産は万能な科学者、つまり民衆の頭の中にある概念の功績と映る。
この概念は、この能力技術の世界では能力術師に当てはまる。いわゆる「一人の天才が流儀全体を伝承できる」という考えが、この世界に思考の毒をまき散らし、今なお深い影響を与え続けている。
そして、大多数の転生者は工業体系を整備する必要もなく、またそうしたいとも思わないため、工業思考を持っていない。これらの転生者の視線は盧安がいる工業界を確かに走査したが、彼らはただ輝かしい科学者たちだけを見て、盧安を見落とした。
その時、盧安はある工場で、工業効率をさらに高めるための取り組みを続けていた。
大きなことに目を向ける他の人の目には、盧安は今、最も普通の労働者の視点と習慣にこだわっている。
盧安は生産条例を設けようとしており、これらの労働者の一見些細だが、社会全体の生産力のさらなる発展を制約している習慣を変えようとしている。
しかし盧安は、これらの習慣を矯正することが、上層部の頑固な分子を矯正することよりも容易ではないことに気づいた。
二つの新生産条例の普及を例に挙げる。第一条。工業生産において、全員が固定された手順に従って部品を取り付け、先に何を取り付け、後に何を取り付けるか、その順序を厳守すること。第二条。退勤時に、工場のアラームを特定に用いて労働者に一定の時間を割り当て、各自が工具を元の位置に戻し、作業停止後の仕事を手順に従ってマークし、その後、生産班長が各労働者の退勤後の作業場を検査すること。
まさにこの二つのルールで、実行するのが非常に難しい。多くの古い従業員は、この二つのルールが自分の生産効率を妨げているとさえ思っている。
例えば第一条の規則、機械部品の取り付けには多くの順序があるが、盧安はこの順序で取り付けるよう厳しく要求している。これにより多くの人が自分の作業習慣が深刻に妨げられていると感じている。これらの古株労働者は時々故意にこの規則に違反する。だが、その都度作業長がチェックした際に、果たして減給にするのか、減給しないのか?減給すると、担当の班長が恨みを買うことになるし、減給しないと、リーダーの規則が有名無実化してしまう。
しかし、第二条の規則はさらに多くの機械師を困惑させた。毎回退勤時に工具を元の場所に片付けなければならないのは、機械師にとって非常に面倒なことだ。それは、多くの人が朝起きたら布団をきちんと畳まなければならないのと同じくらい面倒だ。明らかに夜にはまた寝るのに、なぜ毎朝布団を畳まなければならないのか?明らかに食後すぐにまた仕事をするのに、なぜ工具を全部しまい、そして食事が終わったらまた取り出さなければならないのか?これはわざと面倒なことをしているだけではないか?
確かに、この2つのルールはベテラン整備士たち個人の作業効率を制限しているが、盧安が見ているのは生産ライン全体の生産効率だ。機械が固定された手順で取り付けられるなら、その担当整備士が途中で離れる際、マークさえしておけば、別の整備士がすぐに慣れた手順で作業を引き継げる。引き継いだ整備士は前の工程で取り付け漏れがあった部品を見逃すことはない。なぜなら、前の工程はすでに前任の整備士が取り付け済みだと分かっているからだ。道具の片付けも同様である。一人の整備士にとって、自分の担当する作業台や道具の配置には精通している。しかし、途中で整備士が交代すると、引き継いだ整備士は前任者が道具をどこに置いたか把握していないものだ。
これらの老整備士たちは自分の作業効率だけを考えていたが、盧安が考えたのは、新しく入った新人たちに自分の能力を発揮させる方法だった。プロセスが固定化されると、新人整備士たちはこの一連の生産プロセスに習熟した後、複雑な仕事にプログラム化された基準があることに気づき、仕事の流れを素早く把握した後、余った精力で考え始め、やがて疑問が湧きます——「こんなに固定化されたプロセスなら、なぜ機械で代替できないのか?」と。そうすれば、エンジニアがこの人力を代替できる自動化生産ラインを設計する際、これらの新人整備士たちは、この統一された生産プロセス基準に従って、自分の意見を提案できるようになるのです。もしこれらの古参労働者が提供する経験に従えば、彼らの部品取り付け手順は統一されておらず、ロボットアームの作業手順を的を絞ってプログラミングすることは全くできない。また、各生産チームが作業終了後に自らの工具をきちんと片付ければ、それらの工具の統計を取ることができ、一組の工具のうちどの種類の工具の摩耗が大きいかがわかれば、ビッグデータの構築のもとで、自動生産ラインの関連部品グループの設計を強化することができる。
ポストーー工業時代とは、決して一部の熟練工の個々の奮闘に頼るものではなく、制度によって可能な限り全員の役割を発揮させ、同じ生産基準を用い、皆の生産経験をビッグデータに基づいて分類・計画し精密化し、生産現場で遭遇する一つ一つの実際の問題をすべて分析し尽くすことである。百人の組織で、一人ひとりが十%ずつ力を出す効率は、十人の労働者が百%の力を出しても互いに統一が取れていない効率よりもはるかに高い。
ところが、地球の22世紀ではごく簡単なこの道理が、この世界で広めるのは非常に難しい。年老いた労働者たちは岩のように頑固に、自分たちの生産習慣に固執している。懲戒制度を導入すれば、彼らは不満を抱え、かえって生産効率が落ちてしまう。懲戒しなければ、新人たちは相変わらずこれらのベテランの生産習慣をそのまま受け継いでしまう。
盧安は工場内を見回り、相変わらずの様子の作業場を見て回った。作業場では、労働者たちは盧安が来るのを見ると、見て見ぬふりをした。前の数回は、彼らはまだ形だけの表面的な仕事をしていたのだが。
盧安は、自分が背を向ければ、彼らが新人たちに、盧安の定めた新しい規則がどれほど人を苦しめ、どれほど不自由かを逆に示して見せることを知っていた。
この光景を見て、盧安は決断を下した。古参労働者たちをできるだけ早く全員、新しい労働者に入れ替えることだ。もちろん、平穏な方法で入れ替えなければならず、入れ替えの過程で工場の生産に断層などの悪影響が出ないようにしなければならない。
盧安が策定した政策は単純だ。早期退職制度を設け、早期退職後の年金・退職金が現役の古参労働者よりも手厚くなるようにする。早期退職の資格は、工場の考課を完全に通過した者のみに与えられ、工場の生産規則を遵守できない者は早期退職できない。
盧安は理解していた。生産現場全体に染み付いた慣性思考に強硬に対抗すれば、反発心を呼ぶだけだと。この利益だけが横行する資本主義の世界では、利益のために妥協するのは資本家だけではなく、そうした思考に染まった一般の労働者も同様なのだ。
盧安が考えているのは些細なことばかりで、大事なことに目を向ける輪廻者たちはたとえ彼の行動を見ても、自然と見過ごしてしま宇田ろう。しかし盧安は、自分の行いが今後数十年の産業発展に大きな影響を及ぼすことを確信している。そして、平凡なことに取り組むことで偉大さを築くこうした地道な努力は、いかなる文学作品にも記録されることなく、テレビの画面で波瀾万丈のドラマとして描かれることもない。
これこそが、精彩ある物語にこだわるすべての輪廻者が盧安を見過ごす理由である。彼らはおそらく、輝かしい工業生産を意識したことがあると思っているが、工業生産の中にある平凡な一つ一つの積み重ねに全力を尽くすことはできないのだ。
ある家庭で、テレビが夜のニュースを放送している。主人は悠々と国家の大事を見ており、夫人は皿を洗っている。子供はテレビの時間をじっと見つめ、アニメの放送時間を呟いているが、親の「宿題は終わったの?」の一言で部屋に追いやられてしまう。
テレビの中で、ニュースが急に変わる。報道官が厳粛に言う。「盾刃帝国の一つの部隊が我が国の辺境を奇襲しました。皇帝陛下は、ただちに盾刃帝国との戦時状態に入ることを宣言されます。」
主人は口を大きく開け、夫人は何やら不平をこぼし、部屋で宿題をするふりをしている子供は退屈しのぎに紙に軍艦や戦車を描いている。
戦争時代の幕がすでに開かれ、この時代を乱す無数の手も動き始めた。




