0143 怖い
白露は夜色に包まれた大海の中に立っている。この時、彼女は手のひらにある信仰の指輪を見つめている。遠くの海岸線を見つめながら、彼女の小さな口が開き、まるで自分に言い聞かせるように、あるいは元一に語りかけるように言った。「私は誰かを救いたい。できるだけ多くの人を。この世界の『私』はずっと前からそう決めていた。そうだろう?」白露は信仰の指輪を握りしめ、そして自分の左手の指にはめた。
その瞬間、白露のいる海域、半径16キロメートルの範囲内で、藻の細胞によって構成された巨大な組織が海水中でゆっくりと蠕動していた。海水中の単細胞たちはゆっくりと集合し、一部の海藻はその過程で葉のような組織を形成し、あるものは血管のような脈絡を作り出し、またあるものはカエルの卵のようなものとなって脈絡の中を流れ、さらに別のものはアメーバのような生物へと変化し、管路の中をゆっくりと蠕動しながら細菌を除去していた。
妊婦が胎児を育む際の幹細胞分化現象が、なんとこれらの藻類に現れたのだ!海水中の何かが急速に育まれつつあり、この16キロメートルの範囲は、その存在のコアゾーンである。
十六キロメートル以遠では、藻類が細長い線を形成し、何百何千キロメートルも広がり、各都市に向かって伸びている。
三十分後、これらの細長い線の中で神経繊維のような構造が徐々に弱い電流を発生させ始めた——白露のある核心区域が外部に情報を発信し始めたのだ。そして海の中の意識が呼びかけに応じて覚醒し始める。
同じ瞬間、盧安は堤防に立ち、濃いスープのような海水を眺めていた。海岸線沿いに広がっていた巨大な昆布栽培地は消え去り、藻類がクラゲのような「動物」に集合し、それらの昆布を速やかにかじり、消化した後にすばやく分解した。これは地球上では決して起こり得ない生命現象だ。
この大海を眺めながら、この時盧安の心は恐怖で満ちていた。盧安はこれまで自分に深海恐怖症があるとは思ったことがなかった、しかし今、盧安は確かにそれを持っていると確信した。
「海水の中には、一体何があるのか?」盧安は今、海水の中の最も原始的な藻類が全体として有機物を捕食し、そして自分自身も有機物であることを見ている。つまり、人間も捕食される可能性があるということだ。
この惑星の海洋にはサンゴ虫がおらず、魚、エビ、カニもいない。ただ一部の簡単な両生類の生命が存在するのみで、しかもそれらは陸地から降りてきたものだ。これは恐ろしい事実のようだ――これらの生物は必要とされていないのだ。
ある生物が絶滅する最大の理由は、自然界にそれに取って代わる種が現れるからだ。例えば地球では、始祖鳥はイヌ科の動物に取って代わられた。海洋生物である鋸歯状のサメは、シャチのような賢い捕食者に取って代わられた。そして一万年前の大絶滅では、サーベルタイガー、ホラアンナライオン、その他の人類が、ホモ・サピエンスに取って代わられたのだ。
地球の海では、さまざまな生物が進化し、生産者(例えば海藻類)が作り出す栄養物質を享受してきた。しかし、海藻だけしかいないとしたら、それは想像もつかないことだ。しかしいま、旭起星の海では、すべての生物連鎖が進化しておらず、陸地で進化した両生類だけが、海の生物集団に多様性をもたらしている。
この世界の人類は海の中で両生類として過ごしたが、しかし、陸地に到達した一部の人類だけが文明を生み出した。陸地で文明を生み出したその人類はすぐに(地質変動に比べて)海に残った火を使えない人々を絶滅させた。これは地球でホモ・サピエンスが他のヒト属を絶滅させたのと似ている。
盧安はダムから離れたが、闇に包まれた都市のほうへは歩いていかなかった。都市の状況はすでに新平絲と李三祥の通信でおおよそ把握しており、盧安は血肉が飛び散るあの場面を見に行きたくなかった。
第三次世界大戦を経験した盧安は、平和な時代の人々が想像するような「人を殺すのに瞬きもせず、血を浴びても顔色を変えない」ような人物ではなかった。盧安は血肉が飛び散るのを嫌っていた。なぜなら、血肉が飛び散るのを見ることは味方の死を意味していたからだ。第三次大戦の戦闘の多くは超視界戦闘だった。敵が死ぬ時は、沈没する敵艦とともに魚の餌になるか、航空機の機銃掃射を受けてほこりに覆われた湿った肉塊になるかのどちらかだった。盧安は戦闘における死に慣れているだけで、人を殺すのを見るのは好きではない、これは本性であり、痛みを恐れない人と鞭打たれるのを好む人のようなもので、前者は勇士、後者は変態だ。もし盧安の前世の経験がもっと極端になっていたら、読者には馴染み深いものになったかもしれない――戦争心理的外傷で、鶏を殺すことにさえ抵抗を感じ、肉を食べることにも適応できず、純粋な菜食主義者になる。
都市で何が起こっているのか、盧安は大体知っていたが、そこでの惨劇を見に行きたくはなかった。そしてこの世界の今はどうやら惨劇と悲劇ばかりのようだった。
海岸線から離れた盧安は、ある丘を見つけて立ち止まった。しばらくして、盧安は立ち上がり、遠方を見渡した。人を満載した大量の車が道路に沿って海辺に向かって走っていった。
それらの車は速く走り、大海のほとりで止まった。車内の人々はすぐに降りると、海の中へと歩いていった。
これを見ると、盧安はすぐに後を追った。この人たちが一体何をしようとしているのか、盧安は知りたかった。
導力脈絡の作用により、盧安は数メートルの高さの茂みを一跳びで越えた。自分の空気抵抗を低減させ、速度はあっさりと秒速20メートルを突破し、さらに速くなり、最終的には秒速40メートルに達した。この速度は第一次世界大戦初期の飛行機の速度である。これ以上速くできない理由は、足を踏み出して足を振る際に、足の裏が充血して毛細血管が破裂し、また股関節が脱臼しやすいからだ。
その時、盧安は川に遭遇した。無阻膜が水面を覆うと、盧安の足が水面に触れた瞬間、水切りのように川面から弾き飛ばされた。
様々な複雑な地形を通り抜けた後、盧安は高い観測塔に到着した。彼はこれらの人々が海水中で合掌し、宗教的な儀式を行っているように見えるのを目撃した。もともと車の中に縛られていた何人かの人々は、海水中で数回痙攣した後、周りの緑がますます濃くなるにつれて、次第に静かになっていった。その光景は、まるで魔幻世界の聖水祓魔のようだった。
盧安の視力で見ることができた。海中の藻類の集合体が、海中にいる人々を取り囲み、触手で人の体を撫でている。盧安が双眼鏡を上げると、これらの透明でクラゲのような触手が海中の人の皮膚に刺さっているのがわかったが、人々は全く苦痛や恐慌を感じていない。
数十分後、海中で身を浸した最初の一団が車へと向かった。このとき彼らは来た時の慌てふためいた様子はなく、集まって相談を始めた。人々はたちまち組織を形成し、後から海岸に到着する人々のために秩序を維持し、さらには後続の人々の子供や女性をなだめている様子も見られた。
群衆全体が不安、焦燥、恐怖の混乱状態から、静かで団結した友愛に満ちた秩序状態へと変わった。この光景を見て、盧安は少し戸惑った。海水中の藻類内の生命集合体は下等生物には直接食べてしまうのに、高等で複雑な知性生物にはこんな影響を与えるのか?!群衆は秩序ある状態へと向かい、まるで海藻が集まって一つの生命体のように動いている。
「これ……まさか俺にも関係あるってことか……」群衆のこの反応に直面して、盧安は思わず自問した。
盧安はこの任務の経緯を回想した。
まず、白露はこの任務を受けてからよく海辺に走っているが、さっき元一が突然、訳の分からない任務――白露を制止せよ――を出し、続いて海水に異変が起きた。盧安は藻類の異変が白露の仕業とは信じがたいが、白露はこの状況が起こることを必ず知っており、そしてそれを利用したに違いない。そうでなければ、元一が「彼女を止めろ」という任務を出すはずがない。
様々な手がかりが結びついた今、盧安は突然二つのことに気づいた。第一に、白露が李三祥から信仰の指輪を持ち去ったこと。第二に、信仰の指輪は一、二百万の人々の考えにある程度の影響を与えられるということだ。
平時は、これらの影響が問題を起こすことはないかもしれないが、人々が絶望している状況下では、その影響が潮流を巻き起こす可能性がある。
盧安は振り向いて、街の方を見た。街から出てくる車の流れが増えているようで、まるで救済の地へ向かっているかのようだった。
盧安はずっと部外者の心構えでこの世界の出来事を見てきた。白露の計画に対して、盧安はずっと傍観者の心構えで、百万の幽魂を捕まえることも、盧安はずっと遊び人のような心構えで、任務全体に対しても、盧安はずっと目的のない心構えだった。しかし今、この世界で起きた激変が白露を刺激したようで、白露は大きなことをしでかそうとしている。大事を起こそうとする白露が手にしているあのアイテムの効果は、自分によってとても強くされてしまったようだ(詳細は0133章を参照)。
そして今、元一が白露を清算しに来たようだ。盧安は自分の行動を振り返った。元一は今のところ何も言っていないが、盧安は自分の行動も清算を免れないかもしれないと感じている。
元一が今まで自分にこの状況を話さなかった理由について、盧安は二つの可能性を考えた。
一つ目は、元一が今主犯を清算しているところで、盧安という従犯は後回しにされるというものだ。
二つ目は、まだ盧安が更に過ちを犯すのを待っているというものだ。過ちが一定量に達した時点で、元一は規定に従って処罰するつもりなのだ。
戎星世界で元一とやり取りした経験から、盧安は元一が一部のルールに縛られていることを発見した。そして元一はそれらのルールをあまり好まず、ルールを迂回したり、ルールの抜け穴を探したりするのだ。
例えば、消費者が店に賠償を求めた際、店が言葉の抜け穴を残して「あなたが暴露しなければ、もう少しお金をあげます」と言い、消費者が承諾した後で支払わず、消費者の言葉だけを録音して恐喝の証拠にする。上記の例は、事業者がルールを悪用して消費者を陥れているのだ。
盧安は元一のこのような態度に期待していない。そのとき、盧安は背中に冷たさを感じた。




