勝敗の行方
絶叫とともに放たれた銀色の光芒が迫り来る太い鉤爪と正面から激突した。
聖剣アレスが増幅した圧巻の威力が、ワイバーンの巨体と突進のエネルギーを真っ向から押し返す。
大きく体制を崩したワイバーンは、たたらを踏みながら地面へと荒々しく着地した。見ると、先ほど聖剣の刃と打ち合った足からは薄っすらと鮮血が滲み出ている。
「私の攻撃が効いてる?」
琥珀が緊張した面持ちでワイバーンを見る。しかし、小型とはいえアースホールに生きる飛竜がそれだけで屈するはずもなかった。
「グルオォォッ!」
怒りに瞳を血走らせたワイバーンは、巨大な両翼を猛烈に羽ばたかせた。凄まじい暴風が巻き起こり、地表の砂利や鋭い木片が弾丸のような勢いで琥珀へと襲いかかる。
「きゃっ!」
勢いよく顔を覆った瞬間、視界が完全に遮られた。その隙を見逃さず、暴風を切り裂いてワイバーンの鋭利なくちばしと鉤爪が琥珀の華奢な身体へと肉薄する。
ガッ、と肉を割く嫌な音が響き、琥珀の肩と腹部から血が吹き出す。
「うっ……あぁぁっ!」
木陰から見物していた俺はわずかに眉を動かす。戦いを仕向けておいて死なれては若干寝覚めが悪い。
だが、琥珀はそのまま倒れることはなかった。
彼女は痛みに顔を歪めながらも、すぐさま左手を己の傷口にかざす。
「ヒール!」
淡い緑色の光が、彼女の手のひらから溢れ出す。光が傷口を包み込んだ瞬間、深く刻まれていた切り傷が目に見える速さで塞がり、出血が綺麗に止まった。
「ハンターの誰もが一番初めに覚える初歩的な回復魔法だけど、私のは一味違うんだから」
ここにも治癒できる個体はいくつか存在する。
竜種もその一つだが、琥珀の放つヒールは練り上げられた魔力の密度、傷口の細胞を即座に再構築させる速度において、ドラゴンにも匹敵するレベルであった。
ハンター界隈でも右に出る者がいないほど洗練されたその回復術こそが、彼女をA級という高みまで押し上げた真の武器であった。
ここからの戦いは、思いのほか拮抗した。
ワイバーンは巨体を生かした突進と風圧で琥珀を追い詰めようとするが、琥珀は聖剣アレスの刃で致命傷だけを巧みに受け流し、掠り傷や打撲は間髪入れずに『ヒール』で治癒していく。
削られては再生する粘り強い琥珀の戦い方に、最初は押していたワイバーンの方が焦りを見せ始めた。
聖剣によって一撃食らうたびに負うダメージが蓄積し、徐々にだが確実にその動きが鈍くなっていく。
「これで……終わりよ!!」
一瞬の隙を見逃さず、琥珀が地面を力強く踏み込んだ。全身の魔力を聖剣に込め、渾身の力で振り下ろされた一撃が、ワイバーンの胸元を大きく斜めに切り裂く。
大量の血を撒き散らし、ワイバーンはついに膝から崩れ落ちた。荒い息を吐きながら、もう立ち上がる気力すら残っていない様子でぐったりと横たわっている。
俺は木陰から静かに歩み寄り、転がっているワイバーンを一瞥した。
「勝負ついたな」
そう声をかけると、琥珀はへたり込むようにしてその場に膝をついた。返事をする気力すら残っていないらしい。
肩を激しく上下させて大きく呼吸を繰り返している。荒い息遣いと全身の震えを見るに、立っていることすら限界なのは明白だった。
俺は横たわるワイバーンを見下ろしながら、淡々と説明を続ける。
「竜種の類は自然治癒能力が高い。死んでいなければ、小型のワイバーンでもしばらくすると動けるくらいには回復する。死の恐怖を味わわせた後に放置し、回復を待てば、お前を主人と認めて心を開くことがある。かもしれない。……まあ、ダメなら同じことを何度も繰り返すか、別の個体を探すしかないがな」
俺の言葉を聞いた琥珀は、荒い息を吐きながら、死んだ魚のような目で俺を見上げた。
そして——彼女は言葉を返す代わりに、聖剣アレスを杖がわりに地面に突き立て、壊れそうな足取りでフラフラと立ち上がる。
「おい、何をしている。もう勝負はついてるぞ?」
制止の声をかける俺を無視し、琥珀はよろよろとワイバーンの巨体へと歩み寄る。そして、倒れ込むワイバーンの大きな頭部に、震える両手をそっと重ね合わせた。
「ヒール!」
彼女の体から、今までで最も眩い緑色の光が爆発的に溢れ出す。
自身の体内に残っていた最後の最後まで絞り出すような全魔力を注ぎ込んだ治癒の光。それがワイバーンの全身を優しく包み込んでいく。
「な……」
俺は目を疑った。
ワイバーンの胸元を深く切り裂いていた致命傷が、瞬く間に塞がっていく。脚の傷も、裂かれた翼も綺麗な状態へと戻り、わずか数秒のうちにワイバーンは全身の傷が完治してしまった。
「はぁ……はぁ……よかった……ごめんね」
安堵の笑みを浮かべた途端、琥珀の瞳から光が消えた。魔力を完全に使い果たし、限界を迎えた彼女の身体が糸の切れた人形のように前へと倒れ込む。
「グルッ……」
傷が完全に癒え、意識を取り戻したワイバーンが跳ねるように巨体を起こした。
俺は瞬時に足を開き、いつでもワイバーンの首を叩き折れるよう全身の筋力を弛緩させて身構えた。自分を痛めつけた敵が目前で意識を失っているのだ。野生の本能で喰らいつくのが当然の帰結だからだ。
しかし——俺の予想は外れた。
ワイバーンは立ち上がると、俺に対して警戒の威嚇を吐き、倒れ伏した琥珀をじっと見下ろす。
そして、大きな翼をそっと広げると、倒れた琥珀の身体を外敵から遮るように包み込み、自らの大きな頭部を彼女の身体に優しく寄り添わせたのだ。
その温かな眼光には敵意や狂気など微塵も残っていなかった。
「……なるほど」
俺は構えを解き、息を吐く。
力を示して屈服させるだけではなく、命を救うことで絆を結んだか。裏社会で殺し合いばかりしてきた俺には思いつきもしない手だ。
「一回で成功するとはな。大したやつだ」
俺は倒れた琥珀と、彼女を守るように丸くなったワイバーンを静かに眺める。
外界のノイズと思っていた栗色のポニーテールは、どうやら俺の想像以上に面白い女だったらしい。




