絆の島7-六分儀
当面、主役はクロです。
島の森の中で、綺桜の竜から降りると――
「クロ殿、たいそうなお荷物ですね」
修行していたらしい紫苑と珊瑚が現れた。
二人は式神を召喚して、荷物を持たせ、空龍を抱えさせ、ぞろぞろと草地へと歩き出した。
「空の旅は、いかがでしたか?」珊瑚が問う。
「夢心地でした……
子供の頃から憧れていた竜の背に乗って、雲の上を飛べるなんて!
感動で、いっぱいになりました!
母から聞き、娘に語った寝物語を思い出し、毎日、竜の事を思っていた ご褒美なのかな……
などと思いながら、乗っていましたよ」
「どのような お話なのですか?」
空龍は、かいつまんで話した。
クロにとっても感慨深い、その話は、自然と、皆の視線を天へと向かわせた。
『あなたが忘れない限り、私は、ここに来ることができるの。
だから……忘れないでね』
少女の頃のリリス女王の言葉。
悲しい事に、その後、人々の心から竜の存在は、失われるのだが――
でも……リリス女王様、
矢太と、その子孫は、忘れていませんでしたよ。
そして……
今、人の心に、少しだけ竜は復活しましたよ。
まだまだ、おおっぴらには飛べませんが……
酒樽と味噌樽は、厨に運んでもらい、千両箱は、姫の小屋に運んでもらった。
昨夜から航海士の小屋になった、その中にクロと空龍が入ると、蛟が掃除をしていた。
荷物は、すっかり移動していて、広い卓が入っている。
「クロ様、お帰りなさいませ~♪」
「ただいまっ♪
なぁ、蛟、コレ直せるか?」
クロは革袋を渡した。
蛟は中を見て、空龍に差し出した。
空龍も覗き込む。「六分儀――」
「――が、バラバラでございますね」蛟が続けた。
「キン兄が、くれたんだけど、見ての通りなんだ。
どうだ?」
「お任せ下さいませ♪」ニッコリ
「掃除が終わりましたので、リリスさん、呼んで参りますね」
蛟は革袋を持って、楽しそうに出て行った。
すぐに、リリスが入って来た。
「お父さん、お帰りなさい♪」父に駆け寄る。
クロと蛟は、小屋を後にした。
♯♯♯
作業小屋に入ると、アオが臥せっていた。
――が、
ガバッと起きると、
「すまないっ!! バレたっ!! ……たぶん」
アオは、クロに向かって掌を合わせた。
「しゃ~ねぇよ、アオ。
あそこで姫が現れるなんて、想定外だったんだから」
と笑う。
クロは、アオの肩に手を置き、
「ま、いずれバレただろうしなっ。
アオは、よくやったよ」ぽんぽん
クロは、ぷっ♪ と吹き出し、
しっかり思い出したらしく、大笑い。
アオ、赤面……ガックリ項垂れる。
「バレてしまったのでしたら、これからは、姫様も巻き込んでしまうのは、如何でございますか?」
六分儀の修理に掛かった蛟が言う。
「そうだね……
竜が飛んでから、出てきて、手を振ってもらうとか……」
アオも乗る。
「よしっ! 決まった! それで行こう♪」
「ただいま~♪」サクラが戻って来た。
「あれ? 遅いじゃねぇか」
「姫と遭っちゃって……」
「バレてたか!?」アオとクロ。
「わかんな~い。
なんにも言わなかったも~ん」
不気味だ……
「ただ……クロ兄に……
夕食 終わったら、浜の丸太で待ってる、って~」
「そ、そうか……」怖え~っ!
その時、扉がドンドンッと叩かれた。
ビクゥッ!!! 固まる四人。
「船主さん、おいでですかぃ?」棟梁だった。
「はい」アオが扉を開ける。
「話が有るんでさぁ」
「ここは狭いので、食卓の方へ――」皆で移動。
卓に着き、
「修理の方なんですがね、部分部分は、小屋で作っておりやしたから、あと三、四日で、仕上がると思いやす。
ただ……材木が、少々足りねぇんでさぁ。
生木では、後々困る事になりかねやせん。
ですから、島の木を使うのは、どうかと……
調達できやすかぃ?」
「とれだけ必要ですか?」
「この紙の通りでさぁ」たたんだ紙を出す。
「解りました」チラと見て、アオが頷く。
棟梁は「宜しくお願ぇ致しやす」と去って行った。
「昨日、分かってりゃなぁ」クロが天を仰ぐ。
「でも、義足 取りに行くんでしょ?」
「あ……そうだなっ!」視線を戻す。
「あ……でも、アカは夕方だって言ったな……」
「じゃ、キン兄に運んでもらったら~?」
いや、そんな事 頼むなんて……と思いかけたが、
「キン兄も、来たいハズだよなっ!」
「喜ぶよ♪ 言わないけどねっ♪」ケラケラ♪
「んじゃ、コレ伝えてくれ♪」
アオの前にあった紙を、サクラに渡す。
「これ……なに書いてるの?」
紙を広げて、ぱちくり。
……木材関連専門用語の雨嵐……たぶん……
「蛟、頼むっ」
「はい~♪」
「夕食、作るわ」クロは立ち上がった。
♯♯♯♯♯♯
夕食後、クロが浜に向かうと――
星空を見上げている姫の後ろ姿が、船を煌々と照らす篝火を受け、ぼんやり見えていた。
「姫、待たせたな……」丸太に座る。
「今、来たところじゃ。待ってなどおらぬ」
穏やかに、姫が言う。
「のぅ、クロ……」
「何だ?」
「白い竜の話、知っておるか?」
「ああ……空龍さんから聞いた」
「さよぅか……」
静かな浜に、波の音だけが繰り返される。
「人が忘れてしもぅたから、竜は姿を見せられぬのじゃな……
しかし……
それでも竜は、人を助けてくれるのじゃな……
竜は……優しいのぅ……」
「姫……」
「それが解ったから……じゃから……」
姫は立ち上がり、クロの正面に立ち、深々と頭を下げた。
「いずれ……必ずや、人は竜を思い出す!
じゃから……じゃから……
人を見捨てないで欲しいのじゃ!
ここに……人の世に、いて欲しいのじゃ……」
姫の涙が、ポタッ、ポタッと砂に落ちる。
クロは、姫の肩に手を当て、体を起こさせる。
そして、抱き寄せ、頭をポンポンしながら、
「大丈夫だ。まだまだ、ここにいるよ」
「感謝いたす……
人の代表として、誠に感謝いたすぞ」
泣き顔を隠すように顔を埋める。
どっ! ガササッ!
サッと振り返ると、くノ一達が逃げていた。
――ひとり、背負われているようだ。
「アヤツら~~ ! 赦さぬっ!!」
怒り心頭、殺気爆発で、走り出そうとした姫の手を、クロが掴んだ。
「心配して来ただけだろ。そう怒るなよ」
丸太に座り、隣に座れと丸太を叩く。
姫が、おずおずと座ると、
「優しさや、お節介で、人を助けてるワケじゃねぇんだ……
天界と魔界の戦いに、人界は、巻き込まれてしまってるだけなんだよ……」
「じゃが、それでも……
人の世で、竜が戦ってくれねば、ここは、既に魔界の一部じゃ。
じゃから、結果は同じじゃ。
人は、竜に、助けられておる」
「そう思ってくれて嬉しいよ……
たぶん、皆……リリス女王も、オレ達も、他の竜も、たとえ、ひとりでも、そう思ってくれていれば嬉しいし、人と、ずっと友達でいたいと思えるんだ」
「ワラワが、クロの『矢太』になってしんぜようぞ♪」
あはは……は……は……はぁっ!?
待てよ……オレ……さっき、思わず……
クロ、ぢっと手を見る……
夕食後、クロが出掛けた作業小屋――
桜「あ……クロ兄、姫の剣、置いてっちゃった~」
蛟「クロ様を追いますので、剣を頂けますか?」
桜「俺も行く~♪」
青「邪魔しては、いけないよ」
桜「うんっ♪」
蛟「お話ししておりましたら、お渡しせずに
戻りますので」
青「うん。姫を怒らせないようにね」




