五話 ー手記ー 写真
翌朝、目が覚めると、祖父の姿はなく布団も片付けられていた。
起き上がると、布団を畳んだ。
その時、箪笥の隣に仏壇があることに気がついた。昨日、初めて玄関に入った時に感じた線香の香りは、この仏壇からだったんだ。
近づいてみると、母とよく似た女性の写真が置かれていた。
写真に手を伸ばそうとした時、襖が開き祖父が入ってきた。私は慌てて手を引っ込めた。
「起きておったか。 朝ごはんができたから、一緒に食べよう」
私は頷いてから部屋を出た。
洗面所で顔を洗ったあと、廊下に出ると居間に向かった。
昨日、家の中を案内してもらった時に、食事は居間でしていると聞いていた。
襖の開いた居間に入ると、みそ汁の香りが漂っていた。
「さぁ、お座り。 温かいうちに食べよう」
そう言われ、私は祖父の前に座った。
「いただきます」
みそ汁を飲んだ瞬間、不意に涙が出そうになった。
「母さんの味…」
母が毎朝作ってくれていたのと同じ味がした。
「あぁ、裕司のおばあちゃんが昔作ってくれていたみそ汁の味じゃよ」
「おばあちゃんって…仏壇にあった写真の人?」
「そうじゃ」
そう言った祖父の顔が少し辛そうに見えた。
「おばあちゃんっていつ亡くなったの?」
仏壇の写真の女性はまだ若かった。
「そうじゃなー、もう十八年になるかな…」
「十八年…」
「あぁ、そうじゃ。 部屋の荷物が片付くまでは、わしと一緒に寝るといい」
祖父は何かを隠すように、話題を変えてしまった。
そのあとおばあちゃんの話は、それ以上聞けなかった。
朝食を終え、食器を台所へ持っていくと、祖父と一緒に片付けをした。
(母さんの手伝いほとんどしたことなかったな…)
ふと、母のことを思い出しながら、祖父の洗った食器を拭いた。
片付けが終わったあと、祖父は玄関に向かった。
「今から、畑に行ってくるから、何かあったら前の畑までおいで」
祖父は出かける準備をしながら、廊下に立つ私に声をかけた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
鍬を持つと、引き戸を開けて外に出て行った。
「あーぁ、荷物片付けるのめんどうだな」
祖父がいなくなった玄関で、一人呟いた。
学校へは一週間後から登校することになっていた。
部屋の襖を開けると、積み重なった段ボール箱の間を通り抜けて中に入った。
部屋の空気を入れ換えようと窓を開けると、正面に鬱蒼とした木々に覆われた山が聳え立っていた。
山頂部は白い靄に包まれていた……。
しばらく眺めていると、突然、冷たい風が吹き込んできた。
その瞬間、背筋に寒気が走り、私は思わず窓を閉めた。
「えーっと……、あった」
探していた『学校用品』と書かれた段ボール箱を見つけ、開けると、中身を取り出して机の上に置いた。
段ボールが空あになると、次の箱を開け、箪笥に服などを片付けた
「裕司、昼ごはんできたぞ」
半分ほど片付けが終わったところで、祖父の声が聞こえてきた。
いつ畑から戻って来たのだろう?全く気が付かなかった。
手を洗ってから居間に行くと、テーブルには素麺が用意されていた。
「腹減ったろう?さぁ、食べよう。部屋を片付けとったのか?ひとりで大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「そうか、あまり無理せんようにな」
素麺を食べ終わると、私は再び部屋に戻った。
片付けの続きをしていると、カーテンの隙間から窓の外が目に入った。
朝と変わらず、山頂には白い靄がかかっていた。
なぜだろう。ただ山を見ているだけなのに、胸の奥がざわついた。
私はその理由を考えることなく、再び段ボール箱に目を戻した。
——その時、山頂を覆っていた白い靄が、ゆっくりと山の斜面を下り始めていた。




