三話 ー手記ー 喪失
「哭島の真実」
『私に残されている時間はあと僅かかもしれない…
だから、あの島で起こったこと、全てをここに書き残す。
島に暮らしていた人たちの生きた証を伝えたい…』
一九八七年 四月の終わり——
私が中学三年になったばかりの頃だった。
両親の誘いを断り、私はひとり自分の部屋で、漫画を読んでいた。
『ジリリリリーン』
両親が出かけて少しした頃、一階の方から電話が鳴り響く音が聞こえてきた。
階段を下りて、リビングに入ると、鳴り続いていた電話の受話器を取った。
「はい、高野です」
相手の話が始まると、私は受話器を強く握り締め、ただずっと黙って話しを聞いていた。
「分かりました」
そう言って受話器を置いた時、手がジンジンと痺れていた。
電話は警察からで、両親が交通事故に遭い、亡くなったことを知らせるものだった。
突然の知らせに呆然としていたのか、そのあとのことは今でも思い出すことができなかった。
少しして、再び電話が鳴り響いた。
「はい、高野です」
ソファから立ち上がると、少しふらつきながら受話器を取った。
「裕司か…、おじいちゃんじゃ」
電話の向こうから、優しそうな男性の声が聞こえた。
「…おじいちゃん?」
東京から遠く離れた島に、おじいちゃんが一人いると母から聞いたことがあったのを思い出した。
「そうじゃ、お前の母さん明美の父親じゃ。
今、警察から連絡があった。 これからそっちに行くが、到着は夜遅くになると思う」
「……」
「…大丈夫か?すまないが、もう少しだけ待っていておくれ」
「うん……」
初めて聞く祖父の声はとても温かく、思わず涙が込み上げ、うまく言葉が出てこなかった。
「じゃぁな」
祖父はそう言ったあと、私が受話器を置くまで、電話の向こうで待っていた。
祖父との電話のあと、しばらくすると警察の人が家にやって来た。そして、祖父が来るまで一緒に居てくれた。
夜遅く、チャイムが鳴りドアを開けると、白髪頭に眼鏡をかけた小柄な男性が立っていた。
祖父に会うのはこれが初めてだった。
「遅くなってすまない」
祖父は靴を脱ぎ、廊下に荷物を置くと、私をそっと抱きしめてくれた。
その瞬間、全身の力がふっと抜けたような気がした。
葬儀を終えてから数日間——
これから祖父と一緒に島で暮らすため、引っ越しの準備をした。
荷物を載せたトラックを見送ってから、祖父は書類を持って市役所に出かけていった。
……静まり返ったリビングに一人になった瞬間、この家で暮らしていた父と母の姿が頭に浮かんできた。気がつくと、頬に涙が流れていた。
次の日の夕方、私は祖父に連れられて、京都から新幹線で東京まで向かった。
線路沿いに建ち並んだビル。夕日で赤く染まった空。その向こうに沈みゆく太陽。新幹線の窓から見た風景は、どこか無機質で寂しく見えた。
新幹線を降り、東京の港に着く頃には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
潮の香りが漂う港を、祖父の後ろについて歩いた。
停まっていた船に乗り込むと、空いていた場所に二人で腰を下ろした。
やがて船は静かに岸を離れた。窓の向こうに広がる黒い海を眺めていた時、急に不安が胸をよぎった。私は何も言わず、祖父のすぐ隣へ体を寄せたまま、船の中で一晩を過ごした。
「着いたぞ」
翌朝、祖父の声で目が覚めた。
どれくらい乗っていたのだろう…、朝日が船の窓から差し込んでいた。
船から降りると、私は祖父のあとを追って桟橋を歩いた。
さわやかな潮風が心地よく吹いていた。
「これから、あの船に乗り換える」
祖父の指す方向に小さな船が見えた。
今いる島から更に海の向こうに、その島はあった。
水しぶきをあげながら船は進んだ。
しばらくして島に着くと、『島へようこそ』と大きく書かれたサビの目立つ看板が目に止まった。
看板から視線を動かすと、遥か向こうに白い靄に包まれた大きな山がひとつ聳え立っていた。
『うぅぅぅ———うぅぅぅ———』
突然、何かが唸るような不気味な低い音が聞こえてきた。
(……なんの音?)
驚いて周りを見渡すと、島の人たちも不安そうな表情を浮かべていた。
中にはその場で立ち止まり、胸の前で手を合わせ、山の方に向かって何かを唱えている人もいた。
しかし、誰も騒ぐことはなく、音が止むと、何事もなかったかのように歩き始めた。




