二話 奇縁
二〇〇八年 十一月二十三日
「うーーん」
椅子の背にもたれて大きく伸びをしたあと、ライターの進藤 友也はしばらく目を閉じていた。
どれだけの時間、パソコンに向かって原稿を書き続けていたのだろうか、体が固くなっていた。
進藤は立ち上がると、もう一度大きく伸びをしてから、自販機へと向かった。
(無糖…微糖…カフェオレ…)
いつもは無糖派の進藤だったが、今は無性にカフェオレが飲みたかった。
頭が糖分を求めているのかもしれないと思いながら、カフェオレを一口飲むと、缶を持ったまま進藤は編集部へ戻った。
部屋に入ると、近くの机に分厚い封筒が一通だけ置かれていた。
編集部宛に届いた郵便物は、いつもここにまとめて置かれている。しかしその日は、なぜかそれ以外の郵便物が一通もなかった。
進藤はその封筒を手に取った。ずしりと重かった。
何が入っているのか気になりながら、自分のデスクへと戻った。
封筒の宛名は『栄和出版社 編集部御中』となっていた。
裏には差出人の住所と名前が書かれていた。
その筆跡は、どこか歪な形をしていた。線がガタガタとしていて、まるで震える手で書き殴られたかのように見えた。
進藤は、しばらくその文字から目が離せなかった。
なぜか、嫌な感じがした。
それを見ていた進藤の背筋に急に冷たいものが走り、思わず身震いした。咄嗟に後ろを振り返ったが、そこには普段と変わらない編集部の光景があるだけだった。
進藤は気を取りなおすと、もう一度、差出人欄に目を向けた。
「藤堂 裕司……? 誰だ?」
進藤はその名前に心当たりがなかった。
「かずさん、これ編集部宛に届いてるんですけど、藤堂 裕司さんって知ってますか?」
封筒を手にしたまま、編集長の坂口 一也に声を掛けた。
坂口とは、進藤が大学生の頃、同じサークルのOBとして出会った。
進藤が新聞社を辞めたあと、この出版社へ誘ったのが坂口だった。
「いや、知らないな。開けて中身を確認してみてよ」
眼鏡をかけた、細身の男が顎に手をやりながら答えた。
「分かりました」
そう答えたあと、進藤はハサミで封筒を開けると、中から分厚い原稿用紙の束を取り出した。
表紙には『哭島の真実』とだけ書かれてあった。
(…哭島? 聞いたことのない島だな…)
「かずさん、『哭島』って聞いたことありますか?」
原稿用紙の束を持って、再び坂口に声を掛けた。
表紙に書かれた『哭島』の文字を見たあと、
「……いや、聞いたことないな。とりあえず読んでみてよ。 何か面白そうな話だったら、記事にできるかもしれないし」
そう答えながら、坂口は自分のカバンに荷物を入れた。
「じゃぁ、お先に。お疲れさま」
軽く手を振ると、坂口は帰って行った。
坂口に挨拶をしたあと、進藤は席に戻ると、届いた『哭島』の原稿を読むことにした。
ちょうど仕事の方が行き詰まっていたこともあり、気分転換のつもりでページをめくり始めた。




