一話 予兆
二〇〇八年 十一月二十日
「うっ、う——」
目が覚めると、首筋が汗でびっしょりと濡れていた。
(あぁ…この夢を見るのは何度目だろうか…)
藤堂 裕司は、枕元に置いてある時計を手に取った。
時計の針は、午前四時四十四分を指していた。
「……また、この時間か」
裕司は小さく呟くと、時計を枕元に戻した。
布団から起き上がり、襖を開けて部屋から出ると、顔を洗うため洗面所へと向かった。
しかしその足取りは、どこかふらついていた。
蛇口をひねると、水を流す音が部屋に響いた。
裕司は顔を上げ、ふと鏡に映った自分を見つめた。両目の下にはうっすらとクマができ、顎元には無精髭が伸びていた。
「はぁー……」
疲れ切った顔を見て、裕司は小さくため息をついた。
洗面所を出て部屋へ戻る前に、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、渇き切った喉に流し込んだ。
そのままペットボトルを片手に部屋へ戻ると、畳に腰を下ろし、テーブルの上にあるノートパソコンに手を伸ばした。
そして、日記が書かれた古いノートをパラパラとめくり始めた。目的のページまでくると、裕司の手が止まった。そこに書かれた文字を、しばらく黙って見つめていた。ノートを開いたままテーブルに置くと、その手でマウスをつかんだ。
『カチ、カチ…』
裕司が操作するマウスの音だけが、静かな部屋に響いていた。
裕司は、過去に自分が体験した出来事を、ひとつずつ手記に入力している途中だった。
マウスから手を離すと、パソコン上で点滅しているカーソルをしばらく見つめていた。
「やま……、やま……、やま……」
気づけば、同じ言葉を何度も繰り返しながら、体をゆっくりと前後に揺らし続けていた。
その手には、いつの間にかペンが握られており、開かれたままのノートの上をペン先が何度も往復していた。
どれくらいそうしていたのか、自分でも分からない。
はっとして口を閉じると、ペンを持つ手も止まった。
部屋には、再び静寂が戻った。
視線を落とすと、ノートには同じ文字がいくつも並んでいた。裕司はしばらくその文字を見つめたあと、そっとノートをテーブルの端に押しやった。
『カタカタ……』
やがて、静かにキーボードに手を置くと、ひたすら文字を叩き続けた。




