第8話 おやすみ前、ベッドでの攻防
大満足の夕食を終えると、外はもう真っ暗になっていた。
「ふあぁ……」
お腹が満たされると途端に眠くなってきた。
ハクも大きな欠伸をして眠そうな目をしている。
「もう遅いし、そろそろ寝ようか」
「うん」
そう返事をしたハクは、目をこすりながら立ち上がり歩いていく。
その小さな背中を見送っていた私は、ふと、ある重要な問題に気がついた。
(……あ、そういえばハクの寝床がないわ)
昨日は大きくてモフモフの狼姿だったから、そのまま一緒に寝ていたが、今のハクはどう見ても人間の美少年(ケモ耳付き)だ。
「ネットスーパーで布団一式探すかな……もしくは、ソファに掛布団でも……」
私はスマホの画面を開き、検索窓に「布団セット」と打ち込もうとした――その時。
「ちさ、まだー?」
「んー?」
まだ注文してないよ、と声をかけながらハクの方向へ意識を向けた私は、その場で凍り付いた。
……いた。
私の、ダブルベッドのど真ん中に。
ハクは当たり前のようにベットに潜り込んでいた。
そして、金色の瞳をきゅるんと輝かせて、自分の隣のスペースをぽんぽんと手で叩いた。
「ちさ、おそいよー。早くおいで?」
「えっ……!?!?」
私の口から、情けない裏返った声が出た。
ハクは首を傾げ、さも当然といった様子でニコニコしている。
「え、何その『待ってたよ』みたいなポーズ。ハク、まさか一緒に寝る気なの?」
「うん。ここ、すっごくちさの匂いがして落ち着く。だから、今日もいっしょに寝る」
「だ、だめぇーーー!!! アウトーーーー!!! ギルティ!!!」
あまりの緊急事態に、慌ててベッドに駆け寄り、布団を引っぺがそうとする。
「いい? ハク、よく聞きなさい。君は昨日までオオカミさんだったから一緒に寝られたの! でも、今はその、なんというか……立派な人間の男の子の姿なわけ! ど、同衾なんて……コンプライアンス違反ですっ!! 」
パニックのあまり語彙力が迷子になりながら捲し立てる私を、ハクはうるうるとした瞳で見つめてくる。
ぎゅっとベッドのシーツを握りしめて、頑なにそこを動こうとしない。
「やだ! ぼく、ちさと一緒に寝る! ひとりはさびしいもん!」
「いやいや、ソファにふかふかの毛布敷いてあげるから! 同じ部屋だから寂しくないよ!?」
「さびしい! ちさの隣がいい!」
まさかの完全拒否。
ハクはベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ち、私の枕をぎゅっと抱きしめて顔を埋めてしまった。
「うわあああ、私の枕が! 美少年の香りに侵食されていく……っ! 頼むからハク、お願いだから降りて!」
「やーだ! おりない!」
「このっ、意外と頑固だな!?」
布団を引っ張る私と、それに抵抗してベッドにしがみつくハク。
しばらく不毛な綱引きを繰り広げていたが、ふとハクが動きを止め、枕に顔を埋めたまま、くぐもった声でぽつりと言った。
「……ぼく、ずっと一人ぼっちだったの。すごく寒くて、怖くて、誰も助けてくれなくて……。ちさの隣、あったかいんだ。だから……離れたくない……」
「うぐっ……!!」
ずるい。そんなのずるすぎる。
急にそんな切ないトラウマを引っ張り出されたら、こっちの罪悪感が爆発してしまう。
ブラック企業の理不尽な説教には耐えられても、この健気で寂しがりやな本音には耐えられる心は持ち合わせていない。
しかし、だからといってこの美少年姿のまま添い寝を受け入れる度胸は流石に今の私にはなかった。
心臓が爆発して明日には異世界でポックリ逝ってしまう。
私は頭を抱え、必死に妥協案を模索する。
「……ねえ、ハク」
「……なあに?」
枕から少しだけ目をのぞかせたハクに、私は指を一本立てて提案した。
「ハクがどうしても一人で寝るのが嫌なら、一緒に寝てあげてもいい。……ただし! 条件があるわ」
「じょうけん……?」
「今すぐ、昨日の『狼の姿』に戻ること! それなら、私のベッドで一緒に寝るのを許可します!」
そう。オオカミ姿。
つまりモフモフの動物状態なら、それはただのペットとの添い寝だ。
何の問題もない。 ……はずだ。
私の言葉を聞いたハクは、きょとんと金色の目をパチくりさせた。
「え? それでいいの……? 同じじゃない?」
「同じじゃないの! その姿に戻らないなら、私は今すぐソファで寝ます!」
ハクは少しだけ考え込むように耳をピコピコと動かしていたが、やがて「わかった!」と嬉しそうに声をあげた。
「ちさがいっしょに寝てくれるなら、ぼく、戻る!」
その瞬間、ハクの身体が柔らかな白い光に包まれた。
光が収まったベッドの上には――白銀の毛並みを持つ、大きくてモフモフの美しい狼の姿があった。
「おぉ……! 本当に戻った……!」
人間の姿の時はダボダボだったパジャマが、今度はオオカミの身体にパツパツに引っかかっている。
ハクは器用に前足を使ってパジャマを脱ぎ捨てると、「くぅ〜ん」と甘えた声を漏らしながら、ベッドの真ん中にドサッと横たわった。
圧倒的な、毛布以上のモフモフ感。
「……よし。これならセーフ!!」
果たして本当にそうなのだろうかと思いつつも、私もベッドで横になる。
ハクが嬉しそうにくっついて、ペロペロと顔を舐めてくる。
「ちょっと、くすぐったいってば! ほら、寝るよ」
私はそう言うと、大きな狼姿のハクを抱き枕代わりにして白銀の毛並みに思いっきり顔をうずめる。
暖かくて、柔らかくて、最高の触り心地。
「んふふ、あったかい……。最高……」
ハクも嬉しそうに尻尾をパタパタと振り、私の背中に大きな前足をぽんと回して、包み込むように抱きしめてくれた。
人間の姿の時の大慌てが嘘のように、私はハクのモフモフに包まれながら、急速に眠気に落ちていくのを感じていた。
(……まぁ、これなら問題ないわよね。ペット用ブラシとかもあった方がいいかな……)
こうして、私たちは仲良く一緒に眠りについたのだった。
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




