第7話 手ごねハンバーグ、初めての共同作業
気がつけば、部屋の窓の外はすっかり帳が下りていた。
「きゅ~う……」
私の肩に頭を乗せたまま、王道少年漫画を真剣に読んでいたハクのお腹から可愛い音が鳴り響いた。
「ちさ、お腹へった……」
「あら、もうこんなに時間経ってたのね」
私がクッションから身を起こすと、ハクは名残惜しそうに漫画を閉じ、ペタンと寝ていた獣耳を小さく震わせた。
「うん……。マンガがすっごく面白くて、つい……。あっという間だね」
「ふふ、じゃあ夜ご飯よ。今夜のメニューは『ハンバーグ』よ!」
「はんばーぐ……?」
ハクが不思議そうに首を傾げる。
きっと、固い干し肉や、素材の形そのままでしか食べてこなかったに違いない。
私はスマホを操作し、ネットスーパーの力を解き放った。
「牛豚合挽き肉。それから玉ねぎ、卵、パン粉……。よし、これで完璧ね」
すぐにキッチンの調理台の上に、食材たちがズラリと現れる。
ハクはソファからトコトコと付いてきて、目を丸くしてそれらを見つめた。
「ちさ、これ、お肉の細切れ……? なんでこんなにバラバラなの?」
「これはね、お肉を細かくすり潰した『ひき肉』っていうの。これに色々混ぜて、柔らかくてジューシーな肉の塊を作るのよ」
「お肉の、かたまり……! ぼく、お手伝いしたい! ちさの役に立ちたいな」
ブンブンと白い尻尾を振ってやる気満々のハク。
そんなキラキラした目で見つめられたら、断れるはずがない。
「ありがと、ハク。じゃあまずは、この玉ねぎをみじん切りにして……って、あ、ダメダメ! ハクは危ないから、お肉をこねる係ね!」
危うく美少年の綺麗な手を包丁で傷つけるところだった。
……というか元は狼よね? 玉ねぎは大丈夫なのだろうか。
クンクンと匂いを嗅いでいるハクの様子を見ると別に問題はなさそうだ。
もし毒があっても『マイルーム』の効果で無毒化はしてくれるだろうし、まあいいかとそのまま作業をする。
私は玉ねぎを高速でみじん切りにしてレンジでチンし、大きなボウルにひき肉、卵、パン粉、牛乳、そして冷ました玉ねぎを投入した。
「よし、ハク。このボウルの中に手を突っ込んで、お肉が白っぽくなるまで力いっぱい混ぜてみて」
「わかった! ぼく、がんばる!」
ハクはダボダボのパジャマの袖を実念入りにたくし上げると、綺麗な手を容赦なく肉の海へと突っ込んだ。
「うわぁっ……! なにこれ、冷たくて、にちゃにちゃする……!」
「あはは、最初はちょっとビックリするよね。でも、ハクの手の体温でお肉の脂が溶けないように、素早く、でも力強くね!」
「す、素早く……こう? えい、えいっ!」
ハクは真剣そのものの表情で、金色の瞳を輝かせながら肉をこね始めた。
さすがは獣人(?)。
見た目は華奢な美少年なのに、なかなかの腕力だ。
ハクが力を込めるたびに、ボウルの中で肉のタネが綺麗にまとまっていく。
「すごーい、ハク! 初めてとは思えないくらい上手!」
「本当!? えへへ……ちさに褒められちゃった」
嬉しそうに笑うハクの頭の上で、白いケモ耳が嬉しそうにピコピコと動く。
……あぁ、もう、本当に可愛い。
前世のブラック企業で荒んだ心が、この笑顔を見るだけで完全に浄化されていく。
「じゃあ、次はお肉の形を整えるよ。こうやって、両手でキャッチボールするみたいにパチパチって叩いて、中の空気を抜くの」
「パチパチ……? こう……かな? わっ、ちさ、お肉が手のひらにくっつく!」
ハクは悪戦苦闘しながらも、私の真似をして一生懸命に肉のタネを丸めていく。
彼が作ったハンバーグは、ちょっと不格好で、少し大きめの歪な楕円形になった。
でも、それが逆に愛おしい。
「できたぁ……! ぼくのハンバーグ!」
「うん、バッチリ。じゃあ、ジュージュー焼いていこうね」
フライパンに油をひき、2人で作ったハンバーグを並べる。
ジュー、という心地いい音とともに、キッチンに一気にお肉の香ばしい匂いが広がり始めた。
ハクはフライパンの前に立ち、油が跳ねるたびに「ひゃっ」と耳を伏せて私の後ろに隠れつつも、隙間からじっとお肉の様子を見守っている。
裏返してフタをし、じっくり蒸し焼きにすること数分。
仕上げにケチャップとウスターソース、それに赤ワインを少し足して特製ソースを作る。
「はい、お待たせ! ちさ&ハク特製、肉汁あふれるデミグラスハンバーグの完成よ!」
お皿に盛り付けられた大ぶりのハンバーグからは、湯気が立ち上り、濃厚なソースがツヤツヤと輝いている。
ダイニングテーブルにつき、2人で手を合わせた。
「「いただきます!」」
ハクは待ちきれない様子で、箸(現代日本のカトラリーも使いこなせるらしい)でハンバーグを割った。
その瞬間、中から溢れ出た透明な肉汁がじゅわぁっとお皿に広がっていく。
「……っ!? お肉から、お水が溢れてきた……!」
「それはお水じゃなくて旨味の塊、肉汁よ。さあ、冷めないうちに食べてみて」
ハクはふーふーと息を吹きかけ、大きな口を開けてハンバーグを頬張った。
モグモグと動いていたハクの動きが、ぴたりと止まる。
「ハク……?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ハクの金色の瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「えっ!? ちょっとハク!? 苦しかった!? 熱すぎた!?」
(やっぱり玉ねぎが不味かったのかも……!)
「う、ううん……! すっごく、すっごく美味しいの……! お口の中で、お肉がふわふわって解けて、すっごく甘くて……。ぼく、こんなに温かくて美味しいもの、生まれて初めて食べた……っ」
ハクは涙を拭いながら、とびきりの笑顔を私に向けた。
これまでの孤独な生活。きっと冷めた食事を一人で食べていたのだろう。
そんな彼が、今、私と一緒に作った温かいご飯を食べて感動してくれている。
胸がギューッと締め付けられて、私まで泣きそうになってしまった。
「よかった……。これからはね、毎日こういう温かいご飯を、一緒に食べようね」
「うん……! ぼく、ちさと一緒なら、毎日なんでもお手伝いする!」
ハクは再びハンバーグを頬張り、今度は本当に幸せそうに尻尾をパタパタと大きく振った。
2人で手作りした、温かくて最高の夕食。
私たちが引きこもるこの『マイルーム』は、ただの怠惰な場所じゃない。
お互いの傷ついた過去を美味しいご飯とぬくもりで満たしていく、世界で一番優しい聖域なのだ。
「ちさ、この赤いソースをご飯につけても美味しい!」
「あはは、ハク、それは『ワンバウンド』っていう日本の高度な技術よ。どんどんやっちゃって!」
お疲れ元OLと、胃袋を完全に掴まれた狼少年の夜は、賑やかに更けていくのだった。
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




