第5話 お風呂と人をダメにする禁断のソファ
「ハク。引きこもりの第一歩として、まずやらなきゃいけないことがあるわ」
朝食の片付けを終えた私は、腕組みをしてハクを見下ろした。
ハクは、私のダボダボのパジャマの袖から手を覗かせながら「なぁに?」と首を傾げている。
「お風呂よ。昨日、一応体を拭いて消毒はしたけど、やっぱりちゃんと湯船に浸かって汚れを落とさないとね」
「おふろ……? 水を浴びるの? ぼく、濡れるのあんまり好きじゃない……」
ハクの白い獣耳が、不安げにペタンと寝そべった。
どうやら狼の習性か、お風呂(=冷たい水に濡らされる)に対して拒否感があるらしい。
「ふふん、甘いわねハク。現代日本のお風呂を、ただの水浴びと一緒にしないで。……さあ、入るわよ!」
私はハクの手を引いて、マイルーム自慢のバスルームへと連行した。
ドアを開けると、湯気と一緒に、ネットスーパーで仕込んだ入浴剤のいい匂いがふわりと漂う。
大理石調の広いバスタブには、なみなみとエメラルドグリーンのお湯が張られていた。
「うわぁ……なんか、あったかい。それに、いい匂い……?」
ハクが恐る恐るお湯に手を浸す。
その瞬間、彼の金色の瞳がキラキラと輝いた。
「あったかい! ちさ、これ、ぜんぜん冷たくない!」
「でしょ? 絶妙な湯加減よ。さあ、服を脱いでしっかり温まってきなさい。私は外で待ってるから」
ハクをバスルームに押し込み、私はリビングへと戻った。
さて、ハクがお風呂に入っている間に、引きこもり環境をさらにレベルアップさせるための『あのアイテム』をネットスーパーで召喚することにする。
スマホの画面をスクロールし、私はニヤリと笑った。
「これよこれ。これがないと、真の引きこもりとは言えないわ……」
私がポチったのは、某有名家具メーカーの『人をダメにするソファ』。
一度座ったら最後、その絶妙なフィット感から二度と立ち上がれなくなると噂の、巨大なビーズクッションだ。
ハクも一緒に座れるように特大のXLサイズを2個注文した。
目の上にドン、ドンと現れた特大のクッション。
私はさっそく、そのうちの一つに思いっきり体を投げ出してみた。
ズブブブ……。
「あ、あぁぁ〜〜……体が沈むぅ……」
体のラインに合わせて、微細なビーズが完璧に形を変えてフィットする。
エアコンの効いた部屋で、人をダメにするソファに埋もれる背徳感。
前世の満員電車で押しつぶされていた苦い記憶が、完全に宇宙の彼方へと消え去っていくのを感じていた。
その時、ガチャリとバスルームのドアが開いた。
「ちさー! すっごくポカポカになった!」
バスタオルを頭に巻いたハクが、顔を上気させて飛び出してきた。
お湯で綺麗に洗われた白銀の髪とその若い肌は、昨日以上にツヤツヤのピカピカ。まさに輝く美少年だ。
「お、綺麗になったねハク。じゃあ、これに着替えて……って、ハク?」
ハクは、リビングの真ん中に鎮座する謎の巨大な物体(人をダメにするソファ)を、不審そうに見つめていた。
フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、恐る恐る指先でツンツンと突いている。
「ちさ、これ、なぁに? 柔らかい魔物……?」
「ふふ、魔物より恐ろしい、人間をダメにする兵器よ。ハクもそこに、背中からドカンと倒れ込んでごらん?」
「こう……?」
ハクは首を傾げながら、もう一つのクッションに向かって、後ろ向きにぽてんと体を預けた。
ズサァ……。
「……っ!!?」
ハクの体が、クッションの中に深く沈み込む。
その瞬間、ハクの動きが完全に止まった。金色の瞳が限界まで見開かれ、完全にフリーズしている。
「ハク? 大丈夫?」
「ち、ちさ……これ、すごいの……! ぼくの体が、包まれてる……! 骨がなくなっちゃったみたいに、力が入らない……!」
ハクの白い尻尾が、クッションの隙間からニュッと出てきて、嬉しそうに、でも力なく、ゆーったりと左右に揺れ始めた。
完全に『人をダメにするソファ』の毒牙にかかっている様子だ。
「あはは、気に入ったみたいね」
お風呂上がりの火照った体を極限まで甘やかすビーズクッション。
ハクは完全に、とろけた顔でクッションと一体化してしまった。
「ちさ……ぼく、もう一生ここから動かない。お城のやつらが来ても、絶対に行かない……」
「そうね。私も一歩も動きたくないわ……」
特大クッションを2つ並べ、私とハクはそのまま完全に脱力してぼんやりと天井を眺める。
外は相変わらず異世界の森のはずなのに、この部屋の中だけは完全に文明の利器に支配された自堕落な天国。
お疲れOLと、お城から逃げてきた聖獣?のハクは、完全に『ダメな生き物』へと成り下がったのだった。
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




