第3話 傷だらけの白い"でかもふ"が庭に落ちていた
贅沢なジャムとトーストでお腹を満たし、ソファでだらだらと怠惰をキメていたその日の午後。
外はあいにくの雨模様になっていた。
パラパラとまばらな雨音が、マイホームの頑丈な壁越しに微かに響く。
エアコンの効いた快適な部屋で、ネットスーパーで取り寄せた漫画をダラダラ読む――まさに至高の引きこもりライフ。
しかし、その平穏は、突如として破られた。
「……くぅん」
(……ん?)
雨音に混じって、リビングのテラス窓の外から、ひどく弱々しい、何かが鼻を鳴らすような声が聞こえた気がした。
気のせいかと思い、漫画に目を戻す。
だが、すぐにまた。
「……う、くぅん……」
今度ははっきりと聞こえた。しかも、心なしかさっきより苦しそうだ。
「な、何……? 魔物……?」
一気に緊張が走る。
私はおそるおそるソファから立ち上がり、カーテンをほんの少しだけ開けて、外の景色を確認する。
「え――」
そこにいたのは、信じられないほど大きな白い塊だった。
大きさは、シベリアンハスキーを二回り、いや三回りほど巨大にしたくらいだろうか。一見すると、大きな白い狼のようだ。
けれど、その体は雨に濡れそぼり、至る所に鋭い刃物で付けられたような、痛々しい傷跡があった。
傷口からは赤黒い血が流れ、白い毛並みを汚している。
「嘘、大怪我してるじゃない……!」
狼は力なく横たわり、荒い呼吸を繰り返している。
その瞳が、うっすらと開いて私と目が合った気がした。
金色に輝く、吸い込まれそうなほど美しい瞳。
(どうする? 異世界の生き物だよ? 下手に近づいたら噛み殺されるんじゃ……)
前世の社畜脳が「関わるな、リスクを回避しろ」と警告する。
でも、その金色の瞳を見つめていたら、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚える。
雨の中、一人でボロボロになって倒れている姿が、ブラック企業で過労死寸前だった頃の自分に重なってしまったのだ。
「……あーもう! 私の馬鹿!」
私は意を決して、玄関へ向かいドアを開けた。
マイホームの周囲には強力な結界がある。
だから、もし攻撃されても平気なはず……。
「ねぇ、怪我してるの? ……ウチに来る?」
恐る恐る近くにいって声をかけると、白い狼は驚いたように目を見開いた。
そして、最後の力を振り絞るようにして、ヨロヨロと立ち上がるとそのまま私の後について玄関へと入ってきた。
家の中にたどり着くと、その巨体がその場へ倒れ込む。
「待ってて、すぐ手当てするから!」
私はすぐさまスマホを取り出し、ネットスーパーの画面を高速でスクロールした。
普通の回復薬なんてものは売っていない。
なら、現代科学の力だ。
「えっと、犬用の消毒液、包帯、それから……『高級国産牛の赤身ステーキ肉(大容量)』!!」
ポチポチとタップして確定。
玄関を開ける間も惜しいので、マイルームの機能でリビングのテーブルの上に直接段ボールを出現させる。
「よし! まずは汚れを落として消毒ね!」
私はお風呂場からぬるま湯をバケツに汲み、清潔なタオルを浸して絞った。
警戒されないよう、ゆっくりと狼に近づく。
「痛くしないからね。大丈夫だよ」
そっと濡れタオルで、傷口の周りの血を拭き取っていく。
狼は最初ビクッと体を震わせたが、私が「いい子だね」「頑張ったね」と声をかけ続けると、観念したように大きな頭を私の膝に乗せてきた。
(ふ、ふかふかだ……! 濡れてるけど、毛並みの密度が凄い……!)
ちょっと感動しつつ、犬用の肌に優しい消毒液をシュッと吹きかけ、ガーゼと包帯を丁寧に巻いていく。
幸い、マイルームの空気には不思議な癒やし効果があるのか、傷口の血は見る見るうちに止まっていった。
「よし、治療はおしまい。次はご飯ね」
私はキッチンへ走り、フライパンで高級国産牛をジューシーに焼き上げた。味付けは一切なしの、素材の味勝負だ。
お肉の焼ける暴力的な良い香りが部屋中に広がると、床に倒れていた狼の耳がピクンと跳ね上がった。
「はい、どうぞ。食べられる?」
大きめのお皿にお肉を山盛りに乗せて、狼の前に置く。
狼はフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐと、次の瞬間、
ガブッ! ハグハグハグッ!!!
「わっ、すごい勢い!」
驚くほどの猛スピードで、山盛りの高級ステーキ肉が狼の胃袋へと消えていった。よっぽどお腹が空いていたらしい。
お皿をピカピカになめ終えた狼は、満足そうな顔をして「クゥーン」と長いため息をついた。
「美味しかった? よかったぁ……」
ホッとして力が抜けた私は、狼の隣に座り込んだ。
すると、狼はぬくもりを求めるように、私の体にその大きな体をピタリと寄せてきた。
そしてペロペロと私の顔を舐め、じゃれてくる。
「あはは、くすぐったい。オオカミさん、私はチサ。よろしくね、まだ濡れてるから乾かしてあげる」
ネットスーパーで買った家庭用ドライヤーの温風を遠くから当ててあげると、濡れていた白銀の毛並みが、みるみるうちにふわっふわのモコモコに膨らんでいく。
それはもう、最高級のペルシャ絨毯を丸めたような、極上の触り心地だった。
「ん〜、癒やされる……。これ、一生撫でてられるわ……」
私は狼のフカフカの毛に顔を埋め、その温かさに包まれながら、いつの間にか一緒に深い眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
小鳥のさえずりで、私は目を覚ました。
「う〜ん……よく寝た……」
寝返りを打とうとしたが、体に何か心地よい重みを感じる。
そういえば昨日は、大きな白い狼を拾って、一緒に寝たんだっけ。
「おはよ、オオカミさ――」
挨拶をしようと、隣を向いた瞬間。
私の思考は、完全にストップした。
そこにいたのは、白い狼ではなかった。
色素の薄い、さらさらとした白銀の髪。
すっきりと通った高い鼻筋に、長い睫毛。
私のパジャマの袖を、細くて綺麗な指先でぎゅっと握りしめている。
それは、前世のどんなトップアイドルや二次元のキャラクターすら足元に及ばないような、とんでもない『絶世の美少年』だった。
しかも、その頭頂部にはピコピコと動く白い獣耳があり、お布団の裾からは、ふさふさとした立派な白い尻尾が覗いている。
「……え?」
私が固まっていると、美少年はうっすらと金色の目で私を見つめて、鈴の転がるような声で呟いた。
「……ちさ。お腹すいた。お肉、もうないの?」
「………………は?????」
ちょっと待って。
私、引きこもりライフを満喫しに異世界に来たはずなんだけど。
なんでベッドの中に、不法侵入(※許可しました)の14歳くらいのケモ耳美少年がいるんですか――!?
※この作品はaiちゃんとの共同作品です。




