少女と龍
神龍歴1213年。
大陸の南東側にある国。
ノルディック王国の辺境の村にて、ある少女が誕生した。
ごく普通の少女だ。
少なくとも周囲も少女自身もそう考えていた。
赤子の頃は、ステータスも確認できず、また【解析】を所持する者も稀だった。
生まれは、平民。
ごく一般的な血筋だ。
村も農作業が主な仕事で狩猟もできる者もいるが、ありふれた村だった。
位置は、国境に近いが貿易に関わることもなかった。
神龍歴1221年の始まり。
少女は、何事もなく成長した。
齢7歳。
それまで何事もなく、元気よく、健康的に成長した。
「おかあさん! 見て! 見て!」
少女は、母の足をポンポンと叩く。
「はいはい、どうしたの?」
母が目を向ける。
そこには、茎が絡み合った花の集合体を掲げる娘の姿がある。
「これは………………冠かしら?」
母親は、少し考えてから尋ねる。
「違うよ」
少女は、首を横に振る。
「え? じゃあ、何なの?」
母親が予想外の返答に困惑しながら娘に答えを聞く。
「お皿」
少女が母親に答えを教える。
「お皿………………」
「お母さんにあげる」
少女は、母親に花で編まれた皿を渡す。
そして、またどこかへ遊びに行ってしまう。
母親は、そのプレゼントを見る。
意外にもしっかりと編まれている。
食事には、使えなくとも小物入れには使える。
母親は、家の玄関にそれを置いた。
少女が遊びに行ったのは、父の畑だった。
遊びと言っても気になって見るくらいで何かをするわけではない。
ただ、父親の仕事の様子を見るだけだ。
クワで土を耕す。
広い畑全体を地道に。
少女は、その姿へ尊敬の気持ちは有れど、ずっと見続けていれば子供には退屈で、別の物に目を移す。
例えば、水路の水だったり、植物に留まっている虫だったりだ。
そんな物でも長くは続かない。
少女は、興味を失い、その場を去った。
畑から父親は、その姿を見送った。
少女は、村の畑道を歩く。
畑では、村人たちが今日もせっせと働いている。
「おっ! お嬢ちゃん、今日も元気だねぇ」
年配の老人が少女へ声をかける。
それは毎日のことで村人同士は、お隣さんも同然で顔見知りだ。
「はい、こんにちは」
少女は、いつも通り挨拶を返す。
このやり取りは、毎日繰り返されている。
いわば、日課のようなものだ。
「いやー。お嬢ちゃんは、挨拶もできて、しっかりしてるわねぇ」
近くにいたおばあさんが言う。
「もう、8歳になったんだっけ?」
「7つです」
「ハハハ、ワシの孫なんかより、よっぽどちゃんとしとる」
特に他愛もない会話する。
少女は、出来の良さから村でも有名人だった。
読み書きもできる。
「今日はどこへ行くんだい?」
老人が行先を尋ねる。
「今日もあの花畑かい? それとも川?」
おばあさんも尋ねる。
「今日は、花畑に」
少女は、いつものように答える。
「やっぱり。本当にお花が好きなのねぇ」
「気を付けて、いってらっしゃい」
「はい!」
少女は、目的の場所へ向かって歩みを再開した。
村の近くの森――――――と言っても奥深い場所ではなく、歩いて少しのところにある多種多様な花の群生地だ。
村の人は、皆知っている。
少女は、道を歩く。
人が何度も通ったことで道ができている。
少女は、それを目印として進む。
しかし、実際には、目を瞑っても大丈夫だ。
それほど、少女は、何度も訪れている。
木々が消え、開けた場所に出る。
それは、ここが目的の地だという証明の一つ。
上を見れば、空がよく見える。
下を見れば、鮮やかな花の海。
ここが目的としていた花畑だ。
虹を刻んで撒いたような地面。
少女は、その光景をとっくに目へ焼き付けている。
目を瞑っても、鮮明に思い出せる。
風が吹き、甘い香りが鼻を撫でる。
少し、くすぐったい。
花弁が擦れる僅かな音も聞こえる。
この場所が自分の最も好きな場所だという確認。
少女は、訪れるたびに毎回、行っている。
少女には、この場所を好きな理由がある。
単純に綺麗だからや花が好きだからではない。
ここが好きな理由は、この場所が色鮮やかだからだ。
この場所は、彼女の人生の光景そのままだ。
色鮮やかで見ているだけで幸せになる。
ここが彼女の原点なのだ。
少女は、幸福感に包まれ笑顔になる。
ここへ来ると自然ににやけてしまう。
少女の頭にとてもいい最高のアイデアが思い浮かぶ。
この花でまた器を作ろう。
家族の分、母には渡したから、残りは自分と父の分だ。
それに冠も作ろう。
しかし、少女は一捻りして、冠ではなくネックレスへ変更する。
そっちの方が大きくて、いい匂いに包まれると考えたからだ。
少女は、早速、作業に取り掛かる。
花を黙々と編んで、その品々を作っていった。
少女が最後の一つを作り終えたのは、空が橙色に染まった頃だった。
一つが大きく多くの花を使ったこと、さらに色までこだわったため、かなりの時間を要してしまった。
しかし、今から帰れば、沈む前には、帰りつける。
そう考え、作り上げた芸術品を抱えるように持って、村へ帰っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
少女が森を抜ける。
道中では、両親がどんなに喜んでくれるのかを想像して、胸を躍らせていた。
少女は、自身の住む村を見る。
「え?」
村は、壊滅状態だった。
畑は、いつもと違い、踏み荒らされていた。
建物は、半壊していて、今にも崩れそうだったり、火のついて煙を出して、燃えているものもあった。
しかし、そんなことは些細なことだ。
それだけであれば、何が壊れていても落ち込むだけで済んだだろう。
少女が見たのは、死体だった。
野生動物の死骸などではない。
人間の死体だ。
それも知らない人間のものではない。
そのどれもが、少女も知っている人物ばかりだった。
今日話した人、昨日話した人、そんな人たちが揃って、倒れ、血を流している。
その量は、水たまりほどで生死が一目瞭然だ。
少女は、持っていた物を放り出して、走り出す。
嫌な想像をしてしまったのだ。
本当に最悪の想像だ。
そんなもの想像だと、良かったと安堵できるように。
その不安が人々の遺体の前で足を竦ませてしまうことを防いだ。
一種の防衛本能だった。
少女は、一直線にその場所を目指す。
ただ、全力で走る。
五感は、もはや機能しておらず、疲れも血の臭いも感じなかった。
少女は、目的地に着いた。
目を見開く。
血の気が引く。
そこは、いつも自分がいる場所だというのに信じることができなかった。
我が家。
そこも他の建物と同じように壊されていた。
そして、玄関先には、クワを持ったまま倒れた父がいた。
父も他の人と同じように血を流していたのだろう。
もう、血は流れていなかった。
少女の頭にかつて感じられたことのない感覚。
とてつもない不快感。
少女は、家の中に入っていった。
家の奥で母も発見した。
母ももう動いていなかった。
壁に調理用包丁が刺さっていた。
どうやら両親は、最後まで戦い抗ったらしい。
しかし、結果はこれだった。
その惨状を見た少女が一番最初に抱いた感情は、悲しみではなかった。
悲しみよりも虚無が襲ってきた。
悲しいはずなのに涙は出なかった。
どうして? なんで? 何故?
疑問符が虚空へ投げ込まれていった。
少女は、家の外へ出た。
村は、地獄絵図に変わりない。
村を歩く。
次に少女に現れたのは、怒りだった。
誰がやった?
誰が村を、皆を。
一体、誰が?
少女の近くに斧があった。
木を切るための物だ。
少女は、それを手に取る。
どこだ?
その疑問が強く残り、少女の足を進めた。
木こり用の斧、それは本来大人が使用するための物で、子供が簡単に持てる物ではない。
しかし、少女の怒りは、潜在的な力を呼び覚ました。
産まれ持っていた固有能力【勇者】。
その力によって、少女は、強力な力得た。
怒りや憎しみと共にそれを得たのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
少女は、最後の一人の首を斧で切る。
村を襲ったのは、魔族だった。
魔王軍の兵だった。
本隊から離れ、別で行動していた12名だった。
少女は、村のそばに集まっていたその兵たちへ斧一つで襲い掛かり、全滅させた。
それほどまでに少女のスキルは、強力だった。
少女は、復讐を果たした。
両親や友人、村人たちの仇をとった。
しかし、そこに達成感などなく、ただただ空しいだけだった。
少女はその後、村へ来た国の兵士に保護された。
本来なら、この兵士が戦うべきだった。
しかし、少女は、憎しみも苛立ちも感じることはできなかった。
疑問すら浮かばなかった。
兵士たちは、少女を連れ、首都へ帰っていった。
少女は、そのままどこかの孤児院に入り、里親を待つはずだった。
大勢の戦争孤児の一人になるはずだった。
本来ならば。
普通だったのならば。
そうなるはずだった。
幸せは確約されないが、地獄ではなかったはずだ。
しかし、そんな僅かな光だって、少女には許されなかった。
少女は、そのスキルも持っているがために祭り上げられ、兵力に組み込まれていた。
人々は、口々に言う。
「両親の仇を撃つんだ!」
――――――もう、討ったよ。
「人間の力を見せてやれ!」
――――――私の力だろ。
「魔族どもに正義の鉄槌を!」
――――――勝手にやってろよ。
少女が見たのは、地獄だった。
人間が死に魔族が死にその死体が積み上がり、敵味方はその上を歩く。
村での光景が何度も繰り返されていた。
希望などない。
それは、壊れかけていた少女の精神を完全に壊した。
もう、花畑は焼けてしまった。
視界も色あせて、白黒になった。
感情の切り替えも上手くできなくなった。
そんな中、十全に能力を発揮することなどできるはずもなかった。
戦いに参加してから3か月、少女は、一つの戦いで失敗をしてしまった。
取るに足らない小さな綻びだ。
しかし、それがもたらした損害は、相当なものだった。
少女は、戦争犯罪者となった。
少女自身、何か悪いことをしたなど考えていなかったし、実際にしていなかった。
しかし、弁明もしなかった。
地獄にうんざりしていたからだ。
勇者だろうが、大罪人だろうが、どうでも良かった。
こんな地獄に求めるものなどなかった。
処刑当日になっても考えは、変わらない。
生きる気力もなかった。
それは、処刑台でも変わらなかった。
どんなに汚い罵詈雑言を浴びせられても、心を素通りしていった。
いざ、死ぬとなってから頭に一つの考えが浮かんできた。
もしも次があるというなら、第二の人生があるのならば、その時は、平和な時代で裕福でなくてもせめて、あの日見た好きだった花畑のように、あの日々のように色鮮やかな人生を送りたい。
そう、最後に願った。
その時、空から何かが降ってきた。
黒くて巨大な何か。
それは、動いた。
物ではなく、生物だった。
翼の生え、鱗に覆われた龍だった。
それは、少女をその場から攫った。
両腕で抱えて、飛び去った。
少し衝撃があった。
ガタンと揺れた程度だ。
そこから間接的に感じていた浮遊感は消えた。
腕が開かれた。
そこは、森の中だった。
龍は、丁寧に少女を降ろした。
少女が最初に思い浮かんだのは、このままひと思いに食われることだ。
しかし、それならば、あの場で好きなだけ食べればいい。
少女は、不思議だった。
目の前の龍が良く解らなかったからだ。
言葉を交わさずとも分かり合えれば、争いも減るのだから、無理な話だ。
だが、その龍は、人の姿を取った。
そして少女に話しかけている。
訳が解らなかった。
言葉だって、聞こえているのに意味の理解にまで意識を向けることができなかった。
ただ、今は、疑問だけが頭にあった。
「何で助けたの?」
気が付けば、疑問をそのまま口にしていた。
それだけが気になっていた。
目の前の人は、少女を見たまま答える。
「可哀そうだった」
それを聞いた時、少女は、忘れていた感情の一端を思い出した。
しかし、これまでのことから無意識に押さえつける。
故に気が付かなかった。
しかし、変化を感じていた。
疑問符だけが頭を埋め尽くしていた。
疑問ですらない。
ただの疑問符だ。
その困惑の最中、その人は少女の頭に手の乗せ、言った。
「大丈夫だよ。頑張ったね」
少女の感情が開放された瞬間だった。
これまでの苦しみや悲しさ、抑圧されていた感情が表へ出た。
涙が止まらなかった。
思い出した。
あの日々とそれがないことを。
前が見えなかった。
この人の姿が見れない。
しかし、声が聞こえる。
どうしようもない感情をその人は、優しく受け止めた。
その日、少女――――――キラボシは、龍に救われた。




