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龍と少女

 僕は、その建造物を見下ろす。

 そして、気が付く。

 それは、前世のコロッセオのような建物だ。

 中心は、闘技場だ。

 その建物の周辺に人が押し寄せている。


 何か、試合でも行われているのかと思った。

 観客が熱狂? しているように見えるし、ステージには武器を持ち、防具を身に着けた人も何人かいる。

 しかし、その陣形や装備の統一度から戦士ではなく、兵士のような気がする。

 それに明らかにエンターテインメント的戦闘には、似つかわしくない人が中心にいる。


 小柄な子供だ。

 闘技場の中心に子供が座らされている。


 状況が解らない。

 盛大なお説教中だろうか?

 そのぐらいしか、発想が湧かない。


 僕は、少し心配になる。

 『龍神』で聴覚を強化し、状況の理解を試みる。

 何かの誤解があるかもしれないし、念のためだ。



 僕は、聞き耳を立てる。

 この距離でもハッキリ聞こえるはずだ。

 いったいどんなことを言っているのやら………………



 そんな、少し呑気な僕の耳に槍で刺すような声が飛び込んでくる。



「この役立たず!!」


「ふざけるな!!」


「この無能!!」


「お前のせいだ!!」


 その内容は、罵声の数々。

 罵詈雑言が人々から浴びせられている。

 聞いた時は、誰に言っているのか、思いつかなかった。

 少し遅れて、その対象が中心にいる子供だと解った。



 はぁ?



 理解しても信じられない状況だ。

 まだ、幼そうな子供が人々から罵詈雑言を浴びせられている。

 こんな大勢の前で………………まるで晒し者のように。

 この国は、何なんだ?

 信じられない。


 確かに多少は、文句が言いたい人や相手を貶したい人はいるだろう。

 それは、人間の感情がある限り、絶対に存在するものだ。

 そして、言われた者は、それを受け入れるか、受け流すかをしなければならない。

 しかし、それは味方のいる人間だ。

 少なからず味方がいることで成り立ち、可能となる。


 それを味方がいない状況でさらに子供に言うなど、言語道断だ。

 神様がいるのなら天罰で国家の一つくらい簡単に滅ぶだろう。

 この国は、なんて国だ。

 それともこの世界は、これが常識なのか?

 見ていてイライラする。



 助けるか、と一瞬思った。

 しかし、こんな大勢の前に出ていいだろうか?

 大騒ぎになるのではないか?

 そんな不安が脳裏をよぎった。

 その言葉は、聞こえてきた言葉にかき消された。


「これより、処刑を開始する」


 偉そうな奴が冷酷に言った。

 よし、助けよう。

 死ぬのは、ダメだ。

 一度死んだ僕が言うのだから、間違いない。


 闘技場に巨大な処刑用の刃物が、持ち込まれる。

 それを見るや否や僕は、急降下して、落下するように下りていった。

 処刑などさせるものか。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 僕は、巨体を闘技場へ叩きつけるように勢いよく落とす。

 地面に亀裂が入り、クレーター状に陥没する。

 着地は、完璧だ。

 威嚇代わりに地面が大きく揺れる。


 周囲の人間の口が閉じられる。

 僕は、今、露骨な殺気を放っている。

 そんな危険な生物が空から降り立ったのだ。

 余すことなく、生命の危機を感じているだろう。

 そういう意図での登場だ。


 しかも龍だ。

 ドラゴンでもヤバいのに龍だ。

 この世界でも上位に位置し、ドラゴンスパイラルの山頂に生息しているはずの龍だ。

 人々は、危機感や生存本能から動けず静止する。


 ただ、兵士は、槍を構えている。

 しかし、構えているだけで体勢を変えない。

 変えられないのだ。

 兵士としての義務で牽制しようとしたが、これ以上動けば、踏みつぶされると思っているのだろう。

 僕も半分は、そのつもりだ。

 賢い人間なら黙って見ておけ、ということだ。



 僕は、目の前の子供を観察する。

 遠かったが、やはり怪我もしている。

 重傷ではないし、軽傷で治りかけだが、対処された痕がない。

 拘束もされている。

 処刑するのなら当然だが、最悪だ。

 不愉快だ。

 国として正しかったとしても、僕は許せない。


 僕は、その子を龍の手で抱える。

 拘束も破壊する。

 そして、細心の注意を払って、飛び立った。

 



 あんな場所には、行きたくなかった。

 この方角は、無理だ。

 ストレスが溜まる。

 僕は、しっかりとそのことを覚えた。



 離れるように飛ぶ。

 前足で匿った子を大事に包み、遠くへ向かって。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 もう、あの国が見えなくなるほど遠くへ来た。

 外へ出て、始めに行く場所があんな場所だとだとは、想像できなかった。


 しかし、こんな独断をしてもいいのか?

 答えは、決まっている。

 僕がいいと言っているのだからいい。

 こちとら龍神だ。

 誰にも文句は、言わせない。


 僕は、森へ下りる。

 木々が少なく、丁度いい広さのある場所があったから、そこへ今度は、勢いを殺して、ゆっくりと優しく下りる。

 コロッセオほどの振動は、起きなかった。


 僕は、包み込んでいた前足を広げる。

 子供は、変わらない姿で座っていた。

 動こうとしていなかったのは、感触から解った。

 安全のためなのか、それとも別の理由なのか。


 僕は、その子を地面へ丁寧に慎重に降ろす。

 そして、大丈夫か改めて確認する。


 服は、質素というか、簡素だった。

 あの国を見たが、服装におかしな点はない。

 少し汚れたり、擦り切れている程度だろうか。

 怪我もやはり大きなものではない。

 第一顔には、傷がない。

 よく、女の子の顔に傷をつけてはいけないと言うし、良かった。


 しかし、一つ問題がある。

 この少女の目は、ずっと虚ろだ。

 ハイライトがない目だ。

 視線も地面の方を向いている。

 龍に攫われて、大騒ぎして、ワンワン泣いてくれたほうがいいと思えるくらいには、虚ろな目だ。


 僕は、人型に姿を変え、少女の前に立つ。


「大丈夫?」


 僕は、少女へ尋ねる。

 龍が人に変わったら、それどころじゃないだろうが、今ならこの子が僕を気味悪がった方が今のままより、全然いい。


「………………」


 少女は、何も言わない。

 口も開かないし、目も合わせようとしない。


 これは末期だ。

 そうなった経験もそうなった奴を見たこともないが、解る。


 このままだと、この子は今後、無気力なままだ。

 最悪の場合、自――――――ここから先のことは、考えないようにしよう。

 考えるだけ、意味のないことだ。


 今は、この少女をどうするかだ。

 まず、国へ送り返すなど論外だ。

 決して、やってはいけない。


 叱りつけるのもなしだ。

 結果が目に見えている。


 僕は、思考を巡らせていると、少女が口を開く。


「何で助けたの?」


 この少女が一体、どんな人生を送って来たのか、僕には解らない。

 何故、絶望しているのかも検討が付かない。

 しかし、それはきっと仕方のないことだったり、不条理だったり、不幸だったりするのだろう。

 ならば、僕がかけるべき言葉があるじゃないか。


 僕は、質問の答えを最初に口にする。


「可哀そうだった」


 助けた理由など、突き詰めれば、それぐらいのものだ。

 大した使命があるわけでもない。

 動機としては、怒りなどの感情的な衝動と大差ない。


 答えを聞いた少女の顔が少しだけ動く。

 予想外だったのだろうか?

 それとも望んでいたものだったかのか?

 悪いものではないはずだ。


 しかし、少女は未だ絶望の中にいる。

 まだ、足りない。

 これだけでは、足りないのだ。


 ならば、やることは決まっている。

 絶望の中でも絶望しないためには、いつか抜け出せるように光を与えればいい。

 遠くに見える出口でもランタンでもいい。

 出れるのかは、その人次第だ。


 僕は、かけるべき言葉を口にする。

 最初からこれを言っていれば良かった。

 きっと、救済の足しくらいには、なるはずだ。

 僕は、手をその少女の頭に乗せる。


「大丈夫だよ。頑張ったね」


 褒めるように言う。

 きっとこの子は頑張ったから、もう安心できるよ、と言葉をかける。

 僕は、神様だが、これぐらいしかしてあげられない。

 僕は、役立たずなんだ。

 これが少しでもこの子の光になればいいと思った。


 少女の表情が明らかに変わった。

 先までの暗い表情が張り付いた顔ではない。

 ハッとして、目を見開いて、かと思えば、目を強く閉じて、瞬きを数回する。


 少女の目から液体がこぼれる。

 本来なら目を乾燥から保護するためのものだが、今回は別の役割で零れ落ちる。



 子供が泣いているというのに僕は、心の中で安堵する。


 あぁ、良かった。




 少女は、そのまま号泣する。

 別人のように涙を流す。

 目が溺れそうなほどに涙する。

 僕は、少しでも支えになればと、慣れていないが、できるだけ優しく声をかけ続けた。

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