第8話:『魔法が消えた朝 ――ガラクタの山を資産に変える方法』
「……三、二、一。はい、定刻です」
私が懐中時計――電池も魔力も必要としない、ゼンマイ仕掛けの機械式時計――を閉じた瞬間。
世界から「輝き」が消えた。
王宮の廊下を照らしていた魔導灯が、瞬きひとつせずに沈黙する。
遠くで、浮遊を止めた荷揚げ用リフトが轟音を立てて落下する音が響いた。
悲鳴。罵声。そして、静寂。
「ク、クロエ様! 大変です、明かりが……通信鏡も、お湯が出る魔導具も、すべて動かなくなりました!」
顔を真っ青にして駆け寄ってきたのは、旧王国の事務官たちだ。
彼らは手に持った「ただのガラス板」になった通信鏡を、祈るように振っている。
「大変、とは主観的な評価ですね。私にとっては『予定通り』です。……それより、暗い中で走り回るのは非効率です。廊下の備蓄庫に、私が昨日発注しておいた『鯨油のランプ』と『マッチ』があるはず。一分以内に配置を完了させなさい」
「鯨油……? そんな、古臭いものを……」
「魔法という名のローンが踏み倒された以上、私たちは『現物資産』で生きていくしかありません。文句を言う暇があるなら手を動かす。それが、今の貴方たちの唯一の付加価値です」
私は彼らを一蹴し、王宮の外へと歩み出た。
広場では、動かなくなった魔導馬車の前で立ち尽くす貴族たちが、御者を怒鳴りつけていた。
「動かせ! 魔法をかけろ! 私が誰だと思っている!」
「無駄ですよ、公爵閣下。今の貴方は、一〇〇キログラムの鉄屑を抱えた、ただの歩行者です」
私が冷たく声をかけると、公爵は血走った目で振り返った。
「クロエ! 貴様の仕業か! 魔法を返せ! この不敬な女め!」
「返せ、とは心外ですね。私は不適切な借金を清算しただけです。……それより閣下、その『鉄屑』……いえ、魔導馬車。動かなくてお困りなら、私が買い取りましょうか? 金貨三枚で」
「馬鹿にするな! これは三〇〇〇ゴールドした特注品だぞ!」
「それは『魔法が動いていた時』の価格です。今のそれは、座り心地の悪い椅子がついた鉄の箱。重量から換算したスクラップ価格としては、金貨三枚でも過大評価なくらいです。……どうしますか? 今売らなければ、明日には維持費(駐車スペース)すら払えなくなりますよ」
公爵が言葉に詰まるのを横目に、私はアラリックの待つ馬車へと乗り込んだ。
こちらは、魔力ではなく本物の「馬」が引く、伝統的な馬車だ。
「……早いな。世界が暗転してから、まだ五分も経っていないぞ」
アラリックは暗闇の中、ランプの火を眺めながら不敵に笑った。
「パニックが本格化する前に、現物資源を押さえる必要がありますから。陛下、指示通り、帝国内の全製鉄所と、石炭鉱山の権利買収は完了していますね?」
「ああ。魔法使いどもが杖を振って遊んでいる間に、俺たちは『地べた』をすべて買い叩いた。……これからの世界では、呪文の長さではなく、石炭のトン数と鉄鋼の強度が国力を決めるというわけか」
「その通りです。魔法というチートが消えた世界は、純粋な『物理』と『効率』の戦場になります。……まずは、機能停止した魔導インフラを解体し、物理的な物流網へ再編します。そのためには、現場で動ける『新しい人材』が必要です」
私たちは、混乱に揺れる王都の市場へと向かった。
そこでは、絶望して座り込む商人たちの隅で、一人の少女が、動かなくなった計量器を分解し、天秤の原理で重さを量ろうと奮闘していた。
ボロ布を纏った、痩せた少女。
だがその瞳には、魔法を失った恐怖ではなく、目の前の「事象」をどう処理するかという、強烈な合理性の光が宿っている。
「……面白い個体を見つけました」
私は馬車を止め、少女の前に立った。
彼女は私を見上げ、驚くこともなく、手に持った歯車を差し出した。
「お姉さん、これ、魔力がなくても『回る』んだよ。軸をずらせば、もっと重いものが持ち上がると思うんだけど……計算が合わないの」
私は彼女の隣にしゃがみ込み、手帳を広げた。
「重心の移動と、摩擦係数が抜けていますね。……貴方、名前は?」
「……ライラ」
「ライラ。貴方のその『計算ミス』を、私の下で修正しませんか? 報酬は、貴方が一生かけても数え切れないほどの『数字』と、それに見合う食事です」
少女は一瞬だけ目を丸くし、それから力強く頷いた。
「やる。……私、魔法なんて、最初から嫌いだったし」
私は彼女を馬車に招き入れた。
魔法が消えた朝。
人々が失ったものに涙する中で、私は新時代の「部品」を手に入れた。
「陛下、第2フェーズに移りましょう。……タイトルは、『産業革命』。私がこの世界に、本当の意味での『帳簿の合わせ方』を叩き込んであげます」
私の錆びた印章は、いまや黄金の輝きを失い、冷たく重い鉄に戻っている。
だが、それでいい。
これからの世界は、輝きではなく、この重みが支配するのだから。
第2部、開幕です!
魔法が消えた瞬間、高級車(魔導馬車)をスクラップ価格で買い叩くクロエの容赦のなさは健在ですね。
そして、新キャラクター・ライラとの出会い。
魔法を信じない「理系の少女」が、クロエの最強の弟子としてどう成長していくのか……。
「魔法がない世界」での、クロエ流・逆転の内政無双が始まります。
最初のターゲットは、エネルギー革命。
次回、第9話。
『石炭は黒いダイヤモンド ――燃料革命と、旧権益者の断末魔』
魔法使いが失業し、技術者が台頭する下克上の物語。
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