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無能と追放された財務官、実務能力だけで世界を買い叩く  作者: 月城カナタ


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第7話:『世界を破産させる三つの方法 ――天界銀行との最終交渉』

「魔法という名の夢、ですか。……コストの掛かりすぎる夢など、悪夢と変わりませんよ」


 私は黄金の印章を金庫の奥へと押し込み、冷徹に告げた。

 背後に立つマルクスの顔には、もはや余裕の微笑みはない。彼は震える手で十字を切り、必死に「神の正当性」を説こうとしている。


「クロエ様、正気ですか! 魔法が消えれば、この世界の文明は数百年巻き戻る! 治療魔法も、生活を支える魔導具も、すべてがただのガラクタになるのですよ!」


「ええ、知っています。ですが、その『便利さ』の対価として、世界の寿命を勝手に切り売りしていたのは貴方たちだ。……マルクス様。貴方の組織、聖教会がこの千年で行ってきた行為は、一言で言えば『大規模な投資詐欺』です」


 私は手帳を開き、印章から網膜に投影される「真の帳簿」を読み上げる。


「【監査結果:天界銀行・バレンシア支部】

 一、魔法使用者に『対価は祈りである』と偽り、実際には魂の根源マナを徴収。

 二、徴収したマナの四割を『管理費』として聖教会が中抜き。

 三、残りの六割を世界の寿命から前借りしたエネルギーで補填し、見せかけの繁栄を維持。

 ……マルクス様。この『中抜き』の総額、金貨に換算して何枚分になるか、計算しましょうか?」


「そ、それは……神殿の維持や、貧しい民への施しに……!」


「他人の借金で施しをするのを『善行』とは呼びません。それは単なる『横領』です」


 私は印章を右に回した。

 重厚な歯車が噛み合う音が空洞に響き、金庫の奥から眩いばかりの光が溢れ出す。


「クロエ、どうするつもりだ」

 アラリックが剣の柄に手をかけたまま、私に問いかける。


「陛下、世界を救う方法は三つあります。

 一つ、このまま負債を積み上げ、数百年後に世界ごと破産(滅亡)する。

 二つ、増税――すなわち、全人類の寿命を一律に半分ほど徴収して負債を完済する」


「……三つ目は?」


「――『デフォルト(債務不履行)』の宣言です。現時点をもって、天界銀行との全契約を破棄。魔法という名の借金を、強制的に踏み倒します」


 アラリックの口角が吊り上がった。

「ハハッ、神相手に不渡りを出そうというのか。最高に非合理的で、最高に愉快な提案だ」


「魔法が消える恐怖よりも、私が帳簿を合わせられない不快感の方が勝っていますから」


 私は黄金の印章を、深く、最後まで押し込んだ。


「【財務官権限:強制執行パージ】。これより、天界との全チャネルをクローズします。……さようなら、無責任な奇跡の時代」


 その瞬間、世界から「音」が消えた。

 大聖堂を流れていた魔力の奔流が逆流し、黄金の金庫が激しく明滅する。

 網膜に映る『世界負債残高』の数値が、猛烈な勢いで「0」に向かって減少していく。


「あ……あああ……! 奇跡が、光が消えていく……!」

 マルクスが絶望の声を上げ、膝を突く。

 彼の法衣に宿っていた微かな魔力の輝きが、煤けるように消滅した。


 地響きと共に、地下空洞の魔導回路が一つ、また一つと焼き切れていく。

 それは王宮の結界が消えた時よりも、はるかに静かで、はるかに決定的な崩壊だった。


 数分後。

 静寂が戻った地下空洞で、私はゆっくりと黄金の印章を抜き取った。

 印章は再び錆びた鉄の塊に戻っていたが、私の胸の中には、六年間一度も感じたことのない『平穏』が広がっていた。


「……終わりましたね」


「いや、始まったんだ」

 アラリックが私の肩を抱き寄せ、暗闇に包まれた聖域を見渡した。

「魔法という杖を奪われた人類が、初めて自分の足で歩く。……クロエ、これからが本当の実務の出番だぞ。混乱する市場、機能停止した魔導具に代わる新技術の投資、そして職を失う魔法使いたちの再雇用計画……。貴様の時給をさらに上げなければならんな」


「ええ。とりあえず、王国の全在庫の魔導具を『アンティーク(ただの置物)』として再定義し、新興国に高値で売り抜ける計画書を作成済みです」


 私は闇の中で、手帳の新しいページをめくった。

 不眠症は治っていない。

 だが、この暗闇の中で次に何をすべきか、私の脳内にはすでに数百のタスクリストが並んでいる。


 私たちは、魔法の消えた聖域を後にし、地上へと歩き出した。

 外に出ると、夜明けの空が広がっていた。

 魔力の光に頼らない、ありのままの太陽の光が、荒廃した王国を等しく照らしている。


 遠くで、機能停止した魔導車に戸惑う人々の声が聞こえる。

 王宮からは、事務作業の山に埋もれて絶叫するジュリアンの声も聞こえてくるかもしれない。


 私は、懐中時計を見た。


「午前六時。……さて、帝国財務局の始業時間です。陛下、帰路の馬車は『人力』になりますが、移動時間中に次の五カ年計画のブリーフィングを行ってもよろしいでしょうか?」


「ああ。地獄の果てまで、貴様の正確な数字に付き合ってやる」


 私は初めて、ほんの少しだけ、計算外の「微笑み」を浮かべた。

 世界を破産させた女の、新しい一日が始まる。

第1部、堂々の完結です!

魔法という「世界の甘え」を、帳簿一つで清算してしまったクロエ。

彼女が手に入れたのは、復讐の果ての虚無ではなく、実務による「真の統治」への挑戦権でした。


魔法が消え、大混乱に陥る大陸。

しかし、そんな混沌とした現場こそ、彼女のような「数字の怪物」が最も輝く戦場です。

ジュリアンのその後は? 聖教会の逆襲は? そしてアラリックとの契約の行方は?


物語は第2部、『大陸経済圏の再編と、新時代の産業革命編』へと続きます。


「ここまで一気に読んでしまった!」「クロエの仕事ぶりがもっと見たい!」

そう思っていただけましたら、ブックマークと評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと、第2部への「投資」として大切に受け取らせていただきます。


クロエの次のタスクでお会いしましょう。

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