第4話:『聖女の祈りは経費で落ちますか? ――宗教法人への強制査察』
「神の負債……。面白い冗談ですね」
私は手帳を閉じ、目の前の男――聖教会の特使、マルクスを冷徹に見つめた。
先ほどまで銀行総裁がふんぞり返っていたこの執務室の空気は、いまや線香の匂いと、拭いきれない胡散臭さに満ちている。
「冗談ではありませんよ、クロエ様。この世の魔力、その恩恵……それらはすべて、神からの預かりもの。我々教会は、その『利息』を祈りとして回収し、天へと納めているのです」
「なるほど。つまり貴方たちは、実体のない『概念』を担保に、世界中から寄付金を募っている『超法規的決済代行業者』というわけですね」
マルクスの微笑みが、わずかに引きつった。
私は立ち上がり、窓の外――帝都の中央広場にそびえ立つ巨大な大聖堂を指差した。
「あの建物の維持費、年間で約四〇〇万ゴールド。所属する司祭たちの人件費、および『奇跡の触媒』と称した高価な魔石の購入費用……。これらすべてが、帝国では『非課税』として処理されています」
「神への奉仕に、俗世の税を課すなど――」
「奉仕かどうかを判断するのは神ではなく、帳簿です」
私はデスクの魔導端末を叩き、一つのグラフを表示させた。
昨夜、銀行の裏帳簿から抽出した「不透明な送金データ」だ。
「この十年、聖教会がバレンシア支部を通じて王国へ送った『救済金』。その三割が、名目とは裏腹に軍事用の魔導具開発に流用されています。……マルクス様。宗教法人の免税特権は『公益性』が前提のはず。戦争準備への加担は、立派な契約違反(規約違反)ですよ」
「……それは、民を守るための――」
「言い訳は不要です。私が知りたいのは一点だけ。この『神の負債』という言葉……貴方たちの帳簿には、この世界の魔力残高が『負債』として計上されているのですか?」
マルクスの瞳の奥に、一瞬だけ鋭い「検察官」のような光が宿った。
彼は私の手の中にある、一部の錆が剥げ落ちた印章を凝視している。
「クロエ様。貴方は賢すぎる。……その印章は、かつて『世界の均衡』を管理していた銀行家たちが持っていたもの。それを持ち出した貴方は、もはや一国の財務官では済まされない」
その時。
執務室の扉が音もなく開き、アラリックが姿を現した。
彼は私とマルクスの間に割って入るように立ち、冷ややかな視線を特使に投げた。
「我が国の財務官に、これ以上の勧誘は控えてもらおうか、教会の犬」
「……陛下。これは失礼いたしました。ですが、彼女の存在は、今の世界の『均衡』を崩しかねない」
「均衡だと? 不良債権を積み上げたまま、見せかけの平和を維持するような均衡など、俺が叩き壊す。……クロエ、こいつの相手はもういい。次の案件だ」
アラリックは、一通の赤い封書を私の机に放り出した。
それは、私の指紋に反応して開き――中に書かれていた署名を見て、私は思わず口角を上げた。
『親愛なるクロエへ。至急、王国の財政立て直しについて相談したい。ジュリアン』
文字が震えている。
おそらく、王宮の魔導障壁が消滅し、空っぽになった金庫の前で、半泣きになりながら書いたのだろう。
「……相談、ですか。私が投げたゴミが、三日で泣きついてくるとは。予想以上に『不採算』な連中ですね」
「どうする、クロエ。受けるか?」
「もちろんです。ただし、『相談』ではなく『債権回収』として。……陛下、この王国の窮地を利用して、王国の全インフラを帝国の資本下に置く『敵対的買収(TOB)』を仕掛けましょう。私がその先兵を務めます」
マルクスが顔を青ざめさせて部屋を去っていくのを横目に、私は手帳に新しいプロジェクト名を書き込んだ。
【プロジェクト名:王国債務整理および領土の流動化】
愛だの、過去だの、そんな非効率なものは、一ゴールドの価値もありません。
私が彼らに教えるのは、たった一つ。
『有能な事務官を捨てる』という行為が、どれほど高くつく「損失」であるかという現実です。
「……ところで陛下」
「なんだ」
「この査察、出張扱いになりますか? 日当と危険手当、それから王国の資産を買い叩くための『軍資金』の承認をお願いします」
アラリックは豪快に笑い、私の肩を抱き寄せた。
「好きなだけ使え。……その代わり、あの王子が絶望する顔を、一番いい特等席で俺に見せろ。それが俺への『配当』だ」
「承知いたしました。最高の『ざまぁ』……いえ、最高の『事業報告』をお届けします」
私は印章を握りしめた。
剥がれた錆の下から覗く黄金の文字が、私の体温に反応して、新しい「数字」を網膜に映し出す。
【世界負債残高:計測不能(臨界点まで残り三二〇〇日)】
……どうやら、私の仕事は、この世界が「倒産」する前に、帳簿を合わせることになりそうです。
やりがいのある現場ですね。不眠症が捗りそうです。
クロエ、今度は「教会」を論理の刃で滅多切り!
「宗教法人の免税特権」を突くあたり、実務系令嬢としての容赦のなさが際立ちます。
そして、ついに元婚約者のジュリアンから情けない「助けてメール」が届きました。
しかしクロエの答えは「救済」ではなく「買収(TOB)」。
かつての婚約者を「経営破綻した取引先」として処理する準備が整いました。
物語はいよいよ、追放された元王国への「経済的逆侵攻」へと突入します!
次回、第5話。
『王国の買収(TOB)を開始します ――元婚約者はただの不良債権です』
クロエの容赦ない「債権回収」が始まります。
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