第24話:『損害賠償請求:私の過去 ――記憶のゴミを清算します』
「……証拠不十分、ですか。貴方たちのデータベースが、いかに老朽化しているかの証左ですね」
アイテールの広場に降臨した巨大なモノリス――外宇宙管理組合の『監査官』。
その表面を流れる無数の光は、私の『管理義務違反』という逆提訴に対し、冷徹な「棄却」のシグナルを発していた。
【論理:不成立。魔法の枯渇は自然摩耗の範囲内。借主の管理不足。】
【結論:立ち退きを続行。惑星の初期化まで、残り二四分。】
周囲の建物が光の砂となって崩れ、空へ吸い上げられていく。
アラリックが私の前に立ち、漆黒の剣を抜かずに、その威圧感だけで迫りくる消去の波動を押し留めていた。
「クロエ、貴様の『屁理屈』も、この巨大な板には届かないようだな。……それとも、まだ隠し持っている『帳簿』があるのか?」
「……。……。ありますよ、陛下。私の記憶という名の、最も不採算で、最も捨て去りたかった……『ゴミ箱』の中に」
私はポケットから、再び錆びついた鉄の塊に戻った印章を取り出した。
母、カトリーヌ・フォン・アインツベルン。
彼女は私を捨てた。私から母の愛を奪い、代わりに冷徹な数字の世界と、不眠症という名の呪いを与えて死んだ。……私は、ずっとそう思っていた。
だが、このアイテールで00(ゼロゼロ)と対峙し、宇宙の『大家』の存在を知った今、その認識が歪み、再構築されていく。
「監査官。貴方たちは、アインツベルンの一族を『管理代行人』として雇っていましたね。……私の母は、三〇〇年前にこの塔を脱出し、旧大陸へ渡った。貴方たちはそれを『逃亡』と見なしましたが……」
私は黄金の印章を、自身の心臓に近い場所へ強く押し当てた。
錆びた表面が私の体温と、極限まで加速した思考のパルスに反応し、皮を剥ぐように剥落していく。
「――あれは逃亡ではない。貴方たちの『完璧すぎる演算』では予測できない、不条理な現場のデータを収集するための『フィールドワーク』だったのです」
印章が、眩いばかりの、しかし今までとは違う「虹色」の光を放った。
それは鍵でも、エネルギー源でもない。
数千年前からアインツベルンの一族が蓄積してきた、宇宙の大家にも公開していない『真の裏帳簿』――アセットの記録媒体。
私の脳内に、母の、最後にして唯一の「声」が流れ込んできた。
『クロエ。愛なんて数字にならないものを、私は貴女にあげられなかった。……だから代わりに、世界を買い叩ける「目」をあげるわ。……宇宙の大家を黙らせる、最高の実務になりなさい』
私は、震える指で空間に巨大なホログラムを展開した。
そこには、私が旧大陸で清算してきた、あの泥臭い記録のすべてが並んでいた。
不透明な寄付金の流れ。不採算な騎士団。魔法を失い、飢えながらも、一ゴールドを稼ぐために知恵を絞る民草。
「見てください。これが、貴方たちのシステムには計上されていなかった『人間という名の、強靭な無形資産』です」
私は、母の記録媒体から抽出した『三〇〇年分の管理実績報告書』を、監査官のモノリスへ直接流し込んだ。
「魔法というリース品が壊れた際、貴方たちは『ゴミ』として捨てる判断を下した。ですが、私の母と、その娘である私は、そのゴミの中から『産業革命』という名の自律的な再生価値を生み出した。……監査官。これは、借主による『物件価値の大幅な向上』です。……逆に問いたい。この三〇〇年、管理義務を放棄していた貴方たちは、これほどの価値向上のために何一分の投資を行いましたか?」
モノリスの光が、激しく乱れた。
【……。……。データ受信。……未観測の資産価値を検出。……修正、修正……】
「不作為による損害。および、物件価値の私的流用。……それらを相殺すれば、この惑星の所有権の三五%は、現時点で我々『人類』に帰属しています。……立ち退き要求は法的に無効。逆に、今後一〇〇年の『管理手数料』の免除を要求します」
静寂。
空へ吸い上げられていた砂が、重力を取り戻したように地面へと降り注いだ。
強制立ち退き(初期化)が、停止した。
「……信じられない。母様は、最初からこれを狙って、貴女をあんな不潔な場所に放り込んだというの……?」
00が、震える声で呟いた。
「不潔? いいえ、最高に『実務的』な場所でしたよ。……おかげで私は、神も宇宙も信じない、ただの『財務官』として完成したのですから」
私は乱れた前髪をかき上げ、監査官を冷徹に見据えた。
モノリスが再び静まり、低い、重厚な機械音が響く。
【……請求を受理。……和解交渉へと移行する。】
勝利。
だが、モノリスに表示された次の文字列を見た瞬間、私の思考回路に冷たい電流が走った。
【和解条件:人類の所有権を認める。……代わりに、アインツベルンの個体・クロエを、管理組合の『永続監査官』として徴用する。……個体意識のアップロード、および人間性の永久清算を開始せよ。】
アラリックが、即座に私を自分の背後へ隠すように移動させ、剣を抜き放った。
「……おい、大家。俺の財務官を『システムの一部』にするだと? ……その契約、俺が今ここで両断してやる」
「……待ってください、陛下。……交渉の余地はあります」
不眠症。
しかし、私の脳内では、自分自身の『存在』すらも商品価値として算定し、この宇宙の化け物からより有利な条件を引き出すための、命懸けの『M&Aスキーム』が立ち上がっていました。
私は、母の形見であった印章を、今度は迷いなく自らの額へと掲げました。
クロエ、母の「愛(という名の教育)」を受け取り、宇宙の監査官を論理で圧倒!
魔法を失った絶望を「リフォームによる資産価値向上」と言い換える姿は、まさに逆転無双の極致です。
しかし、宇宙の大家が提示した和解案は、クロエを「人間」としてではなく「演算システムの一部」にすること。
アラリックが剣を抜き、彼女を守ろうとする中、クロエが見出した「第三の道」とは。
第3部・新大陸編、いよいよ真のイグジット(出口戦略)へ!
次回、第25話。
『敵対的買収の序曲 ――新大陸を、一株残らず買い叩く』
自分の命さえも資本に変える。それが、アインツベルンの実務官です。
この最終決戦に「全ベット」したい皆様、ぜひブックマークと、評価【☆☆☆☆☆】での「資本注入」をお願いいたします!




