第21話:『三〇〇年目の督促状 ――家族の絆は負債で繋がっています』
「……三〇〇年、ですか。利息の計算、やり直して差し上げましょうか?」
私がそう告げた瞬間、自由港アイテールの透き通った空気が凍り付いた。
私の網膜に投影された『大陸三つ分の負債』という文字。それは警告音を伴い、今や周囲の監視モニターすべてに赤く表示されている。
「クロエ、どうした。顔色が……いや、貴様がそんな愉悦に満ちた顔をするのは、ろくな時ではないな」
アラリックが腰の剣に手をかけ、私の背後を警戒する。
彼の直感は正しい。
周囲の『市民』たちが一斉に足を止め、その瞳が青い光から赤へと変わった。彼らの脳内に埋め込まれた演算チップが、私を『排除すべき不良資産』として定義したのだ。
「警告。債務者アインツベルンの末裔を確認」
「執行。大陸規約第四条に基づき、全資産の凍結、および身体の永久供出による債務充当を開始する」
感情のない声。
白一色の装甲に身を包んだ『清算部隊』が、音もなく床からせり上がってきた。彼らの手には、魔法でも蒸気でもない、高周波で振動する『論理の刃』が握られている。
「……ボス、これヤバいよ。港全体の防御システムが、お姉さん一人を殺すためだけに稼働してる!」
ライラが震える手でターミナルを叩くが、ハッキングが追いつかない。
だが、私は動かなかった。
むしろ、手帳を取り出し、ゆっくりとペンを走らせる。
「……。……。……はい、終わりました」
最前線の清算部隊が、私の首筋に刃を当てた。
その距離、わずか三ミリ。
「清算。……なぜ抵抗しない。アインツベルンの末裔よ」
「抵抗? そんな非効率なことはしません。……それより、清算官。貴方たちが今、私を殺した場合の『経済的損失』を計算しましたか?」
私は、首筋の刃を指先で軽く押し返した。
「この三〇〇年分の負債。名目は『アイテール基本OSの保守管理費の滞納』および『世界演算リソースの私的流用による損害賠償』。……これほど巨大な負債を抱えた私が死ねば、その瞬間にこの債権は『回収不能』となり、アイテール中央銀行のバランスシートには大陸三つ分に相当する穴が開きます。……そうなれば、この都市の信用スコアは暴落し、システムそのものが破綻する。違いますか?」
清算部隊の赤い瞳が、激しく明滅した。
彼らの論理回路が、私の提示した『リスク』を演算し始めたのだ。
「……。……。個体の死による債務消失リスク……計算中。……。……。確率、九九・八パーセント。……致命的エラー」
「そう。私は今、世界で最も『殺してはいけない負債者(Too Big to Fail)』なのです。……さあ、刃を収めなさい。そして、私を貴方たちの主……中央銀行の総裁の元へ案内するのです。債務者としてではなく、対等な『経営再建のパートナー』としてね」
静寂。
やがて、部隊の刃が静かに収納された。
彼らの瞳が再び青に戻り、恭しく道を開ける。
「……クロエ、貴様。借金の多さを盾に、世界を支配するつもりか」
アラリックが呆れたように剣を収めた。
「借金も、ここまで積み上げれば『力』に変わります。……陛下、これがアインツベルンのやり方です。母がなぜこの負債を残したのか、その『投資意図』を今から確かめに行きましょう」
私たちは、シラス監査官が青ざめて腰を抜かしている横を通り過ぎ、都市の中央にそびえ立つ白亜の塔へと乗り込んだ。
塔の内部は、外観とは対照的に、不気味なほど静まり返っていた。
大理石に見える壁は、すべて膨大な情報を処理するためのハードウェアだ。壁の中を、青い発光信号が絶え間なく流れている。
エレベーターが最上階に到達する。
扉が開くと、そこには一面のガラス張りのオフィスがあった。
新大陸のすべてを見渡せるその部屋の中央。
重厚なデスクに座っていたのは――。
「……遅かったわね。クロエ。計算よりも三時間と四十二分、遅い到着よ」
その声を聞いた瞬間、私の呼吸が止まりかけた。
座っていたのは、私と寸分違わぬ姿をした、少女。
年齢も、髪の色も、そしてその『冷徹な瞳』の光さえも、鏡を見ているかのように同じだった。
違うのはただ一つ。
彼女の肌には、私のような不眠症の隈もなく、まるで陶器のように完璧な無機質さが宿っていること。
「……貴方は、誰ですか」
「私は『管理個体・アインツベルン〇〇(ゼロゼロ)』。アイテール中央銀行の、そしてこの世界の『適正価格』を維持するための演算人格。……貴女が捨てた『論理性』のなれの果てよ」
少女が立ち上がると、オフィス全体のモニターに、私の家系図が、そして今まで私が旧大陸で『清算』してきた全記録が、冷酷なスコアと共に表示された。
「クロエ。貴女が旧大陸でしてきたことは、すべて『遊び』に過ぎない。……今から本当の『清算』を教えてあげる。……この世界の寿命を、あと三〇〇年分、誰から『徴収』すべきか。……貴女に、その署名ができるかしら?」
不眠症。
しかし、目の前に現れた「自分自身の影」が突きつけてきたのは、私が最も得意とし、そして最も恐れていた、極限の『二者択一』でした。
私は、手帳を強く握りしめた。
アインツベルンの血が、私の脳内で新しい数式を狂ったように弾き出し始めていました。
クロエ、自分自身の「鏡」と対面!
「大陸三つ分の借金」を盾に、清算部隊をボディーガードに変えてしまう逆転劇は、まさに彼女にしかできない「実務無双」でした。
しかし、現れた中央銀行の主は、クロエと全く同じ容姿を持つ演算人格。
彼女は、クロエが旧大陸でしてきたことを「遊び」と断じました。
果たして、アイテールが管理する「世界の寿命」という名の真の帳簿には、何が記されているのか?
そして、アインツベルンの一族が背負わされた「負債」の本当の意味とは。
次回、第22話。
『アセット・ハッキング ――中央銀行の心臓部を監査せよ』
自分自身の影を相手に、クロエの「実務能力」が試されます。
「続きが気になって眠れない!」という投資家の皆様。
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皆様の評価が、クロエの「自己清算」の精度をさらに高めます!




