第16話:『新大陸への投資計画 ――船を出すのは夢ではなく利益のためです』
「……リスク、という言葉を安易に使わないでいただけますか。耳障りです」
帝国議会、予算編成会議。
私は、壇上で居並ぶ軍部の上層部と、旧王国の利権にしがみつこうとする老貴族たちを冷徹に見下ろした。
手元の魔導計算盤には、第3四半期の暫定予算案が映し出されている。
「クロエ財務官、無茶を言うな! 魔法が消え、重力すら不安定だったこの時期に、なぜ新大陸への遠征に巨額の予算を割く必要がある! 今は国内の復興、そして軍備の増強が最優先のはずだ!」
声を荒らげたのは、帝国の重鎮である軍務大臣だ。
私は、彼に向けて一枚のグラフを空間に投影した。
「【帝国経済の現状分析】
・魔法消失による既存魔導産業の減損:一二〇億ゴールド。
・石炭本位制による一時的なインフレ率:一四%。
……大臣。現在の帝国は、魔法という旧システムの残債を清算したばかりの『倒産寸前の再生企業』に過ぎません。国内のパイを奪い合っても、待っているのは緩やかな死です。今必要なのは、軍備という名の固定費の積み増しではなく、圧倒的な外貨(資源)獲得によるレバレッジです」
「レバレッジだと……? 海の向こうに何があるかも分からんのに、博打を打てというのか!」
「博打ではありません。……ライラ、資料を」
私の横で、すっかり事務官の顔になったライラが、大量の羊皮紙を大臣たちの机に叩きつけた。
「はい、これ。新大陸からの『漂流物』の組成分析結果。……石炭を凌駕する燃焼効率を持つ『黒い液体(原油)』の痕跡、それから旧大陸では絶滅したはずの希少薬草の種。……これを独占できれば、帝国のGDPは三年で二倍になる。計算ミスは一%以下だよ」
大臣たちが書類を食い入るように見る。
私はさらに追い打ちをかけた。
「加えて、今回の遠征費用は、軍事予算の『不採算部門』から捻出します。……大臣、貴方の管轄下にある『旧式魔導戦車大隊』。魔力供給が止まった今、あれはただの巨大な文鎮です。維持費だけで年間一億ゴールド。これを即刻スクラップにし、その鉄鋼を新造船の装甲に転用します。……文句はありませんね?」
「なっ……我が大隊をスクラップに……!」
「価値のないものを持ち続けるのは、管理能力の欠如を露呈するだけです。……陛下、いかがでしょうか?」
最奥の玉座に座るアラリックが、不敵に笑いながら身を乗り出した。
「面白い。軍の文鎮を船に変え、海を支配しようというわけか。……クロエ、一つ訊きたい。その船に乗せる『人柱』……いや、人員はどうするつもりだ」
「不採算な人間を、有効活用いたします。……次の方、入室を」
扉が開くと、そこには薄汚れた事務服を着た、情けない男が入ってきた。
ジュリアン。旧王国の元王太子だ。
彼は私の視線に怯え、震える声で頭を下げた。
「……事務官、ジュリアン。ただいま、到着いたしました……」
「……殿下、いえ、ジュリアン一級事務員。貴方の今回のタスクは、新大陸開拓団の『資材管理・最前線担当』です。……貴方のそのプライドの高さは、現場での『横領監視』に最適です。一釘の紛失も許さないという、その偏執的な性格を存分に発揮してください。……もちろん、給与は現地での歩合制です」
「し、新大陸……? そんな危険な場所に私を……!」
「死にたくなければ、正確な在庫管理をすることです。……それから、聖女セラフィナ様も同行していただきます。彼女には『現地住民への帝国通貨の普及』という布教……いえ、マーケティング活動に従事していただきます」
かつて私を追放した二人が、今や私の「事業」の駒として再配置される。
復讐などという非生産的な感情ではない。ただ、彼らの持つ「知名度」と「偏執さ」を最もコストパフォーマンス良く活用しただけだ。
会議が終わり、アラリックと二人になった執務室で、私は窓の外に広がる海を見つめた。
「……クロエ、本当にそれだけか? 新大陸へ行く理由は」
「……何のことでしょうか、陛下」
「貴様の母が遺した『錆びた印章』。あの中に刻まれていた座標……あれは、新大陸の最奥を指していたはずだ」
私は、机の上の印章を手に取った。
星の核との決算を経て、再び鉄に戻ったはずのそれは、海風を浴びて微かに脈打っている。
「……私の帳簿に、不明な項目は残しておきたくない。それだけです。……陛下、出港の準備を。この海を、帝国の『私有地』に変えに行きましょう」
その時。
伝令官が、息を切らして駆け込んできた。
「報告します! 帝都北方、三〇海里地点に謎の無人船を捕捉! ……船体は未知の金属製。帆も櫂もなく、自律的に航行していた模様です!」
私は、手帳を開いた。
不眠症は、ついに海を越える。
「……どうやら、向こうから『見積もり』に来たようですね」
未知の文明との接触。
それは、史上最大の「貿易赤字」か、あるいは「独占利益」の始まり。
私は、鋭く鉛筆を走らせた。
新章・第3部スタートです!
国内を制圧したクロエ、次なる戦場は「大海原」。
かつての婚約者ジュリアンを「現場の在庫管理係」として再雇用し、強制的に新大陸へ送り込むという、合理的かつえげつない「ざまぁ」の継続。
これこそが実務系令嬢の仕事術ですね。
そして、現れた「エンジンなしで動く謎の船」。
帝国がやっと蒸気機関に到達した一方で、海の外にはさらに高度な「会計システム(文明)」が存在するのか……?
次回、第17話。
『老提督の引退勧告 ――「勘」を「統計」で書き換える作業』
海を支配するのは勇気ではなく、海流の統計データです。
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