第15話:『一時間の決算 ――大陸全土を担保に文明の利子を支払え』
「……残り、四十五分。ライラ、蒸気タービンの圧力限界まであとどれくらいですか?」
浮き上がった聖都の瓦礫を足場に、私は手帳の秒針を刻んだ。
風が吹き荒れ、地上の灯りが遠ざかっていく。重力が失われつつある世界では、吐き出す息さえも真っ直ぐには進まない。
「ボス、もうレッドゾーンだよ! でも、星の核へ繋ぐ『伝導路』が細すぎて、エネルギーが逆流しそう!」
「逆流など、損失以外の何物でもありません。……陛下、出番です」
アラリックが、黄金に輝く私の印章を奪い取るように受け取った。
彼はその印章を、宙に浮く「星の端末」――光の影へと突きつける。
「星の意思よ。貴様が求めているのは、生命の無秩序な浪費(魔法)ではないはずだ。……管理され、統制された『秩序ある熱量』……そうだろ?」
アラリックの威圧感が、光の影を震わせる。
私はその隙に、ライラが構築した蒸気パイプの最終バルブを開放した。
「【支払明細:文明の利子】。
一、帝国全土の蒸気機関から発生する余剰熱。
二、そして……私がこの一時間で整理した、大陸全土の『資源分布図』および『人口流動予測』。
……受け取りなさい、ステラ・コア。貴方が世界の安定を維持するために必要な『計算資源』を、我々の知性が代行してあげます」
光の渦が、激しくスパークした。
【非合理的……計算不可……。生命ノ『知性』ヲ、負債ノ補填ニ充当スル……?】。
「そうです。魔法という『打ち出の小槌(借金)』に頼るから、エントロピーが増大する。……ですが、私たちが築く『実務』と『計算』の世界は、混沌から秩序を生み出す行為です。……星にとって、これほど良質な『利息』が他にありますか?」
私は、手帳に記した「新大陸を含めた全資源の等価交換グラフ」を光の影に叩きつけた。
一分、二分……。
聖都の高度が下がり始める。
ガガガ、と激しい金属音が響き、ライラが操る蒸気機関が咆哮を上げた。
黒い煙が、光の影に吸い込まれていく。
それは汚染ではなく、明確な「意図」を持ったエネルギーの納付だった。
【……承認。……新規契約ヲ、締結スル】。
光の影が、私の黄金の印章を飲み込み、再び錆びた鉄の塊として私の手元に吐き出した。
その瞬間。
ドォォォォォン、という重低音と共に、世界に「重力」が帰還した。
浮き上がっていた瓦礫が地面に叩きつけられ、聖都の地盤が本来の場所へと着地する。
大気は安定し、人々の絶望の悲鳴が、安堵の沈黙へと変わった。
「……決算、完了です」
私は乱れた髪を整え、膝を突くライラの肩に手を置いた。
懐中時計は、ちょうど一時間を告げていた。
「やった……やったよ、ボス! 計算通り……いや、計算以上の出力だ!」
「お疲れ様。……ライラ、今回のオーバーワーク分の残業代は、ボーナスとして三倍にして支給します」
「……あはは、最高だよ。お姉さん」
夜明けの光が、聖都を照らし出す。
魔法という奇跡が消え去った後には、煤で汚れた蒸気機関と、自分たちの足で立つ人々の姿があった。
かつて私を追放したジュリアンは、今や王宮の一室で、膨大な「魔法なき後の復興予算」の計算に追われ、廃人のようになっているという。
聖女セラフィナも、もはや祈りだけでは腹が膨れないことを悟り、炊き出しの現場で「効率的な配膳」を学んでいるらしい。
彼らにはもう、私と戦うための「資本」すら残っていない。
「クロエ」
アラリックが、朝日に背を向けて私を見下ろした。
「これで、世界は貴様の帳簿の中に収まったわけだ。……次はどうする。このまま皇帝の椅子でも奪いに来るか?」
「奪うなど、不法占拠はいたしません。……ただ、陛下」
私は手帳の新しいページを開いた。
そこには、これまで描いてきた地図の、さらに外側――水平線の向こうにある『新大陸』の影が描かれている。
「大陸全土の重力を担保に、星の核から『新時代の運営権』を融資として引き出しました。……この返済には、現在の帝国の領土だけでは、資本が足りません。……これからは、海を越え、未開の資源を『買収』しに行く必要があります」
「ハハッ、大陸を統一したと思えば、次は世界そのものを買い叩きに行くか。……いいだろう。貴様の船に、俺も『共同経営者』として乗り込んでやる」
私は印章を握りしめた。
錆びた鉄の表面には、いまや新しい数字が刻まれている。
【次期プロジェクト:新大陸貿易の独占、およびグローバル決済網の確立】
【現在の睡眠不足:継続中】
愛だの、魔法だの。
そんな曖昧なもので世界を語るのは、もう終わりです。
これからは、私の数字が、私の実務が、世界の進むべき道を決定する。
私は、朝日に向かって一歩を踏み出した。
「さて……。移動時間中に、新造船のコスト見積もりを終わらせましょうか。ライラ、準備を」
「はいはい、ボス! 一生ついていくよ!」
私の物語は、まだ「中間決算」を終えたばかり。
本当の利益確定は、まだずっと先の話になりそうです。
第2部、ここに完結です。
魔法という「ファンタジーの甘え」を清算し、星さえも契約のテーブルに引き摺り下ろしたクロエ。
「実務で世界を救う」という約束を、これ以上ないスケールで果たしたのではないでしょうか。
15話までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
クロエとライラのコンビ、そしてアラリックとの「愛を超えた共犯関係」は、いよいよ大陸の外――第3部『大航海・グローバル経済戦争編』へと漕ぎ出します。
かつての敵たちが、彼女の作り上げた「実務の地獄」で汗を流す様も、時折お届けできればと思います。
「クロエの次の仕事が見たい!」「新大陸をどう買い叩くのか気になる!」
そう思っていただけましたら、最後にぜひ、評価【☆☆☆☆☆】という名の「最終決算」をお願いいたします。
皆様の応援が、彼女の新大陸への「出航資金」となります。
それでは、第3部の「始業時間」でお会いしましょう。




