第14話:『星の核との債務交渉 ――重力を担保に融資を引き出せ』
「……陛下、今すぐその場から離れてください。三、二、一」
私のカウントダウンと同時に、地下記録室の床が、まるで意思を持ったかのように「浮き上がった」。
正確には、重力が消失したのだ。
アラリックが瞬時に梁を掴んで宙を蹴り、私の腰を抱いて安定した足場へと着地する。
数秒後、浮き上がった瓦礫が再び床に激突し、凄まじい轟音を立てた。
「……何だ、今の現象は。教会の仕掛けた罠か?」
「いいえ、陛下。これは『督促状』です」
私は手の中で赤く脈打つ黄金の印章を見つめた。
網膜に映し出される数値は、もはやゴールドでも魔力でもない。
【事象維持コスト:不足】【システム・シャットダウン:三一四日後】。
「先ほど読み解いた帳簿の通りです。この世界を運営する『OS(星の核)』は、魔法という名のマナを配給する代わりに、世界の物理法則を一定に保つという『保守契約』を人類と結んでいました。……ですが、私が魔法(借金)を止めたことで、保守費用が未払いになった」
「……その結果、重力が不安定になったというのか。馬鹿げている」
「合理的ですよ。サービス料が払われないなら、サーバーを止める。当然の判断です。……ただ、それをやられると、私たちの生存という名の『事業』が継続できません」
私たちは記録室を脱出し、地上へと急いだ。
聖都の広場は、地獄絵図だった。
噴水の水が霧のように宙に舞い、巨大な石像が数センチ浮き上がっては地面を砕き、人々は空を掴んで叫んでいる。
「神罰だ! 魔法を奪ったから、神が世界を見捨てたんだ!」
絶望の声を上げる人々の中に、元聖女、セラフィナの姿があった。
彼女は機能停止した大聖堂の前で、血が出るほど手を組み、涙を流して天に叫んでいる。
「神様……お願いです、どうかお怒りを鎮めてください! どんな犠牲でも払います、ですから世界を、重力を返してください!」
私は彼女の横を通り過ぎようとして、足を止めた。
「セラフィナ様。その『祈り』の変換効率は、現時点で〇・〇〇〇一%以下です。コストの無駄ですので、今すぐおやめなさい」
「クロエ様……! 貴方は、こんな時まで数字を……! 世界が終わろうとしているのですよ!?」
「終わらせません。……ライラ! 例のブツは!?」
背後から、蒸気機関の試作車を駆るライラが突っ込んできた。
車体には、帝立銀行の金庫から持ち出した大量の『鉛』と、超強力な『電磁コイル』が積み込まれている。
「持ってきたよ、ボス! 計算通り、このコイルに蒸気機関の出力を全振りすれば、一時的に『擬似重力(磁場)』を発生させられるはず!」
「やってください。範囲は半径五〇メートル。……パニックを鎮めるのが最優先です」
ライラがレバーを引く。
ゴオオオ、という重低音と共に、コイルから見えない力が放射された。
浮き上がっていた瓦礫がピタリと地面に張り付き、空を泳いでいた人々が次々と地面に着地する。
静寂。
人々は呆然と、蒸気機関から上がる黒い煙と、それによって「重力」を制御してみせた私を見つめた。
「……神ではない、物理です」
私はセラフィナに冷たく告げた。
「祈りで世界が救えないなら、私がシステムをハッキングしてでも維持します。……ライラ、この『重力アンカー』を帝都の要所に配置。全予算をここに投入なさい」
「了解! ……でも、お姉さん、これじゃ『延命』にしかならないよ? 根本的な『支払い(マナ)』をどうにかしないと……」
「ええ。ですから、これから『債権者』と直接交渉します」
私は黄金の印章を掲げた。
赤く光るその輝きが、今度は地下ではなく「空」に向かって太い光の柱を放った。
光の先――雲が割れ、そこから「巨大な眼」のような光の渦が現れる。
それは人類がかつて神と呼んだものの正体、星の意思(システム・端末)。
「……陛下、通訳をお願いしてもよろしいですか?」
アラリックが不敵に笑い、剣を抜いて私の前に立った。
「通訳だと? 俺の言葉が、あの化け物に届くと思うか?」
「いえ、陛下の威圧感が必要です。……これから行うのは、お願いではなく、対等な『リスケジュール(返済計画の変更)』ですから」
光の渦から、電子音のような、あるいはクジラの歌のような声が響く。
【マナ供給:停止】【債務履行:不可】【地球環境:初期化を開始】。
「……させません。星の意思よ」
私は懐から、一冊の新しい帳簿を取り出した。
それはこの数日間、不眠不休で書き上げた『新・世界開発計画書』。
「貴方が求めている『マナ』は、いわば生命の活動エネルギーです。……魔法という非効率な方法で徴収するから、世界の寿命が削れる。……なら、提案です。魔法の代わりに、私たちが生み出す『熱エネルギー(蒸気)』と『情報の整理(秩序)』を、貴方へ直接納付します。……いわば、生命の活動そのものを、新しい『通貨』として認めていただきたい」
光の渦が、一瞬、激しく明滅した。
【非合理的提案】【前例ナシ】。
「前例がないなら、今ここで作りなさい。……断れば、私はこの大陸の全資源を道連れに『自己破産』します。貴方にとっても、この惑星の生命系という資産をすべて失うのは、莫大な損失のはずですが?」
……沈黙。
星そのものが、私の「脅迫」を計算している。
その時、光の中から一人の「影」が現れた。
透き通るような肌。光り輝く瞳。
それは、失われたはずの「古代の銀行家」の姿をした、星の端末。
「……面白い。生命が、星の寿命を担保にせず、自らの『文明』を担保に融資を求めてくるとは」
その端末が口を開いた。
声は、かつて私を捨てた王国の父でも、愛を説いた聖女でもなく、最も信頼できる「監査官」の響きを持っていた。
「クロエ・フォン・アインツベルン。……貴女の提示する『返済計画』。その第一回の支払いが一時間以内に完了しなければ、この大陸の重力を完全にゼロにします」
「……一時間、ですか。十分あればお釣りが来ますよ」
私はライラを見た。
彼女はすでに、巨大な蒸気タービンを「星の意思」へ接続する準備を整えていた。
不眠症。
しかし、私のペンは、ついに星の運命すらも、帳簿の右側(貸方)に書き込もうとしていました。
クロエ、ついに「星」を相手に恐喝……いえ、交渉を開始しました!
魔法が消えた後の物理的な混乱を「蒸気」で無理やりねじ伏せるカタルシス。
そして「魔法の代わりに文明のエネルギーを払う」という、とんでもないリスケジュールの提案。
星の端末が現れ、突きつけられた「一時間の猶予」。
果たしてクロエは、魔法なき世界で「星を納得させるだけの対価」をどう生み出すのか?
第2部もいよいよ最終決戦へ。
次回、第15話。
『一時間の決算 ――大陸全土を担保に文明の利子を支払え』
クロエの「実務」が、星の命運を決めます。
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