第13話:『聖都バチカンのデフォルト ――神の代理人が土下座する日』
「……それで。その金貨の山を、私にどうしろと?」
帝立銀行の応接室。私の前には、聖都バチカンから派遣された特使、枢機卿リシュリューが座っていた。
彼の足元には、豪奢な革袋に詰め込まれた『聖教金貨』が山積みになっている。かつては大陸全土を支配した輝き。だが今の私には、精錬コストのかかる「ただの重い金属」にしか見えない。
「クロエ様……どうか、慈悲を。この金貨三〇万枚を、貴女の発行した『石炭預かり証』に替えていただきたい。今、聖都ではパン一つ買うのにも、この金貨が拒否されているのです」
リシュリューの声は震えていた。
聖都バチカン。そこは魔法が消えてもなお、膨大な金貨を積み上げることで権威を保とうとしていた。だが、私が「石炭(実物資源)」を担保にした新通貨を流通させた瞬間、その「裏付けのない金属」は市場から見捨てられたのだ。
「慈悲、ですか。……残念ながら、私の帳簿にその科目は存在しません。リシュリュー様、貴方が持ってきたその金貨。市場での現在価値をご存知ですか?」
「……一〇、一〇枚でパン一つ……くらいでしょうか」
「いいえ。昨日の夕方の時点で、パン一〇個に対して金貨一〇〇枚でも取引が成立していません。……つまり、この金貨は『不燃物』です。場所を取るだけの不良資産。それを帝国が引き取る理由がどこにありますか?」
私は冷たく言い放ち、手元の書類に目を落とした。
「【聖教会の現状分析】
一、保有資産の流動性枯渇。
二、魔法消失による『奇跡の供給』停止。
三、帝国通貨の浸透による、信徒からの寄付金(収益)の激減。
結論:貴方たちの組織は、法的に『倒産』しています」
「……っ! 神の家が倒産などと、不敬な!」
「不敬かどうかはマーケットが決めることです。……さて、リシュリュー様。救済の道がないわけではありません。……ただし、私が提示する『構造調整プログラム(SAP)』をすべて受け入れていただきます」
私は、あらかじめ用意していた一束の契約書をテーブルに叩きつけた。
「一、聖教会が保有する全領地の徴税権を帝国へ譲渡すること。
二、教会の地下にある『禁忌の記録室』の全開示、および帝国財務局による査察の受け入れ。
三、そして……聖教会のトップである教皇閣下による、公式な『経済的敗北宣言』の発表です」
リシュリューの顔が土色を通り越して真っ白になる。
それは、教会の数千年の歴史を終わらせる死刑宣告に等しい。
「そんな……そんなことが許されるはずがない……! 信徒たちが黙ってはいないぞ!」
「信徒たちは今、神の言葉よりも『明日の石炭』を求めていますよ。……陛下、いかがですか?」
部屋の隅で腕を組んでいたアラリックが、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
彼はリシュリューの目の前で、石炭預かり証を一枚、ひらつかせた。
「……リシュリュー。貴様らの神は、腹を空かせた子供にパンを与えられるか? できまい。……だが、クロエが書くこの『紙切れ』は、子供を救い、冬を越させる。……どっちが『神』に近いか、三秒で考えろ」
アラリックの威圧感に、枢機卿は椅子から転げ落ち、そのまま床に額を擦り付けた。
「……受け、入れます。……すべては、教会の存続のため。……クロエ様、どうか……救済のサインを」
「賢明な判断です。……ライラ、清算の手続きを」
「了解、ボス! ……あ、枢機卿さん。その金貨の袋、重そうだから預かってあげるね。後で溶かして『蒸気機関の部品』にするから、有効活用してあげるよ。……神様も喜ぶでしょ?」
ライラの容赦ない追撃が、教会の誇りを粉々に砕く。
私はサインを終えた書類を回収し、立ち上がった。
「清算完了です。……これより、聖教会は帝国の『非営利下請け組織』として再編されます。……さあ、陛下。約束通り、『禁忌の記録室』へ行きましょう。……そこにあるはずの、『世界の負債』の最終明細を確認するために」
私たちは、呆然と座り込む枢機卿を残し、教会の地下最深部へと降りていった。
魔法が消えたことで、かつての「聖なる封印」はただの物理的な扉に成り下がっている。
私は黄金の印章を、その扉の鍵穴に差し込んだ。
カチリ、という重い音が響き、扉が開く。
そこにあったのは、金貨でも、魔導具でもなかった。
部屋全体を埋め尽くす、膨大な「血の付いた帳簿」。
私はその一番古い、千年前の記述に目を通した。
「……これは……」
私の手が、初めてわずかに震えた。
そこに記されていたのは、魔法の代償としての寿命の借金だけではなかった。
「【借入先:星の核】……【返済期限:魔力消失後、一年】。……陛下、大変です」
「どうした、クロエ。貴様がそんな顔をするとは」
「魔法を止めたことで、借金(魔力)の利息は止まりました。……ですが、私たちが踏み倒した『元本』。その強制回収が、あと数ヶ月で始まります。……回収されるのは、この大陸の『重力』そのものです」
暗闇の中、私の印章が不気味な赤い光を放ち始めた。
どうやら、私の仕事はまだ終わらせてもらえないらしい。
不眠症は、ついに末期症状に達しそうでした。
ですが、私の脳内ではすでに、「星の核」との直接交渉に必要な『返済計画』の策定が始まっていました。
クロエ、ついに聖教会を完全支配!
「教会の倒産」という、既存のファンタジーでは考えられない実務的結末。
かつて自分を追放した勢力を、剣ではなく「帳簿」で屈服させる姿は、第2部のハイライトと言えるでしょう。
しかし、明らかになった衝撃の事実。
魔法(借金)を踏み倒した代償は、大陸の「重力」という名の物理的な強制執行でした。
神の次は、星そのものがクロエの「交渉相手」になるのか……?
物語はいよいよ、スケールを世界の外側へと広げていきます。
次回、第14話。
『星の核との債務交渉 ――重力を担保に融資を引き出せ』
クロエの「実務」は、ついに天体規模へ。
「この展開、想像の斜め上すぎる!」と感じた皆様。
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