第11話:『宗教法人の強制査察 ――神の慈悲は非課税ではありません』
「……ライラ、監査官の腕章を。斜めになっていますよ。プロの仕事は身なりから始まります」
「了解、ボス。……でも、本当にやるの? 相手は聖教会だよ。破門されたら、帝国の国民も黙ってないんじゃ……」
炭鉱から戻ったその足で、私は帝都の一等地にある聖教会バレンシア支部の巨大な門の前に立っていた。
背後には、アラリックが用意した憲兵隊と、そして数名のベテラン税務官たちが控えている。
「破門? 結構ですね。宗教的制裁が私の帳簿を書き換えることはありません。……むしろ、破門された瞬間に、私に対する『聖教会への寄付義務』という負債が消滅する。私にとっては、これ以上ない債務免除です」
「……お姉さん、やっぱり時々、人間じゃないみたい」
ライラが呆れたように溜息をつく。
私は無視して、銀の杖で門を叩いた。
重厚な扉が開くと、そこには白銀の法衣を纏った司教、ボニファティウスが立っていた。
彼は私と憲兵隊を一瞥し、不快げに鼻を鳴らす。
「何の真似だ。ここは神の家だ。世俗の剣が立ち入る場所ではない」
「剣を立ち入らせるつもりはありません。……お通しください、ボニファティウス司教。本日は、帝立銀行および帝国財務局による『特別監査』に伺いました」
私は、アラリックの認印が押された「強制査察命令書」を突きつけた。
「監査だと!? 聖教会は建国以来、あらゆる税を免除されている。これは神との契約だ!」
「その『契約』には、『慈善事業および信仰の維持に供する場合に限る』という付帯条項があったはずです。……ですが、ボニファティウス様。貴方の支部から、反乱貴族の私兵団へ流れた二千万ゴールドの金貨……。あれは一体、どのような『慈善』の結果なのでしょうか?」
司教の顔が、一瞬で土色に変わる。
だが、彼はすぐに傲慢な態度を取り戻した。
「……出鱈目を。あれは迷える羊たちへの救済金だ。使途を問われる筋合いはない」
「【使途不明金】。……私の帳簿で最も嫌いな単語です。……ライラ、始めてください」
「はい、ボス! 全資料室、および地下金庫の封印解除(物理)を開始します!」
ライラが合図を送ると、憲兵たちが扉を押し通る。
聖職者たちが悲鳴を上げ、神罰を叫ぶ中、私は悠然とロビーの中央に立った。
魔法が消えた後の世界。
人々は不安を埋めるために、より一層教会へと縋り、寄付を募っている。
だが、私の視界に入るこの大理石の床、金色の装飾……それらはすべて、民の不安を換金した『不当利得』だ。
一時間後。
ライラが地下から一冊の、厚みのある黒い帳簿を持って戻ってきた。
「ボス、あったよ! これ、表向きの寄付金台帳とは別に、暗号で書かれた『真実』の帳簿だ」
「……見事です。ライラ、暗号のパターンは?」
「魔法式暗号だけど、魔力が切れてるから、単なる置換式に劣化してる。……私の計算なら、三〇秒で解けるよ」
ライラが鉛筆を走らせる。
その間、ボニファティウス司教は震える声で呪詛を吐き続けていた。
「貴様……後悔するぞ! 教会を敵に回せば、帝国の物流は止まる! 聖都バチカンが、帝国の全商人に対して『取引停止』を命じるだろう。そうなれば、石炭も鉄も、ただのゴミになる!」
「……ああ、なるほど。市場独占による価格操作、および取引拒絶の脅迫。……独占禁止法違反の疑いも追加ですね」
私は手帳にさらさらと書き込んだ。
ライラが顔を上げる。
「解けた! お姉さん……これ、ひどいよ。反乱貴族だけじゃない。隣国の軍需産業、果ては海賊団にまで『融資』してる。しかも、担保は……『将来の免罪符の独占販売権』だって。……そんなの、ただの詐欺じゃない」
「『未来の価値の先食い』。……魔法が負債であったことと、全く同じ構造ですね。……ボニファティウス様、清算の時間です」
私は懐から、黄金色に輝き始めた『印章』を取り出した。
印章は、教会の奥にある隠し金庫に向かって、明確な意志を持って熱を放っている。
「この支部にある全資産、および不透明な送金履歴に関わる全口座を、帝国財務局の管理下に置きます。……ライラ、即座に『差し押さえ通知』を各金融機関へ。一銅貨の流出も許してはいけません」
「了解、ボス! ……あ、司教様、顔色が悪いですよ? 神様にお祈りしますか? あ、でも、お祈りは非課税だけど、その豪華な法衣は、今日から帝国の『差し押さえ資産(レンタル品)』になるから、気を付けてね」
ライラの毒舌が冴えわたる。
憲兵たちによって引きずられていく司教を横目に、私は大聖堂の奥へと進んだ。
そこには、第1部で見た「天界銀行」の金庫とは別の、しかし同種の『歪み』があった。
(……やはり、そうですか)
魔法が消えても、人々の「欲望」という名の負債は消えていない。
聖教会は、魔法に代わる新しい『支配の手段』として、経済の心臓部を握ろうとしている。
私は、冷え切った空気を吸い込み、アラリックに視線を送った。
彼は聖像の前で、不敵な笑みを浮かべていた。
「……クロエ、これで教会との全面戦争だな」
「ええ。ですが、彼らが繰り出すのは奇跡ではなく、経済封鎖です。……陛下、準備はいいですか? これから一週間、帝国の物価は二倍に跳ね上がります。それを私が、帳簿の操作だけで三日で沈静化させてみせます。……それが、私の『宣戦布告』です」
「ハハッ、全財産を賭けて、貴様に投資してやる」
私は錆びた印章を握りしめ、手帳に次なるタスクを刻んだ。
【次期タスク:聖都バチカンによる経済制裁への対抗策立案。および、帝国独自の『新決済ネットワーク』の構築】
神の慈悲など、一ゴールドの価値もない。
私が民に与えるのは、正確な「価格」と、安定した「生活」だけです。
不眠症は、加速する。
だが、私のペンは、かつてないほど滑らかに動いていた。
クロエ、ついに「聖域」に強制査察!
宗教の権威を「独占禁止法違反」や「粉飾決算」としてぶった斬る姿は、まさに実務系令嬢の極地ですね。
ライラも毒舌事務官としてメキメキと頭角を現しています。
しかし、聖教会側も黙ってはいません。
全世界的な「取引停止」という、文字通りの経済戦争が幕を開けました。
魔法が消えた世界で、クロエはどうやって「独自の経済圏」を構築するのか?
次回、第12話。
『聖都の封鎖を突き破れ ――帝国通貨「クロエ」の発行宣言』
ついに彼女の名前を冠した「通貨」が生まれるのか!?
「このスピード感、たまらない!」と感じた投資家の皆様。
ぜひブックマークと評価【☆☆☆☆☆】で、クロエの「新決済システム」への出資をお願いいたします!




