翡翠さん、分身たちの指令としてホテルに留まるだけだけど、女神は大奮闘
試練ちゃん、なんだか実務家として超優秀という意外なキャラを見せています。
ロンドンのシティーに転移した女神は、ハイデラバード藩王の寵姫という触れ込みでダイヤモンドを換金すべく、まずは宝石商ガラードを訪問した。ハイデラバード藩王はインドのダイヤモンド鉱山を所有する大富豪である。寵妃は数知れなかったので、偽装にはもってこいだった。ガラード&Coは王室御用達の宝石商で格式が高い。ここを突破できれば、現金だけではなく信用も得られる。
「こんにちは。こんななりをしているけれどインド人ではないのよ。血筋は東欧からペルシャにかけて混血しているのでどんな人種かはもうわからないけど、そんなこと、ビジネスには関係ないわね。きょうはインドのゴルコンダのダイヤを持ってきたの。ヨーロッパでしばらく遊び暮らしたいと言ったら藩王がくれたのよ。鑑定してもらえるかしら?」
「ようこそいらっしゃいました、マダム。当店をお選びいただきありがとうございます。さっそく鑑定に入らせていただきます。」
「さて、あのダーリン、どんなダイヤを私にくれたのか楽しみだわ。」
「マダム、これは...!魔性の輝きと言っても過言ではありません。さすがゴルコンダのダイヤ、一点の曇りもない。紛れもない一級品です。」
「そう?全部で10個あるわ。おいくらで引き取ってもらえるかしら?」
「5000ポンドに相当するでしょう。残念ながら、マダム、そんな金額は現金では支払えません。」
「かまわないわ。ポンド建ての信用証書を出してちょうだい。それから鑑定証明書と売却譲渡証もお願い。またどこかで売りに出すときに商談がスムーズになるわ。」
「わかりました。今後ともよろしくお願いいたします。」
「5000ポンドか。12万フランに相当するわね。それじゃあ銀行家にもお目通りしておきますか。」
ガラードでの「信用」という最高級の通行証を手にした女神は、その足でシティの心臓部、ニュー・コートに鎮座するN・M・ロスチャイルド&サンズへ向かった。ロンドンの金融界を取り仕切る黒幕の銀行家である。
「ダイヤモンドの取引、お願いできるかしら?さきほどガラードにも少し売ってきたわ。まだ残っているので、こちらで引き取ってもらえると、今後の信用に箔が付くと思って。」
「ハイデラバード藩王様のお身内の方ですか。ぜひ鑑定させてください。」
「もうあまり残ってないのよ。これだけ。」
「5カラットが5個、10カラットが3個ですね。素晴らしい品質だ。3000ポンドでいかがでしょう?」
「良いわよ、それで。現金?それとも為替?」
「銀行なのでどちらでも。」
「なら為替にしておくわ。現金は重いもの。」
「了解しました。すぐにご用意します。」
換金を終えた女神は、こんな目立つ格好とキャラ設定でロンドンに長居するわけにはいかないので、再び前金を支払って投宿し、ホテルの部屋から安全に転移して翡翠の元に戻ってきた。
「ただいま、翡翠。ロンドンで192000フランを換金してきた。これで現在の手持ちは312000フランだ。とりあえずマルグリットの借金を返そう。」
「それが良いですね。私が分身を制限いっぱいの5体召喚して、パリでフランの現金に換えてきます。それだけの金額、一度に替えると怪しまれますから。」
「いや、5体に分割しても1人6万フランだ。目立ちすぎる。15万フランをここに残して両替させ、残りの16万フランは私がジュネーブに持って行ってフランに替えよう。そしてそこに口座を作って置いてこよう。」
「そうしていただけますか?転移すれば数時間で片付きますから。」
「私はこういう細々しいことは苦手なんだが、人間の汚い金を動かすには最新の注意が必要だからな。」
「あ、そうだ、女神様。ジュネーブに行くのなら、拠点をひとつお願いします。マリグリットをこのままパリに置いておくわけにはいかないので、スイスに拠点が欲しいのです。住所がないといろいろ不便ですし。」
「わかった。瀟洒な屋敷を借りておこう。」
そのころ、ヴァリエテ座の桟敷席に分身壱が潜入していた。見慣れない顔だが、誰かの愛妾か、あるいは愛妾になろうと近づいて来た娘と思って誰も気にしない。プリュダンスとは店で買い物をしたので、もう顔見知りだった。名前は適当にセリーズと名乗った。
「あら、セリーズ、1人でこんなところに来るなんて珍しいわね。狩りに来たのかしら?」
「いいえ、プリュダンスの春を見届けに来たんですよ。」
「え?」
「ほら、来た!」
分身壱の視線の先にG伯爵がいた。伯爵とプリュダンスの視線が交差する瞬間に分身壱は無音の高速詠唱でアフロディジアークムの術式を発動した。交差した視線が甘く溶ける。もう欲望は抑えられない。G伯爵とプリュダンスは手をつないで桟敷席を後にした。
マルグリットは不機嫌だった。それなりの上客で金払いも良かったG伯爵が、こともあろうに隣人のプリュダンスと恋仲になるとは。それも衆人環視の桟敷席から、あきらかに興奮した状態で手をつないで立ち去ったとは。G伯爵への未練はないが、プライドが折れた。そして、そんな噂を聞きつけたのか、あのN伯爵が尋ねてきた。愚鈍な男だ。会話が続かない。こんな気分のときに会う気になんかなれない。部屋へは入れずに入り口で撃退した。言わなくても良いような嫌みを散々言って追い返した。N伯爵は肩をうなだれて立ち去った。アパルトマンから出てきたN伯爵に、軽快なカブリオレに乗った分身弐が声をかけた。
「ムッシュー、なんか元気がないわね。私、これから可愛い子とお食事する予定なんだけど、一緒に来てご馳走してくれないかしら?女からの誘いを断るなんて無粋なことはしないわよね?」
そのころ女神はジュネーブのプライベート・バンクを訪れていた。ここに口座を開き、16万フランを預け入れるためである。女神は法務的な実務家として登場した。依頼主を明かせない資金を運用する全権代理人である。
「16万フランも預けていただけるのですか?で、口座名義人は?」
「マルグリット・ゴーティエ。パリの社交界の事情に通じている方ならその名に見覚えがあるでしょう。有名人ですからね。もちろん本名ではありませんよ。言ってみればブランド名。ブランド名で口座が作れないということは...ありませんよね?」
「はい、問題ありません。」
「彼女は虚栄と奢侈と喧噪の世界から逃れて第2の人生を歩むためにこの口座を開設するのです。その意思を尊重していただきたい。」
「もちろんです。」
「では、必要書類をいただいたらおいとまします。あ、そうそう。信用できる不動産屋と弁護士を紹介していただけますか?これからしばしばジュネーブを訪れることになるので。」
瀟洒な屋敷を借り上げ、弁護士に後見人を依頼したあと、女神はパリへ戻った。
「どうでした、ジュネーブ?」
「万事OKよ。そっちは?」
「2人の伯爵は新しい恋人にメロメロです。プリュダンスは降って湧いた若い裕福な愛人に大満足ですね。目が覚めると鼻歌を口ずさんでいますよ。」
「そう?なんだか微笑ましいわね。いつまで続くかわからないけど。」
「せいぜい1週間ですけどね、術の効果は。」
「じゃあ、今夜、私が女神様としてマルグリットの枕元に降臨しよう。」
「できるだけ地を出さずに神々しくお願いしますね。」
次回で収束させられると思います。最後の難関になる老侯爵、意外な人物が手助けしてくれる予定です。




