翡翠さん、冥府の入り口でオデュッセウスに説教、でも調整程度
試練ちゃんはSoraでもっと大変なことをしでかします。それは次回の冒頭で糾弾されることになるでしょう。
「おい、女神、おまえ、さんざん好き勝手してきたようだな?」
「は?何のことだ?」
「とぼけるんじゃないよ。空の向こうで、いや空で、そうSoraでやりたい放題してきただろうが。」
「ん?ヘルハウンドを子犬にして、それから小鳥にして空に逃がしたことか?」
「それもあざといが、美の女神アフロディーテをデブ呼ばわりして泣かせただろうが。」
「ああ、あれは試練だ。私の使命だからな。美の女神を名乗るからには美の象徴だ。象徴というのは、美という定義しにくいものを具現化した形で示すものだ。それが脂肪の塊では役割を全うできない。泣いて奮起し...」
「黙れ!もともとないに等しいおまえの好感度はあれで爆下がりだ。」
「かまへんよ。うちアイドルやのうてアーティストやから客にこびたりせえへん。」
「変なキャラ変でごまかすな。そして極めつきは、アテナへのなぞかけ勝負だ。アテナが出したお題は“技”、さすが知略の女神、テクネーを出してきた。そしておまえは“質量”と解いた。その心は“どっちもないと満足できません“。おい、これはK野Bにインスパイアされた下ネタだよな。巧妙にガイドライン規制をすり抜けて、結局は”テクとサイズの両方が必要“と言ってるじゃないか。アテナは最後まで言わせず目からビームで阻止していたが。」
「知略の女神に知略で勝利した。私の完全勝利だ。知略の女神のくせに逆上して目からビームを出した時点であいつの負けだ。」
「おまえは痛い目を見るという経験が得られない存在だからそんなふうに育ってしまったんだな。孤独な女神よ。」
「は?何だその哀れむ視線は?ぼっちみたいに言うな。友だち百人いるわ。」
「はいはい。まあおまえなら冥府に行っても寂しくなさそうだな。」
「おう、ペルセポネーをいじって泣かせて楽しい日々だ。」
「われらがオデュッセウスはそうもいかないようだ。冥府の入り口ですでに苦労している。」
「キルケの館で飲んで食ってエッチしてすっかりふやけてしまったから、リハビリにはちょうど良い刺激だろう。」
「そう思わせるように語ってはいるが、あいつはずるいからな、語り口に欺されてはいかんぞ。」
「ほう、実はあまり苦労していないと?」
「ああ、やつの部下たちが現場作業員で生理的に不快な思いをし、やつは現場監督として後方から観察している。いちおう剣を抜いて何かあったら対処するという建前にしているがな。」
「なるほど、あいつのいつもやり口だな。現場監督か....」
「何をしている?」
「土木建築系の企業が女性を登用している風を装って会社の好感度を上げるイメージ戦略CMに出るお姉さんのコスプレ。」
「設定が細かすぎて伝わらんわ!」
冥界の入り口となる場所に到着したオデュッセウスは部下に命じて穴を掘らせ、そこで犠牲の羊の喉を搔き切り血を注ぐためだ。その作業の最中に切りの中から神出鬼没の翡翠が現れて、オデュッセウスに語りかけた。
「これからここで冥府とつながる儀式を執り行うのですね?」
「はい、キルケの教えに従って、オルフェウスやヘラクレスのように冥府に直接赴くのではなく、境界線上に餌を置いて亡者をおびき寄せ、必要な情報だけを得ます。そうすればケルベロスに襲われることもなく、冥府に囚われる心配もありませんから。」
「ならば穴掘りや犠牲の処置を部下に任せず、自ら率先して現場で手を汚しなさい。口では仲間と言いつつ、あなたはいつも彼らをコマ扱いして自分は安全な場所にいる。神々はそういう細かな行動も見ています。傲慢に見えるのではないかと心配になりませんか?」
「私はここで剣を抜き、集まってくる亡者たちを牽制しつつテイレシアスが無事にここにたどり着くのを見定めなければなりません。兵が前線に出て将が背後で指揮を執る。古来からの合理的な役割分担です。」
「そう、その結果、兵は死に将は生き残る。これも古来から受け継がれてきた残酷な役割分担です。そして兵は名もなき骸となり、やがてここにも集まってくるでしょう。将はどうか?神々の判断で悲劇の担い手となります。彼らが合理的で当然と思う行動がヒュブリスと断じられることもあるからです。ここの結果は私が守ります。あなたは兵とともにその手を血と泥で汚しなさい。」
「わかりました、アテナの巫女よ。私も兵とともに働きましょう。この場は託しました。」
オデュッセウスが兵とともに血と泥にまみれて儀式を執り行うと、穴に溜まった血の臭いに誘われて数多くの亡者たちが周辺の霧の中から集まってきた。翡翠は御幣を出して印を切り、軽微な結界を展開した。あまり強いと目的とするテイレシアスまではじいてしまう。そのとき霧の中からオデュッセウスの名を呼ぶ声が聞こえた。
「おお、知略に秀でたオデュッセウス様。お目にかかれてうれしゅうございます。」
「なんと、こちらに出立する前に酒に酔って屋根から落ちて落命したエルペノルではないか。」
「はい、深酒のせいでこんな場所に飛ばされてしまいました。」
「なぜ冥界の外にいる?」
「埋葬してもらえなかったからです。」
「そういえばそうだった。すまなかったな。先を急いでいたのだ。」
「冥府での用事が済んだら埋葬していただけますか?冥府の前でうろちょろするのはどうにも中途半端で居心地が悪いんです。これって幽霊なんですかね?幽霊は大嫌いなのに、まさか自分が幽霊になるとは。」
「わかった。必ず祈りを捧げて遺体を火葬して墓も作ろう。おまえが漕いでいた櫓を立てて名前を刻もう。」
「ありがとうございます。そうしていただけると本当にありがたい。死んでみて初めて気がついたんですが、死者にとって何より辛いのは忘れ去られてしまうことなんです。墓に名前が刻まれていれば、何世代にもわたって語り継がれるでしょう。そうだ、名前の下に死因と警告も書き添えてください。笑い話として有名になれば、もっと長く記憶に残るかも知れません。」
「ああ、楽しみに待つように。」
エルペノルはまだ喋り続けていたがオデュッセウスは話を切り上げて周囲を警戒した。するとオデュッセウスの前に亡き母アンティクレイアが現れた。
「母上!」
母の亡霊は生け贄の血を飲もうとしたが、オデュッセウスは剣でそれを制した。いかに母とてもテイレシアスの前に血を与えるわけにはいかない。オデュッセウスは黙ってその場で待つように顎で示した。そこにテイレシアスがやって来た。
「ラエテルテスの息子、知略に長けたオデュッセウスではないか。なぜこのような場所にいる。ここは生者が来るところではないぞ。」
「比類なき予言者テイレシアス様の預言を聞きに来ました。」
「わしも亡者なので捧げ物の血を啜らなければ話はできん。」
「どうぞ、これへ。まだ他のどの亡者も口をつけてはおりません。」
「ふむ、いただこうか....さて、あなたは海の神ポセイドンの怒りを買った。息子のポリュペモスの目を抉ったからな。そのため航海は艱難辛苦を極めた。そしてこれからもそれは続く。最後の試練は太陽神ヘリオスの島だ。そこで飢えた仲間たちの前に神の聖なる牛が現れる。これを殺して食べれば仲間は全滅し船も失う、オデュッセウスは他国の船で帰ることになる。そして故郷イタカでは、愛妻ペネロペーを奪うことで王位を簒奪しようと100人以上の求婚者が館を占拠している。どうするか?戦い以外の選択肢はないだろう。最後はポセイドンの怒りから逃れるための旅をしなければならない。それでようやく穏やかな老死を迎える準備ができる。預言はこんなところじゃ。よろしいか?」
「はい、ありがとうございます。肝に銘じます。」
テイレシアスが去ったあと、オデュッセウスは血の池の縁に座る母に声をかけた。
「さあ、母上、どうぞお召し上がりください。そして話を聞かせてください。」
「オデュッセウスよ、会えてうれしい...が、生きているうちに会いたかった。」
「家のため、家名のために長い戦いに身を投じてしまい、母上の死に目にも会えませんでした。心が痛みます。」
「オデュッセウスよ、私がなぜ死んだかわかるか?」
「お病気だったのかと。」
「いや、違う。私はおまえを待ちわびて死んだのだ。最愛の息子に会いたい気持ちが満たされなかったので死んだのだ。おまえは名声を追い求め、母はそんな息子を待ちわびた。私の名はアンティクレイア、クレイオスの対極にいる女だ。名声はいらない。愛する息子と静かな日常を共に生きたかった。」
「父上は、ラエルテスは生きておいでですか?」
「あの人は息をしているよ。館を出て荒野の小屋で数名の召使いと隠遁生活をしている。寝所もなく、召使いたちと床に寝ている。口を開けば召される日はまだかと願い続けている。もう息子に会えないのだから生きていても仕方がないと死ねないまま絶望し続けている。」
オデュッセウスは胸を痛め、せめて母を抱きしめて労ってやろうとしたが、霊体に触れることはできず、オデュッセウスの手は空をすり抜けるだけだった。母は悲しげに言った。
「これが死の世界の虚しさです。このことを妻のペーネロペーに話して聞かせなさい。」
母の亡霊は弱々しくそう言い残し消えて行った。そしてその間にも犠牲獣の血を求める亡者たちの列は長く伸びていた。どこかで見た顔もちらちら混じっていた。
冥界はさすがに長居したくないのに、1回では終わりませんでした。年内中にオデュッセイア介入編、終わるのかなあ?




