翡翠さんが結構強めにオデュッセウスを叱りますが効果はあるのでしょうか
港を出たときは600人、それが今では...
「やっちまったな、青水よ。」
「ああ、やっちまった。言い逃れできない大失態だ。」
「そもそもキクロプスの洞窟に行く意味はあったのか?」
「ないな。ただの無謀な好奇心だ。」
「怪物を見たかったと?」
「その通り。しかも、洞窟に到着したとき、部下たちはチーズと山羊をいただいてさっさとドロンしましょうぜと提案しているのにそれを断った。なぜか?自分の武勇伝にエピソードを加筆するためだ。俺はあのキクロプスからさえクセニア、すなわち客人としての厚遇を得たと吹聴したかった。」
「とんでもない英雄様だ。」
「その名誉欲のために部下が6人食い殺されたからな。」
「男はしょうもない生き物だ。」
「その通り。オデュッセウスは帰郷の船出のとき12隻の船団で部下が600人いた。それが最後には1人になる。自分以外の部下をすべて失った。言い逃れのできない愚将だ。そしてその話をいま、アルキノオス王に聞かせ、さらに船と部下を手に入れようとしている。これ、もし会社を潰した社長が新たな出資者から援助を引き出そうとする構図だったらどうだ?」
「とても手は貸せないな。また同じことをやらかすに決まっている。」
「そう、己の武勇伝のためにたくさんの部下を犠牲にする。」
「戦争ではだいたい兵が死に将が生き残る。」
「太平洋戦争もそうだったな。無理かな?いや根性で何とか、みたいなので兵隊さんがいっぱい死んだ。だんだん麻痺してくるよね、そういうの。」
「オデュッセウスはそんな失態の数々をよくもまあしゃあしゃあと武勇伝に仕立て上げて聴衆の喝采を勝ち取れたな。」
「まあ、それが英雄様のポジションなんだろ。」
「ナウシカアに助け出されるまでにどれだけの部下を失ったんだ?」
「イリオスを出港するとき、12隻の船と600人の部下だった。それが自分以外全滅した。」
「モブに人権はなしか。」
「キクロプスの島を脱出するまでは、まだ損傷というか損耗は警備だった。キコネス人との戦闘で各船から6人ずつ、計72人が戦死。キクロプスに6人が食べられ、戦死者は78人。だが...」
「次に大惨事が待ち受けているんだろ?語り手も軍勢が大人数だと面倒くさいからな。」
「うん、かなり雑に殲滅させられた。スパロボのマップ兵器みたいにな。」
「いや、おまえのたとえが雑。いちおう巨岩をぶつけられて個々に沈没なんだから。」
「そう、またもや巨人のライストリュゴネスにな。」
「ここでネタばらしをしたということは、物語ではスルーするつもりなんだな。」
「映画なら迫力あるスペクタクルだけど、物語じゃねえ。深掘りするのが面倒くさい。」
「入り江に停泊するオデュッセウスの船団に崖の上から巨岩を投げて沈没させ、逃げ惑う戦士たちを魚のようにモリで突き刺して回収する。なんか漁師が営む漁業みたいだな。」
「ああ、それゆえに不気味だ。」
「オデュッセウスは姑息にも入り江の外側に停泊してこの様を見ていたんだろ?またしてもだな。」
「ああ、またしてもだ。なのでこのイベントは簡単に触れるだけでスルーし、翡翠も絡めそうなキルケーの話に進む。」
「手の抜き方が巧妙になってきたな。では...」
「やらせないよ。」
「は?」
「いま隙を見てコスプレしようとしただろ。今回は諦めろ。」
「ちっ!」
オデュッセウス一行は当初の600人から46人に激減していた。事の発端はまたしてもつまらない部下たちの浅慮だった。一行は風の神アイオロスの島に到着し、トロイヤの戦いの話をして歓迎される。クセニアの宴の後、アイオロスは、途中で障害になりそうな風を封じ込めた袋をオデュッセウスに渡した。これによって文字通り順風満帆にイタカに帰り着く予定だった。しかし、イタカの灯りが見えるほど近づいたとき、オデュッセウスは油断してアイオロスにもらった袋を枕にして眠ってしまった。それを見た部下たちは、オデュッセウスが宝を独り占めするのではないかと疑心暗鬼に陥って、枕にした袋をそっと取り上げて中身を確認してしまった。嵐が沸き起こった。封じられていた風が解放されたからだ。船は目的地を直前にして遠くの海に流されてしまった。
流されたのはライストリュゴネスという巨人たちが住む島だった。オデュッセウスは入り江を見つけて船団を停泊させた。すると、入り江を囲む崖の上に巨人たちが集まり、船団めがけて巨岩を投げて来るではないか。
船団はおもちゃの小舟のように破壊され、戦士たちは海に投げ出された。すると、巨人たちは大きなモリで戦士たちを魚のように突き刺して回収し、漁師が大漁に喜ぶように帰って行った。残った船は入り江の外に止めていたオデュッセウスの船一隻だけ。残った人間はオデュッセウスを含めて46人である。オデュッセウスは部下たちが入り江の中に入ることを黙認した。だが自分だけは万が一に備えて入り江の外に船を止め、巨人たちの攻撃が始まったのを見るとすぐさま剣を抜いて係留索を切り、部下たちに命じて全速力での離脱を命じたのだった。入り江に入れば何らかの利得が期待できたのかも知れない。だがリスクも当然付随する。オデュッセウスは自らリスクを引き受けることはせず、転がり込んでくるかも知れない利得はちゃっかり手にするつもりだったのだろう。
大勢の仲間を失った船はしばらく大海原で失意の後悔を続け、とある島にたどり着いた。オデュッセウスは仲間を残して船を下り、神の加護を受けて一頭の大きな黒い鹿を屠り仲間の元へ戻った。そして、嘆いてばかりいても仕方がない。食べ物があるうちは食べて生き延びようと砂浜で宴を催した。そして、そこにどこから現れたのかわからない翡翠が現れ、オデュッセウスに声をかけた。
「こんばんは、オデュッセウス。ずいぶんと苦労しているようですね。仲間もこれしか残っていない。」
「おお、アテナの巫女イアスピア。相変わらず神出鬼没ですね。おっしゃるとおり、いつ滅んでもおかしくない状況です。」
「オデュッセウスよ、イリオスを出立してから現在までの間にさまざまな決断を下したと思います。その中でしくじったと自覚しているものはありますか?」
「部下の統率です。もう少しというところで奴らの浅慮が邪魔をして失敗してしまう。無能な部下はすべての勇将にとっての宿命なのでしょう。」
「自ら勇将と自称するその驕り、神々にヒュブリスとみなされなければ良いのですが。そもそもあなたは部下を信頼もしていなければ大切にも思っていませんね。損耗すれば補充できる使い捨てのコマだと思っている。」
「いや、私だって血の通った人間、部下が死すれば涙ながらに慟哭することもあります。」
「それはカタルシスによる健康術のようなものです。自律神経のメカニズムですね。交感神経が高まって慟哭の興奮に到達し、副交感神経のスイッチが入って安らぎを得る。ストレスを排出したわけです。どこまでも合理的な男ですね。あなたの罪は、船出とともに始まっていたのです。余計な戦いを仕掛けて部下を失い、余計な冒険心と好奇心に駆られてまた部下を失う。ライストリュゴネスとの一件も、どうせあなたの利己心が引き鉄になったのでしょう。いえ、その前に、イタカを目の前にして風の神アイオロスの袋を部下たちが開けてしまったのだって、あなたが部下を信頼して中身が何であるかを教えていなかったから、そしてあなたのこれまで振る舞いから部下たちがあなたの利己心を見抜いていたからではないのですか?」
「う、それは....」
「あなたのヒュブリスを決定づけたのは、ウータイス――どこにもいない――と名乗ってキクロプスをやり過ごしたのに、功名心に駈られて名乗りを上げてしまった。それがポセイドンの呪いを決定づけたのです。愚かです。さきほど勇将と自称した驕りがそこに現れています。さてオデュッセウスよ。これからもさまざまな試練があなたの前に現れるでしょう。神々の目に自分の行いがどう映るのか、よく考えて行動するのです。」
兵は死に将は生き残る。ドラキュラも言ってました。何度も出撃し何度も全滅し、そのたびに自分だけ生き残って戻ってきたと。まあ、そのころはおそらくもうアンデッドになっていたのでしょうが。




