翡翠さん、オデュッセウスに警告したのだが
お待たせしました。お待たせしすぎたかも知れません。ようやく冬期休暇に入りましたので、久しぶりに投稿できました。
「なあ、青水よ。ここまででオデュッセイアの第8歌までの話だよな。オデュッセウスはこのまま立派な船と屈強な船乗りたちによって故郷のイタカまで送り届けられるのか?オデュッセイアは全部で24の歌からなる叙事詩だが。」
「実際の時系列では、このまま船に乗り込んでイタカに帰る。だけどその前に、ここにたどり着くまでの長い艱難辛苦の物語がオデュッセウスによって語られるんだ。」
「ほう、自己語りか。そしておそらく武勇伝ときたものだ。いろいろ自分に都合良く盛ってきそうだな。」
「その通り。いわゆる信用できない語り手というやつだな。」
「つまり突っ込み待ちの一人ボケ漫談だな。読者、いや古代ギリシャでは聴衆か、要するに受容者は、“おい、そこマジか?”、“それってひどくね”という気持ちで聴く。」
「たいていの聴衆は突っ込みなど思いつかずにオデュッセウスの活躍に拍手喝采だろうよ。でも、心の中で突っ込みたくなる聴衆もいただろう。批評家マインドは古来から人間に備わっているからな。女神が言うとおり、結構いろいろひどいからな。翡翠さんも黙ってはいられないだろう。」
「ところで青水よ....そろそろ...」
「ん、何だ?遠慮しないで言ってみろ。」
「しばらくやってないので欲が溜まった。」
「お、女神の性欲か?残念ながら相手はしてやれんぞ。」
「アホか、性欲ちゃうわ。コスプレ欲だよ。ずっとやってない。これというのもおまえがちっとも話を進めず、更新が遅れに遅れているからだ。作家として最低だ、おまえは。」
「お、おう。返す言葉もござらん。」
「侍言葉で許されると思うなよ。口を開けろ!」
「え?...って、うわ、酸っぱ!」
「久々の試練の梅干しだ。良く噛みしめるんだな。」
「くっそ~、油断した。」
「はい、これ!」
「なんだ、ナーガか?」
「違うわ、竜姫だ。」
「ナーガにしか見えんな。下半身だけだと竜なのか大蛇なのかわかりにくい。」
「う、ドラゴン・プリンセスにすれば良かったか。」
「いや、おまえね、姫だのプリンセスだのってキャラじゃないだろ。女王やクイーンじゃないのか?」
「だってカワイイのが良いんだもん。」
「・・・・」
女神パラス・アテナは少し時を巻き戻し、イリオスを出立するオデュッセウスのもとに送った。戦勝に浮かれて鬨の声を上げる戦士たち。堅牢な船は船団を組んでいま出向しようとしていた。
「オデュッセウスよ、私はアテナ様の巫女イアスピアです。アテナ様の加護で知略を得て勝利したこと、ゆめ忘れてはなりません。」
「はい、帰国したら神殿を建て、毎週供物を捧げて感謝の祈りを捧げましょう。」
「まさか勝利が自らの知略によるものだと思ってはいないでしょうね?」
翡翠のこの言葉にオデュッセウスの眼窩がわずかに動いた。明らかに何らかの感情が動いた。」
「いえ、すべては神々の思し召しでございます。」
「そう、神々の、です。神々はあまた随所に存在しておられます。そのことをお忘れなきよう。」
オデュッセウスの船団は海を経てキコネス人の住む島イスマロスに着いた。ここは戦争でトロイヤ側の後背地、戦後処理で焼き討ちしても問題はなかろう。オデュッセウスは部下に命じた。
「殺戮と略奪を許可する。好きなだけ暴れてこい。ただしかし、短期決戦ですぐ帰還だ。良いな?」
部下たちは喜び勇んで殺戮と略奪の限りを尽くした。砂浜で略奪した家畜を屠って大宴会を始めた。さらってきた女たちは慰み者にされた。古代の戦につきものの風景である。酔いと放蕩の快楽に飲み込まれ、戦士たちは「すぐ帰還せよ」というオデュッセウスの命令を忘れた。そのため、しばらくすると隣の集落に住むキコネス人の大軍が山を越えて押し寄せてきた。熟練の騎馬部隊である。戦士たちは武器を手に取り迎え討とうとするが、多勢に無勢、しかも宴の最中だったため統率も取れず、次々に戦死者を出した。生き残った者たちはほうほうの体で船に乗り込み、イスマロスを脱出した。驕りが招いた悲劇の幕開けだった。驕り、すなわちヒュブリスはギリシャ悲劇を動かす動力である。たとえ自覚していなくても、人間の分をわきまえていないと判定されれば神の裁きが下る。
イスマロスを出たオデュッセウス一行はゼウスが操る強風によってしばらく海を彷徨ったあげく、ロートパゴイ族の国に流れ着いた。ロートパゴイ=蓮を食う者は、敵対行動を取るわけでもなく、これといった感情を表に出さずにオデュッセウス一行を向かい入れ、彼らが常食しているロートス(蓮)を提供してくれた。美味い。少し食べただけで満足できる。このとき、どこから現れたのかわからないが、翡翠がオデュッセウスに声をかけた。
「これを食べてはなりません。魂が空っぽになります。愛も憎しみも畏れも、すべて消えます。そうなってはもう人間とは呼べない。今すぐこの島を離れるのです。食べてしまった者たちは抵抗するでしょうが、拘束してでもこの島を離れるのです。さあ、早く!」
翡翠に促されてオデュッセウスは抗う仲間たちを拘束し、船に戻って船室に閉じ込めた。数日経てば元に戻るだろう.それにしてもあの巫女、神出鬼没である。あれもパラス・アテナの加護によるものか。
オデュッセウス一行は海を渡り、凶暴なキュクロプス族の島にやって来た。一つ目の巨人族である。キュクロプスたちが住む島からわずかに離れた平たい島には自然の山羊が多数生息していたので、オデュッセウス一行は狩りをして大量の食糧を確保した。オデュッセウスは好奇心を抑えられず、少数の仲間を連れてキュクロプスの住む洞窟へ出かけた。洞窟には山羊のチーズがあったので、一行はむさぼり食べた。すると洞窟の主が戻ってきた。
「わしの住居で何をしている?海賊の一味か?」
「私はトロイヤ戦争に従軍してアガメムノン将軍の下で戦った戦士だ。ゼウスの怒りを買ったらしく、強風であちこちに流されてこの地へやって来た。神々を畏れる種族なら訪問者を邪険に取り扱うことはないだろう。われらをもてなすか、あるいは贈り物を授けて見送るか、期待しても良いだろうか?」
「ふん、神々など恐るに足らん。おまえらをもてなす義理などなどないわ。ところでひとつ訊いておくが、おまえたちの船団はどこにいる?」
「船団はポセイドンの怒りに触れてすべて沈んだ。残っているのは私たちだけだ。」
キュクロプスはそれを聞いても何の感情も動かさず、戦士たちのうち2人を掴み上げて口に放り込み、ガリガリと骨ごと噛み砕いて食べてしまった。オデュッセウスはそれを見て報復しようと思ったが、出入り口を巨岩でふさがれているので殺してしまうとこっちも出られなくなる。仕方がないのでそのまま朝を待った。しかしこのままではジリ貧である。何とかこの怪物を倒して洞窟を脱出しなければ、我々は日々の食事になってしまう。キュクロプスは巨岩をどけて外へ出て、羊の世話を始めた。今なら外に出られる。しかし出るためにはキュクロプスを倒す必要がある。オデュッセウスは巨人に声をかけた。
「おい巨人。おまえの名前は何だ?名を知らぬ相手に殺されるのは癪だから聞いておこう。」
「わしか?わしの名前はポリュペモスだ。海神ポセイドンの息子だ。ふっふっふ、驚いたか?で死せる者よ、おまえの名は何だ?」
「私の名はウータイス(誰もいない)だ。」
「なるほど、ではウータイスよ、おまえを食うのは最後にしよう。名を知ってしまったからな。」
そう言うとポリュペモスは戦士を2人掴んでボリボリ食い始めた。オデュッセウスは顔を背けたが、そのまま仲間に目配せした。
「ポリュペモスよ、美味い食事に上等なワインはどうだ?革袋にたっぷり持っているぞ。」
「何?今すぐそれを注げ!」
ポリュペモスは瞬く間に大きな杯を飲み干しもう1杯所望してそれも飲み干した。そして、満足したように横になり、いびきをかいて寝てしまった。オデュッセウスは仲間とともに太い杭を火で炙り、力を合わせてそれをポリュペモスの目に突き刺した。ポリュペモスは大声で戸外に助けを求めた。その声に呼応して多くのキクロプスが集まってきてポリュペモスに尋ねた。
「いったいどうした、ポリュペモスよ?誰かおまえを襲ったのか?」
「襲ったのは“誰もいない”だ。」
誰も襲った敵がいないと思い込んだキクロプスたちは去って行った。警戒が解けたので、オデュッセウスたちは羊の群れに紛れて無事に脱出し、隠しておいた船に到着した。海に出てほっとしたオデュッセウスは、しかしそこで言ってはいけない一言を言ってしまう。
「はっはっは、ポリュペモスよ、その目を潰したのが誰かと問われたら言ってやるが良い。それはイタカのオデュッセウスだったとな。」
その言葉は、当然ポセイドンの知るところになった。
ここからオデュッセウスの奸智の冒険が始まります。叡智と言うよりは奸智です。たぶん翡翠さんもいろいろツッコミを入れることでしょう。




