表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠さんタイムトラベル――巫女が女神に送り込まれた歴史や物語に介入して胸くそを潰します  作者: 青い水


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

128/155

翡翠さん、オデュッセウスがとうとう正体を暴く現場に居合わせます

この章でナウシカアとオデュッセウスの長いラブシーン。ではなくてそれ以上の深い会話が交わされます。


 翡翠はアテナの密命を帯びて再びパイエケスに戻った。ベールをかぶって顔を隠し、町行く人々に声をかけた。


「これからアルキノオス王の館で宴が開かれます。海上を流浪の末にこの国に流れ着いた異国の方をもてなす宴です。まるで神の如く美しいお方ですよ。きっと珍しい話が聞けるでしょう。さあ、こぞってお集まりください。」


 翡翠の言葉に道行く人々は大いに興味を引かれ、たくさんの人々がアルキノオス王の館に集まった。王は国民に宣言した。


「パイエケスの民を統べる人々よ。ここにおられる方は長い船旅と海難事故で艱難辛苦の末にこの国にたどり着かれた。私はこの方を故郷に送り届けたい。堅牢な船を用意し、操船の術に長けた船人を用意してもらいたい。準備が整ったら、この屋敷へ再び集まってくれ。大いなる宴を催そうぞ。そして宴には歌がつきもの。魂の歌い手デモドコスを呼ぶように。」



 宴が始まり、大いに飲んで食べて参加者の食欲が収まったころ、歌い手デモドコスが家来に連れられて宴の中心に腰を据え、リラを奏でて歌い出した。それはトロイヤ戦争の故事、智将オデュッセウスと烈将アキレスの激しい口論の場面だった。トロイヤを知略で落とすか圧倒的な武力で落とすか、双方一歩も譲らず、群議の場は緊張に包まれた。オデュッセウスは、自らの過去の場面を歌で再現されて落涙を隠すためにベールで顔を覆った。その様子に宴の参加者は誰も気付かなかった。隣に座っていたアルキノオス王を除いては。


「さて諸君、大いに食べ大いに飲み、そして名手が奏でる音楽に浸ったとなれば、次はもちろん競技だ。腕試しだ。勇猛なるパイエケスの民は、その持てる力を見せつける機会を待っているはず。どうか、輝かしい成果で私を感動させてくれ。」


 一行は屋敷を出て、広々とした競技場へ来た。走り、跳び、力比べ、投擲、さまざまな競技が催され、優勝者には大いなる拍手と王からの贈り物が授けられた。すると2人の若者がオデュッセウスの元にやってきた。アルキノオスの息子ラオダマスとその友人エイリュアロスである。


「旅のお方。競技会は楽しめていますかな?」


「すばらしい。みな良く鍛えている。」


「あなたもどうです、一緒に?」


「いやいや、私は海に揉まれて命からがらこの地に流れ着いた者。心労が過ぎてとてもそのような気持ちにはなれない。」


「われらと同じ戦士だと思って誘ってみましたが、どうやら見込み違いのようだ。たしかに競技に参加できる技量は持ち合わせているようには見えませんな。剣を振るう戦士ではなくてそろばんをはじく商人なのでしょう。はっはっは、これは失礼した。」


「ずいぶんと思い上がった口を訊きますな。たしかにあなたは神の子といってもおかしくないほど美しいが、頭の中身はそれにふさわしくなく空虚であるようだ。良いでしょう。そんなに大勢の前で私に敗れ去ることがご所望なら、この勝負、受けて立ちましょう。ただし、殴り合うのはご勘弁願いたい。私の流儀ではないのでね。競技は円盤投げ、どうです?」


「良いでしょう。ただしパイエケスの円盤はアテネのよりかなり重いですぞ。足に落として怪我をなされぬように。」


 最初に投げたのはラオダマス。竜巻のように身体を回して競技場の端まで円盤を飛ばした。奴隷が円盤の落下地点に旗を立てた。次はオデュッセウスの番だ。オデュッセウスが投げると同時に翡翠は観客席から円盤に向かって小声で風魔法を唱えた。すると、円盤は羽が生えたように軽やかに宙を舞い、競技場の柵を跳び越えてしまった。


「おっと、申し訳ない。場外まで飛ばしてしまった。」


 ラオダマスは声を失った。そこにアルキノオス王がやって来て我が子の肩を叩き、首を横に振った。その目に怒りはなく、慈愛が宿っていた。


「さて、勝負が付いたところで、再び宴を再開しようではないか。汗をかいて喉も渇いただろう。冷えたワインで潤そうではないか。」




 宴の席に戻った彼らは、再び歌い手デモドコスを呼び寄せ、次の歌を所望した。デモドコスはリラを奏でながら、美の女神アフロディーテと戦の神アレスの不倫、そしてアフロディーテの夫であるヘーパイストスの復讐の物語を歌い始めた。美と力が求め合って、技芸の罠にはまり、神々の見世物になって笑われる。直接の動物的な本能が知に立脚する技芸に負ける。歌の寓意はそのあたりにあるのだろうが、場の空気は笑いに支配された。乾いた哄笑、神意を超えた人間的なものの世界だった。



 アルキノオス王は后のアレテを呼んで、オデュッセウスの帰国に際して贈り物や衣服をしまう筆を用意させ、湯を沸かして彼に湯浴みをさせるようメイドの手配をさせた。メイドたちによって身体を洗われ、香油を塗って見違えるばかりになったオデュッセウスが宴へ戻ろうとしたとき、廊下の柱にもたれてナウシカアが立っていた。



挿絵(By みてみん)



「オデュッセウス様、これでお別れですね。名残惜しいと申し上げても神の怒りには触れないでしょう。オデュッセウス様、どうかお国に戻られても私のことは忘れないでくださいまし。この島で最初にあなたを見つけた女です。あなたに救いの手を差し伸べた女のナウシカアです。」


「ナウシカア様、もちろんです。決して忘れません。国に戻りましたら社を建てて、神の如く崇めるつもりです。ナウシカア様、私の命の恩人です。」


「社を建てて神のように崇めるなんていやです。おひとりのときに私ナウシカアをひとりの女として思い出してください。私がオデュッセウス様を思い出しているときにその思いがクロスする奇跡を信じて生きて行きます。」



 オデュッセウスが一礼をしてその場を離れたとき、翡翠がナウシカアに声をかけた。


「こんにちは、ナウシカア。私です。パルテノンの巫女イアスピアです。」


「まあ、あのときの。」


「はい、アテナ様の密命でここに来ました。あのときあなたがオデュッセウス様に会う定めなのだと暗に背中を押したのもアテナ様の思し召しでした。」


「そう...アテナ様の。」


「ナウシカア様、あなたはご立派でしたよ。」


「え?何が?」


「オデュッセウス様への恋心に蓋をせず堂々と見せた。そしてその上で別れを運命として受け入れたが、別れが恋の終わりではないとはっきりと宣言した。なかなかできることではありません。」



 ナウシカアと別れて宴に戻ったオデュッセウスは、たぐいまれなる歌い手デモドコスに、自らが発案した“トロイヤの木馬”の歌を所望した。知略をもってギリシャの勝利とトロイヤの敗北を決定づけたあの作戦である。デモドコスの華麗な旋律に乗せられて展開する物語はオデュッセウスの記憶を鮮明に蘇らせ、オデュッセウスはもはや落涙を隠すことはできなくなった。それを見てアルキノオス王は皆に語った。


「お集まりの皆さん。ここにおられるこの御仁、まるでその身をもって歴史を体験したかのお湯に涙にむせぶこの御仁は、間違いなくトロイア戦争の英雄に違いありません。私が皆を代表してその名を尋ねても、神々の怒りを招くことはないでしょう。よろしいか?あなたは誰なのです?」


「はい、もはや隠し通すことはできませんし、隠し通すつもりもありません。私はオデュッセウス、アガメムノン将軍の下で烈将アキレスと並んで智将と呼ばれた男です。ポセイドンの怒りに触れ9年間の流浪の末にここにたどり着いたイタカの領主です。」


「この島に来るまでさぞかし大変な出来事があったのでしょう。もしよろしければ、ここに集うパイエケスの貴族たちも大いなる興味を抱いているようなので、その冒険譚を話してはいただけぬか?」


「わかりました。ふつうの人間は決して体験できないような出来事の連続でした。宴の余興にお聞かせしましょう。」



 翡翠は館の外に出てアテナに霊脈を通した連絡を入れた。


「アテナ様、オデュッセウスがこの地にたどり着くまでの冒険譚を語り始めるようです。私はぜひその現場に居合わせて観察してみたいと思います。」


「わかりました。彼が語るのはまずキュクロプスとの遭遇でしょう。その場からあなたを現場に派遣します。」


「了解しました。魔物相手なので介入する可能性もあります。よろしいですね。」


「かまいません。あなたの介入が彼の生存の可能性の条件かも知れませんしね。」


語りの構造が変化します。これから先、語り手はオデュッセウスに変わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ