翡翠さん、オデュッセウスの無事を確認してからパルテノンでアテナと会う
オルフェウスは、翡翠に背中を押されたナウシカアに助け出されて、無事にアルキノオス王の館にたどり着きます。
「おい、青水よ、ナウシカアってなんだか風の谷にいそうな名前だな。」
「言うと思ったよ。そりゃそうだろ、ここから名前を取ったんだから。」
「でもオデュッセイアのナウシカアって、洗濯に行ってオデュッセウスを見つけ、食事と服を与えて、あとはあまり出てこないモブみたいな存在だよな。宮崎監督は何でこれに着目したんだ?」
「あまり詳しくはわからないけど、物語の周縁にいるけれどなぜか輝く少女ってのが好きだったんじゃないのか?ほら、淡い恋心で終わらせてややこしいイベントを起こさない少女。」
「なんかオヤジの都合良さが垣間見えるな。」
「そういう批評家もいるんじゃねえの、知らんけど。」
「おまえ、知らんけどを付ければ何でも許されると思ってないか?」
「思ってないんじゃないの、知らんけど。」
「くそ、“ど”で終わった口に梅干しは押し込めん。」
オデュッセウスの願いに応えて、輝く目のパラス・アテナ――アテナはglaukopis「フクロウの目、灰色の目、緑がかった目と多様に解釈される形容を伴っていて、それらすべてはこの神性に宿る知性を意味している――は、町の人々と諍いを起こさないようにオデュッセウスを霧で包み、自ら水瓶を持った少女の姿になってオデュッセウスをナウシカアの父アルキノオスの館まで連れて行った。
「さあ、ここがそのお屋敷です。気後れすることなくその扉を叩きなさい。あなたの姿を見て邪険に扱う者はここにはいないでしょう。屋敷に入ったら、アルキノオス王のお妃アレテ様にお目通りするのです。アレテ様は始祖にポセイドンをいただく神の系譜に連なるお方です。夫君のアルキノオス様にも娘のナウシカア様にもとても敬愛されています。あなたが彼女に気に入られれば、故郷への旅への援助も受けられましょう。」
オデュッセウスをアルキノオスの館へ導いたパラス・アテナはスケリアを去り、遠く海を隔てたアテナイの神殿に戻った。オデュッセウスはアテナの言いつけ通り、アレテを探してその前に跪き、帰国の援助を頼んだ。アレテの前に現れるまではアテナの霧で覆われていて誰の目にも付かなかったオデュッセウスが突然王妃の膝元に現れたので一座の人々はみな驚愕したが、炉端の灰の上に座り込んだオデュッセウスを見て、客人をそんな場所に座らせておくわけにはいかないと席が用意され、料理と酒が運ばれた。
ポセイドンに筏を沈められて海を漂流してから、ナウシカアのメイドに施されたわずかなパン以外に何も食べていなかったオデュッセウスは、王と王妃に失礼を詫びつつ、黙々と食事を摂った。どんな悲しみも、どんな怒りも、空腹を忘れさせてはくれない。
「極めて美しき男よ、食べながら聞いてくれ。私は娘ナウシカアから聞いた。そなたは海に近い河口に打ち上げられていたという。ずいぶんと苦労なさったようじゃ。」
「はい、トロイヤ戦争に出征していくつか戦功を上げましたが、戦後の故郷への船旅で不幸が重なりました。ポセイドンの意向を汲んだゼウスが雷で私の船を粉々に粉砕し、私は木片に掴まってある島へ流れ着いたのです。そこはカリプソといううるわしい女神が治める島で、私はそこで7年間彼女の世話になっていたのです。カリプソは私に不老不死の身体を与えて未来永劫いっしょに暮らそうとまで言ってくれましたが、故郷に残した妻子が忘れられず涙に濡れる日々を過ごしていたところに、ゼウスの伝言を持ってヘルメスが島へやって来て、カリプソに私を解放するよう告げたのです。ゼウスの意向に反するわけにも行かず、カリプソは私との別れを決断しました。私は大きな筏を組んで島を出たのです。しかし海に出た私をポセイドンが見逃すはずはありません。あの神器トライデントで筏は粉砕され、聖霊の助けを得ながら半死半生でこの島までたどり着いたのです。」
「おお、何と数奇な運命をたどられたことか。そして河口に倒れていたそなたを我が娘ナウシカアが見つけたのですな。見つけたのなら、そのままこの館へ連れてきてくれれば良かったものを。」
「そのことで娘さんを叱らないでください。私が遠慮したのです。ナウシカア様が私を連れ帰ったら、王よ、あなたの不興を買うのではないかと危惧したからです。」
「いや、あなたのような立派な男なら、この地に留まってナウシカアを嫁にもらって欲しいとまで考えておる。もちろんそれは叶わぬ夢であることは承知している。あなたは一刻も早く故郷で待つ妻子と再会したいのだからな。」
「ご配慮、心にしみます。私の願いはただひとつ、故郷にイタカに帰還することでございます。領主が死んだということになれば、妻の元にたくさんの求婚者が押し寄せることでしょう。それを思うと心が張り裂けそうになります。」
「それを聞いて私の心も決まった。堅牢な船と熟練した水夫を用意しよう。我が国は海運の国、海を渡る術は心得ておる。安心して今宵はよく眠るが良かろう。明日までに準備は整えておこう。」
「ありがとうございます。寝床で安心して眠れるのはいつ以来になるでしょう。」
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そのころ翡翠はパルテノン神殿でアテナと対峙していた。
「イアスピアよ、イタカで求婚者どもを追い払ってくれたそうですね。」
「あれは私自身の怒りでもあったのです。パルテノンの巫女には耐えがたい無礼の数々、石を落としただけに済ませたのは私の最後の理性でした。」
「天から石を降らせるなどという技、ふつうの人間には使えるものではありませんが。」
「私は遠い東国から来た者です。彼の国では属性魔法の研究が盛んで、火、水、風、土の魔法が存在します。あと外典ですが、光と闇の魔法も存在します。私はそれらすべてを習得しました。」
「なるほど、頼りがいのある巫女です。で、カリプソの島を離れたオデュッセウスはどうなりました。」
「ずっと見守っておりました。ポセイドンに筏を破壊されて海に投げ出されたときは手を出そうとも思ったのですが、精霊が助けてくれたのでそのまま見守りました。」
「なるほど、そしてナウシカアが彼を発見したと。」
「はい、川へ洗濯に出かける彼女の背中を少しだけ押しました。」
「ナウシカアもオデュッセウスに恋した様子でしたか?」
「はい、一目見てすぐに、でございます。」
「なるほど、女神に近いニンフのカリプソがあれだけ懸想したのだから、人間の女など...」
「瞬く間でございますね。オデュッセウスはアフロディーテの加護でも得ているのですか?」
「さあ、わからん。だがアフロディーテの加護は嫉妬と争いがセットだから、今のところ、その気配は見えないな。」
「そうですね。カリプソもヘルメスと戦ったりしませんでしたし。」
「不思議な魅力だな、オデュッセウスという男。」
「彼のという人間には何の罪もありませんが、彼の美しさは罪です。女たちを泣かせる。」
「うむ、そしてオデュッセウスはオルフェウスのように女たちに殺されるわけでもない。」
「そうですね。そのあたりのこと、もう少し観察させていただきます。」
翡翠さんは、イケオジのオデュッセウスがなぜ恋の騒動に巻き込まれずに旅を続けられるのか、その秘密に迫りたいようです。




