47 異世界 → 東京
木曜日である今日は一般的に平日であるが、帝国でたまたまこの日の木曜日が祝日だったため、私は東京に一日早く戻ってきた。本来なら金曜の明日に戻る予定だったのだ。
東京に帰ってきて時間を見ると十時。すでに兄も麻彩も家を出ていたため家にはいなかったが、帰ってみると、本家の使用人である五十歳台の女性が二人家にいた。
「お久しぶりです」
「あら! 紗彩お嬢様、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
この方たちは、兄と麻彩の食事を冷凍したものを定期的に本家から持参してきてくれて、リビングや風呂などの部屋も掃除をしてくれているのだ。
「それ、持ち帰る分ですか? もし余っているなら、私が今いただいてもいいですか?」
兄も麻彩も外食をすることがあるので、本家から持ってきた食事は、全て食べきることはない。しかし新たに食事を持ってきたならば、前回持ってきて兄たちが食べていない分は持ち帰るのである。その余っているものを、食べたいと思ったのだ。本家の食事は美味しいし、なんといっても帝国から帰ってきたばかりでお腹が減っている。
「あらまあ、もしかして、たくさんお食べになる日ですか? すぐに用意しましょう」
「ありがとうございます」
冷凍されているだけなので、電子レンジでチンするだけと簡単である。お腹が空いているので、すぐに用意してもらえるのはありがたい。
彼女たちが持ち帰る予定だった冷凍された食事を全て平らげたため、持ち帰りが軽くて楽ですと、彼女たちに感謝されてしまった。
食事を終え、まだお腹が空いている気はするが、あとでおやつでも外に食べに行こうと思う。とりあえず歯を磨きながら、この後どうしようか考える。
金曜はもともと用事があるのだが、今日は用事がない。学校に行く予定もないし、大好きなコスメの新商品が出ていないか店巡りでもしようと思う。その前に、先に兄に顔だけ見せてこようか。まだ帰っていることは知らないだろう。
三十階の家を出て、二十八階の兄の社長室へ向かう。社長室の扉を勝手に開けると、兄が顔を上げた。どうやらリモート会議中のようで、こちらに手の平を向けて私を制した。ちょっと待て、ということだろう。私は頷き、ソファーに座ってスマホをチェックしていると、兄の会議が終わったのか、兄から声をかけられた。
「紗彩、今戻ってきたのか?」
「うん」
「明日の予定じゃなかったか?」
「今日帝国が祝日なの忘れてたの。どうせメイル学園に行かないなら、今日戻ってもいいかと思って」
ソファーを立ち、兄の傍に行くと、兄は私の顔をじーっと見ている。また顔色をチェックされているんだろう。昨日は死神業のお客も一人だけだったし、体調も悪くないから顔色もいいはずである。
私は兄の膝に横向きに座った。
「食事は?」
「家で本家の人に会ったから、残り物を美味しくいただいてきた。あとで外におやつ食べに行くんだぁ」
「そうか。今日は予定はないんだろう?」
「うん。だからコスメを見に行こうと思って」
私は兄の胸に顔を向けて、兄の匂いチェックに入った。うん、前回と同じ香水である。まだ彼女とは続いているようだ。妹としては、安心である。
それから兄の首に手を回し、兄に抱き付く。兄が抱きしめ返してくれる。
「……何かあったのか?」
「ん? 何もないよ?」
「いつも以上に甘えたに感じるが」
私は兄から体を離し、ぷくっと頬を膨らました。
「何よぅ! 昔お兄様が言ったのよ? ハグするとオキシトシンが分泌されるから、幸福感に包まれるって! ストレス軽減にいいから、毎回帰ってきたらハグしてくれるって……」
「分かった分かった、俺が悪かった。何かあったわけじゃないなら、それでいいから」
「……じゃあ、もっとハグしてくれる?」
「ああ、来い」
兄にまた抱き付き、抱きしめてもらう。いつも抱きしめてもらうと、本当に安心するから好きなのだ。そうこうしているとき、部屋のドアのノックの音がして、兄の秘書の真木が入室してきた。そして、こちらに近寄ってきて、いきなりスマホのカメラで連写した。
「ん? 今、真木さん写真を撮った?」
「はい、撮りました。紗彩さん、一つ注文いいですか?」
「……? 注文って?」
「代表にキスしてくれます?」
なんだそれは。変な注文である。真木のよく分からない注文に首を傾げつつ、兄を向く。
「紗彩、別にしなくて……」
兄が何か言いかけたけれど、兄の頬にキスをした。すると、また真木がスマホのカメラで連写する。なんで? 兄を見ると、「あーあ」と言いたげな顔をしている。
「紗彩さん、ありがとうございます」
「どういたしまして?」
「では代表、こちらに決済書類置いておきますね」
真木は急に仕事モードで兄に書類を渡し、部屋から去っていった。
「真木さん、何だったの?」
「あれは気にするな……。いつものことだ」
「ふーん?」
確かにいつも真木に写真を撮られる。兄は何も注意しないし、別に気にしなくてもよさそうだ。
その後、兄とは別れ、私は街に向かった。デパートの化粧品売り場をハシゴしていると、流雨から電話があった。
「るー君!」
「紗彩、おかえり」
兄から私が帰っていることを聞いたのだろうか。
「ただいま! るー君、今仕事でしょう」
「そうだよ。紗彩の今日の夜の予定は?」
「今日は何か作りたいから、家で作って食べようかなって」
「そうなんだ……外食するなら、俺も一緒に行きたかったんだけれど。紗彩に会いたいし」
「私も、るー君に会いたい! るー君、うちに来たらいいよ。夕食を一緒に食べようよ!」
「いいの?」
「いいよ! いつものゲストルーム空いてるから、泊っていってもいいよ」
流雨は昔から時々うちに泊まるのだ。
「そうしようかな」
「うん! そういえば、一弥くんには声をかけてるの?」
「いや。一弥は呼ばないから」
「そんな、仲間外れにしなくてもいいのに」
「一弥がいると、紗彩を構う時間を奪われるから」
なんと、それは私も困る。流雨に甘える時間を一弥に奪われるなら、黙っておこう。うん。
「分かった! じゃあ、夜はるー君待ってるね!」
流雨との電話を切る。今日の夜の楽しみができた。
また化粧品売り場めぐりをして、夕方になって家に帰っている途中、声を掛けられた。
「紗彩?」
声の主は高校の制服を着た容姿が整っている青年で、彼の横には彼に腕を絡ませている同じ制服を着た女の子がいた。女の子の方は、私を不審そうな目で見ている。なんで。




