04 : A FACT OF LIFE
4.
どうせ、こうなることは分かっていた。
あれからクラス朝会が終わると、すぐに学校は休校になった。担任の話によると、今日は家に帰ってあまり外に出ることはせず大人しくしていろとのことだった。学校側としては当然の配慮なのだろうが、もちろん夕莉はそれに従うつもりなどなかった。
休校になったのをいいことに、夕莉は学校の帰り道、いつも歩いている駅前の辺りをぶらぶらしていた。近くの本屋に入って適当に立ち読みをしたり、電気屋の街頭に設置されているテレビで番組をぼんやりと見たりした。
そのテレビでは、早速とばかりに町で起こった事件がニュースとして取り上げられていた。それを夕莉は当事者とは思えぬほど冷めた目つきで眺めた。
『今日の午前四時、夢見ヶ丘市で四肢が欠損している少年の死体が発見されました――少年は公立夢見ヶ丘高校に通っていた一年生の男子生徒で――死因は鈍器によって殴られた頭蓋骨陥没によるものと断定されており――』
夕莉はそこまでぼんやりと見てから、ふいに興味を失ったように現場を立ち去った。
特に気になるような情報は何もなかった。
どうやら、巷では「四肢欠損」という字面で猟奇殺人事件などと呼ばれているらしいが……さすがの夕莉も死体の四肢を切り落とすなどという気持ち悪い趣味はない。
夕莉に言わせてもらえば、死体の四肢がなくなったのはなるべくしてなったことだった。
幻想人は化け物だが、それと同様に『幻』でもあった。
要するに、彼らは本来であれば、この世には存在することができないはずのものなのである。そして、存在してはいけない存在であるが故――幻想人は死ぬと、この世界から消失する。
あの飾磨恭二はいい例だった。
彼は両手両足が化け物となったが、死体となって発見された今は、その両手両足が綺麗さっぱりなくなってしまっている。あれは切断されたのではなく、幻想人が死んだことによって変貌していた一部が消失したのだ。言葉通り。
逆説的に言うならば、完全に変貌してしまった幻想人は殺したところで、証拠は何も残らない。だが彼のような中途半端な幻想人は殺してしまうと――こういう事態になる。
そして、こんな風に不可解な猟奇殺人事件として扱われることになるわけだ。
「……まあ、そんなこと、わたしの知ったことじゃない」
この社会において、その事件がどう問題視されようが夕莉としては何の関係もないことだ。もっとも重要なのは、その為にすべきことを完璧に為したかどうかだ。そして、言うに及ばず、夕莉は飾磨恭二を殺害するということを完璧に成し遂げた。
この世には幻想人が存在していい理由など、どこにもない。これまでも彼女は、あの忌まわしき事態が起こってからの数年間――過たずに二人の幻想人を殺してきているのだ。
フランケンシュタインのように変貌した男、淀川将紀。
吸血鬼のように変貌して、一般人を二人巻き添えにした女、吾妻桃理。
そして、ちょうど昨日殺した飾磨恭二を含めれば、その数字は三人になる。
よくぞここまでの間、誰の手も借りずにやってきたものだ――夕莉は今更になってちょっとした感慨を覚えた。あとは、最後の目標である白ウサギを殺せばいいだけだ。
あの狂った白ウサギに変貌してしまった少女――来巳有栖のことを。
「来巳、有栖……」
その時、夕莉は街中で多くの人が行き交っている状況だというのにも関わらず、そう言葉を漏らしてしまっていた。堪えることができなかった。その人物の名前だけは。
即座に俯いて、ぎりっと歯をかみ締める。まるで自分の不甲斐なさを呪うように――。
その感情の発作がおさまるまで、しばらくの時間がかかった。人が流れ去っていき、その心が平静を取り戻すまでの間、彼女はじっと耐えるように俯いていた。
「有栖……」
無意識に握りこんでいた手の緊張を緩めて、その手の平に視線を落とす。そこに刻み込まれている皺を見つめる。だがその心の中は未だ絶叫したくなるような思いでいっぱいだった。
来巳有栖――それは彼女にとっては、特別な名前だった。
「……悔しいよ、有栖」
夕莉は目から溢れ出そうになる涙を堪えて、それが決して流れないように天を仰ぐ。
「有栖、わたしはすごく、悔しい――どうして、あなたは――」
だがその夕莉の痛切な慟哭は、絶えず人が行き交う駅前で誰に聞き届けられるわけでもなく、ただ一人――彼女の心の中でのみ空しく残響するだけだった。




