↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女は絶望しました  作者: こねこねこ
第2章 願いとゲーム
8/9

第6話 茶畑ユズという少女

 小さな子供たちの喧騒。

 その中で、茶畑ユズは毎朝目を覚ます。

 彼女が住んでいるのは、市営住宅の一室。

 母親と二人の弟、一人の妹と一緒に暮らしている。


 子どもたちの世話は、ユズの仕事だった。

 下の子供たちが学校に行けるよう、食事や着替えの世話をする。

 母親は何もせず、テレビの前でスマホをいじっていた。


(また、出会い系か)


 母親は33歳。19歳でユズを産んだが、父親には逃げられていた。

 働こうともせず、生活保護を受けている。

 やることと言えば、男漁りくらいのもの。

 生活保護費の大半も、そこに費やされてしまう。


 母親は何度も男を連れ込んだ。

 連れ込んだ男は、大半が問題のある者だった。

 中には、ユズに対して性的な目を向ける者もいた。

 身体を触られそうになり、慌てて逃げたことも一度や二度ではない。

 母親はそれを黙認していた。

 家の中は、安全な場所ではなくなっていた。


 ユズは、できる限り女を感じさせない服装をするようになった。

 野暮ったいズボンに、ダボダボの上着。

 露出を減らし、男たちの視界に入らないようにした。


 でも、本当は可愛らしい服が好きだった。大好きだった。

 頭の中には、魔法少女の衣装にも負けないアイデアが沢山あった。

 それらを作って、自分で着る。

 そして、他の人にも着てもらう。

 いつしかユズは『服飾デザイナー』になるという夢を抱いていた。

 ただ、この家から逃れられなければ、それは叶わない。

 ユズは無意識のうちに、その夢から目を背けるようになっていた。


 男は時として、子供たちに暴力を振るった。

 躾と称して、ユズたちを蹴り上げ、殴り飛ばした。

 母親は見ているだけだった。

 ユズは男たちの不興を負わないよう、下の子供たちを大人しくさせた。

 下げたくない頭を何度も下げた。

 その度に、何か大切なものが失われていくような気がしていた。


 この家から、この母親から逃げたかった。

 だが、どうすればいい。

 ユズが逃げても、この家には下の子たちが残る。

 弟や妹を連れていくことは出来ない。

 かといって、見捨てることも出来ない。


 一番下の妹はまだ6歳だ。

 独り立ちできるまで、まだしばらくかかるだろう。

 それに、母親はあらゆる面でだらしのない人間だ。

 子供が更に増える可能性だってある。


(いつまで、これが続くんだ……)


 ユズは絶望していた。

 永遠に縛られ、人生を奪われる。

 抜け出したくても、この不幸には出口がない。

 そんな絶望にまみれていた時――。


「君、魔法少女になってみないかい?」


 リコリスが現れた。

 そして、彼女は魔法少女モカとなった。


     × × ×


 魔法少女になったモカは、そのことを喜んだ。

 最初にモカが行ったことは、茶畑家に寄生する男の排除だった。

 魔法少女の姿は、一般人が視認することが出来ない。

 だから、茶畑家に入り込む男を秘密裏に排除することが出来た。


「全く、魔法少女の力は、そんなことのためにあるわけじゃないんだけどね」


 リコリスからは苦言を呈されたが、改めるつもりはなかった。

 モカが魔法少女になったのは、このためだったのだ。

 母親に近づく男は、徹底的に排除する。

 いざとなったら、母親に制裁を加えることも厭わない。

 子どもたちへの暴力を黙認してきたのだ。

 それは当然の報いと言える。


 モカは一応の解決策を手に入れることができた。

 絶望的な状況からの出口を見つけることが出来た。

 心に余裕が生まれ、押し殺していた夢と向き合えるようになった。

 服飾デザイナーへと続く道が、ぼんやりとだが見えたような気がした。


 魔法少女たちとの交流も、心の支えとなった。

 彼女たちは、互いに素性を知らない。

 当然、モカの家庭環境のことも知らない。

 だから、居心地がよかった。


 特にフローネとは仲良くなれた。

 どこか自信なさげにしている彼女の姿は、弟や妹たちと重なった。

 放ってはおけず、ついつい世話を焼くようになってしまった。

 彼女と仲良くなれたのは、それが理由だろう。


 他の魔法少女たちは、モカにとって『仲間』だった。

 だけど、フローネはそれだけではない。

 彼女とは、魔法少女以外の話もしていた。

 彼女が、唯一の『友達』だった。


 いずれは、モカも大人になる。

 そうなれば、自分で稼ぐことができるようになる。

 この家との関係を絶ち、まともな人生を生きることができるようになる。


 その時、魔法少女を続けているかどうかは分からない。

 そもそも『少女』とは何歳まで名乗っていいものだろうか。

 それは分からなかった。

 だけど、それでもよかった。


 ここではないどこかに行ける。

 そう思うだけで、やっていける気がしていた。


 それなのに――。


     × × ×


『勝者:白鷺フローネ』


 モカは、気が付けば命のかかったゲームをやらされていた。

 そこで醜態をさらした挙句、ゲームにも敗北してしまった。

 これまで積み上げてきたものすべてが壊れた。


「それではモカ。君を『処分』させてもらうよ」


 リコリスが言う。

 それと同時に、空間の中からフローネの姿が消えた。

 いつの間にか、リコリスの姿もない。

 モカは空間の中に、一人取り残されていた。


「リコリス! どういうことだ!」

「先ほど言ったとおりだよ」


 モカの身体から、光の粒子が漏れ出てくる。

 モカの魔力だ。その魔力が集合し、7着のドレスを形成した。

 そのドレスを、マネキンが着ている。

 モカの固有魔法『服飾創造』が、彼女の意思とは関係なく発動しているようだ。


「これは……」


 衣装は全て、モカがデザインしたものだった。

 魔法少女になってから、モカは全員分のドレスを作成した。

 バフ効果の付いた、魔法のドレスだ。

 もちろん、デザインもこだわり抜いている。

 それぞれの魔法少女のイメージに合わせて作ったものだ。

 これを通して、モカは他の魔法少女たちと親しくなった。

 そして、誰からも一目置かれるリーダーとなっていた。


 その衣装を、マネキンが七体のマネキンが着ていた。

 そして、そのマネキンはそれぞれ武器を持っていて――。


 これから何が起きるのかは、すぐに理解できた。

 モカは魔法で双刀を生み出した。

 それとほぼ同時に、マネキンの一体から矢が放たれた。

 モカはそれを弾き飛ばし――。


「はぁっ!」


 裂帛の気合とともにマネキンに接近して刀を振るった。

 刀は魔法少女の衣装ごとマネキンを切り裂いた。

 そのマネキンが崩れ落ちる前に、モカは次のターゲットに向かっていった。


 マネキンの動きは機敏ではあった。

 だが、魔法少女の身体能力は、それを遥かに凌駕する。

 モカは軽々とマネキンを撃破していき――。

 ついには、最後のマネキンを双刀で細断した。

 自分でデザインした衣装を切り刻むのは心が痛んだ。

 だが、こうしなければ死んでいた。


 マネキンたちが持つ武器は、それぞれの魔法少女が使用していたものだった。

 その威力は、本物に比べれば格段に劣る。

 だが、それでも油断できるものではなかった。


「リコリス。これで終わりか?」


 そんなわけがないと思いながらも、一応聞いてみた。

 するとリコリスは「そんなわけがないよね」と答えた。

 予想通りの答えに、少し笑ってしまう。

 そこに一瞬の油断が生まれた。


 気が付けば、モカの身体から二振りの刀が出てきた。

 否――背中から刺され、それが貫通したのだ。


 背後にいたのは、八体目のマネキン。

 七体を倒して油断してしまっていたらしい。

 八体目が時間差で生み出されるとは思っていなかった。


 これまでは、警戒を怠らないフローネがフォローしてくれた。

 でも、彼女はここにはいない。


 モカは背後に目をやり、八体目のマネキンを見る。

 そのマネキンが着ている衣装は、初めて見るものだった。

 それでいて、とても馴染み深いものだった。


(全く――。魔導具の制作者は、性格が悪いな)


 これは、彼女が彼女自身のためにデザインしたものだった。

 恥ずかしくて作ることも出来なかった憧れの衣装。

 それを着たマネキンが、モカの武器でモカの身体を貫いたのだ。


 モカは、痛覚を遮断した。

 虚獣との戦闘で身につけた技術だ。

 痛みを感じている余裕などない。


 モカは無理矢理身体を動かし、双刀を逆手に持って背後のマネキンを攻撃した。

 これで八体目。

 もしかしたら、これで終わるのではないか――。

 そんな思いが、ふとよぎる。


 だが、モカの目の前には、絶望的な光景があった。

 先程倒したはずのマネキンが、立ち上がっているのだ。

 切断されたはずの部位は強引に縫い合わされている。


 モカは迷わず、マネキンを切り刻んだ。

 先ほどよりも念入りに。

 だが、やはりマネキンは立ち上がる。


「これは……終わらないのか」

「うん、勿論だよ」


 リコリスの言葉を受け、モカの心に絶望が広がっていく。

 ここに来て、避けようのない死をようやく実感した。

 身体が震え、現実感が失われていく。


「これは『勝負』ではなく『処分』だ。君に、生き残る方法はないよ」


 追い打ちをかけるように、リコリスは言った。

 それと同時に――。


 フローネの弓矢。

 アマテのモーニングスター。

 シャドウの鎖鎌。

 ブラックダリアのレイピア。

 ライコのクロスボウ。

 アガサの長槍。

 アクアマリンの大剣。

 そして、モカの双刀。


 それらが一斉に襲い掛かってくる。

 モカは必死に攻撃を躱し、いなし、受け止め、反撃する。

 だが、先程までのような動きのキレはない。

 マネキンの攻撃が、次々とモカを傷つけていく。


 マネキンは何度でも復活する。

 だから、攻防は無駄でしかない。

 諦めなかったとしても、生き残るすべがない。

 それを理解してしまっていた。

 モカは、自分の心がすり減っていくのを感じた。

 心が絶望に飲み込まれつつあった。


 そして――。

 突然、プツリと自分の中で何かが切れてしまった。

 抵抗に意味を感じなくなった。

 攻撃も防御も、雑になっていった。

 身体の震えが止まり、思考が妙に冷静になる。


「リコリス」

「何だい?」

「言い残したいことがある。攻撃を一時停止してもらえないかい」

「……時間稼ぎかい?」

「時間稼ぎに意味があるのかな?」


 モカは、力なく笑った。


「……いいよ、三分だけ待ってあげよう」


 リコリスがそう答えると、マネキンの攻撃が止まった。

 モカは、膝をつきながらゆっくりと息を整えた。

 身体の傷が塞がっていく。

 だが、それは根本的な解決にはならない。

 この後には勝ち目のない戦いが控えている。

 一度傷が塞がったとしても、苦しむ時間が増すだけだ。


 それでも、モカは言葉を伝えることを選んだ。

 自分がこの世にいる意味を少しでも残すために。


 モカは剣を地面に置いてから、ゆっくりと立ち上がった。

 身体の傷は治っても、燕尾服は切り刻まれたまま。

 その姿は、とても痛々しい。


「みんな、悪かったね」


 魔法少女たちは、口々に何かを叫んでいる。

 だが、その言葉はモカには届かない。

 空間の外から中へは音が通らないのだ。


「君たちに、お願いしたいことがある」


 モカは、最後の願いを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。