第4話 追い詰められた魔法少女
【2回目】
一回目でポイントを取られたモカは、深呼吸をした。
対戦相手のフローネは、ただの気弱な少女だったはずだ。
いつもオドオドして、人の顔色を窺ってばかりいる。
モカが世話をしてやらなければ、まともに人間関係を築くことも出来ない。
そんな子だったはずなのに――。
(いや、そんな子だったからか)
フローネは、ゲームに隠されていた要素を見抜いていた。
モカは漫然と回答していたが、フローネはその真逆だ。
観察して、推測して、静かに試していた。
きっと、これまでもそういう人生を送ってきたのだろう。
「ははっ」
モカの口から笑い声が漏れた。
あのフローネが、抗いがたい強敵に思えた。
全てが終わった後に、こんな機会が訪れようとは思わなかった。
「モカちゃん?」
「いや、なんでもないよ」
不思議そうにするフローネに、モカはそう返した。
最初から勝たなくていい勝負なのだ。
それに、まだ余裕がある。
燕尾服、スラックス、ベスト、シャツ、ネクタイ、ベルト、
左手袋、右手袋、左靴、右靴、左靴下
右靴下、襟飾り、髪飾り、下着の上下。
モカが着ていたのは、計16点だ。
このうち、6点が失われたが、まだ10点が残されている。
少なくとも、次のゲームで決着がつくことはないだろう。
それに――。
モカは、ここまでで『ある気づき』を得ていた。
(『アウトになったプレイヤーは、回答するはずだった単語の文字数分、服が消滅する』か)
通常であれば、このルールは有効に機能する。
倫理的に問題があるにせよ、ゲームの一要素となる。
だが、これは魔法少女のゲームだ。
通常では問題なくとも、魔法が絡むことで大きく変わる要素がある。
運営が想定していない穴が生じうるのだ。
それに、モカは気づいていた。
「それじゃあ、次のゲームに行こうか」
「……うん」
フローネは浮かない顔をしていた。
もしかしたら、何か気になることでもあるのだろうか。
それが何であれ――今のモカには、分からない。
「それでは、二回目のゲームを始めるよ。変換文字を登録してくれ」
リコリスに言われ、モカは変換文字を指定した。
フローネも準備が出来たようだ。
「次はモカからスタートだ。最初の文字は『イ』だよ」
リコリスがそう言うと、カウントダウンが始まった。
口頭で『イ』と言われたが、それは先ほどモカが回答できなかったからだろう。
それが続いているのだ。
だから、使用するべき文字は『い』ではなく『イ』。
後は、どれくらい長い単語を使うか。
「インターネット」
モカは答えた。
いきなり7文字だ。
フローネは、トから始まる8文字の言葉を答えなければならない。
なかなか難しいはずなのだが――。
「トランスポーター」
フローネはあっさりと答えた。
その反応速度に、モカは驚いた。
次に答えなければいけないのは――。
(『ター』から始めるのか? それとも『タ』?)
つい、考え込んでしまった。
ルールには書いていなかった。
このゲームに限らず、リコリスは敢えて説明を省いていることが多い。
長音符の扱いについても、事前に確認しておくべきだった。
そう思ったところで、もう遅い。
制限時間は刻々と迫ってきている。
だが、モカは焦らない。
モカが答えるべき文字数は、9文字。
これで答えられなければ、9点の衣服が消滅する。
残りの衣類は10点だったため、まだ全裸は避けられる。
(ここは、降りるか)
モカは答えなかった。
制限時間が経過し、フローネの勝利が決まる。
途端に、モカの服が消滅して、ショーツ一枚を残しただけの姿になる。
モカは腕で胸を隠すが、背筋はピンと伸びている。
ここには女性しかいない以上、それで十分だと考えていた。
「追い詰められてしまったね」
次で失敗したら、確実に負ける。
だけど、モカはまだ余裕を持っていた。
そもそも、モカにとって、これは負けてもいいゲームだ。
それどころか、負けるつもりで臨んでいた。
それに、この危機的状況を脱するための手段もある。
「モカ。君は危機感が足りないのではないかい?」
リコリスが声をかけてきた。
危機感が足りない――確かに、その通りだ。
こうして追い詰められてはいるが、モカは喜んでいた。
フローネが元々持っている価値に気づくことが出来た。
何よりも――。
「僕の願いは、服飾デザイナーになることだ。でも、それは自分の力でなる。魔法でなったら意味がない」
魔法少女になってから、モカはそう思うようになった。
願いを叶えたいが、その過程も必要だ。
結果だけ得るような歪なやり方では、いずれ破滅する。
モカはこの考え方を気に入っていた。
だが――。
「でも、死んだらデザイナーにはなれないよね?」
リコリスが、全てを破壊した。
いつものような無表情で。
だが、その内側には確かな愉悦があるように見えた。
「そりゃあ、死んだらなれないけど……」
言葉を返しながら、モカは言葉の意味を考えた。
ここでリコリスが一般論を言う必要はない。
だとすれば――。
『負けたら、死ぬ』
モカの頭に、その発想が浮かんだ。
心臓がバクバクと音を立てる。
全身に嫌な汗をかき、血の気が引く。
それでも、努めて冷静になりながらモカは尋ねた。
「今の発言は、どういう意味だい?」
乾いた声で、モカは尋ねた。
「このゲームに負けた少女は、死んでしまうからね。自力で願いを叶えることは出来なくなるよ」
「死ぬって――どういうことかな?」
「勿論、生命活動の停止だよ。もう少し具体的に言えば、心停止、呼吸停止、瞳孔散大の状態になることだね」
「そういうことを聞きたいんじゃないんだよ!」
モカは叫んだ。
命を落とすと言われ、冷静ではいられなかった。
「では、何故死ぬことになるのかを聞きたいのかな? だとしたら、答えは単純明快だ。これは、願いを叶える魔法少女を決めるためのゲームだ。そして、ゲームに負けたからと言って、魔法少女でなくなるわけではない。そして、魔法少女である限り、願いを叶える権利は失わない。だから、その権利を失わせるためには、死んでもらうしかないんだ」
リコリスの言葉は、理屈の上では正しいように思えた。
だが、到底受け入れられるものではない。
「魔法少女を辞めることは出来ないのか?」
「出来ないよ? 君たちは、既に『人間』から『魔法少女』に変化しているんだ。これは不可逆的なものであって、どうしても人間になりたいのであれば、そう願うしかない」
「何だそれ……」
モカはこぶしを握り締める。
次々と押し付けられる理不尽に、怒りがふつふつと沸いてくる。
今すぐにでもリコリスを殺してやりたいと思った。
だが、そんなことをしてしまえば、リコリスから情報を得られなくなる。
それだけは避けなければならない。
「このゲームを中止することは出来ないのか?」
「出来ないよ。仮に出来たとしても、ボクがやらせない」
「そうか」
モカは目をつぶる。
命がかかっている。
だからこそ、冷静にならないといけない。
いったん、リコリスの理不尽にも目をつぶる必要がある。
モカは大きく息を吐いた。
そして――フローネを見た。
「フローネ。君は、分かっていたのか?」
「え?」
「負けたら死ぬって、分かっていたのか?」
「分からないよ。分かるわけがない」
「そう……だよな」
モカとしても、フローネがそれに気づいていたとは思わない。
もしも知っていれば、リコリスが提案した時点で拒絶しただろう。
ただ、モカとしては――。
フローネが予め知っていたらいいと思っていた。
そうであれば、これからすることへの罪悪感を軽減できると思っていた。
「フローネ、悪いね」
モカは指をパチリと鳴らす。
すると、彼女の身体を新たな衣装が包み込んだ。
「……え?」
フローネは驚いていた。
これは、完全に想定外だったはずだ。
服は消滅するが『新しく服を着てはいけない』というルールはない。
消えたら、その分だけ魔法で生み出せばいい。
モカの『服飾魔法』なら、それが可能だった。
マジカルスマホにも『残り枚数 7点 : 16点』と表示されている。
魔法による衣類作成はルール上認められているようだ。
「これで僕の負けはなくなった」




