第2話 願いは一つだけ
「それで、誰の願いを叶えるんだい?」
フローネは、その言葉の意味を理解できなかった。
誰の願いを叶えるのか。
その言葉は、まるで願いが叶わない魔法少女がいるように聞こえた。
そんなこと、あってほしくない。
あっていいはずがない。
そう思いながら、フローネは他の魔法少女たちの様子をうかがう。
彼女たちもまた、困惑しているようだった。
あのモカでさえ、言葉を失っていた。
希望がまさに打ち砕かれようとしているのだ。無理もない。
おそらく、この中で最も冷静なのは自分だろう――フローネはそう考えた。
彼女には、他の魔法少女たちほど強い願いがなかった。
だから、彼女にはまだリコリスの真意を問いかける余裕が残っていた。
「ねぇ、リコリス。今の言葉って、誰の願いから叶えるのかを聞いたんだよね?」
フローネの問いに対し、リコリスは首を傾げた。
「フローネ。君は、何を言っているんだい?」
「だから、全員の願いが叶うんだよね?」
フローネは、他の魔法少女たちの様子をうかがいながら尋ねた。
それは、困惑する彼女たちのために聞いたことだった。
だが――。
「そんな都合のいい話があるわけないよね」
リコリスは、あっさりと否定した。
それが誰もが知っている当然の事柄であるかのように。
「でも、魔法少女になる契約をした際は、願いが叶うと言っていたはずだよ」
「『魔法少女の願いが叶う』とは言ったよ。実際、少なくとも一人の魔法少女の願いは叶うだろう? 全員の願いが叶うだなんて、君たちが勝手に勘違いしただけに過ぎない。全く、最近の若者は説明をよく聞かないというのは、本当のようだね」
リコリスの責任転嫁に、魔法少女たちは嫌悪感を隠さなかった。
本当であれば、今頃は互いを称え合い、これまでの苦労を労り合っているはずなのだ。
それなのに、今は怒りと不信感ばかりが漂っている。
「でも、案ずることはない。君たちにも納得してもらえると思うよ。君たちの絆は本物だ。だから『シャイニングアロー』を使うことが出来た。誰の願いが叶ったとしても、君たちはそれを祝福することができるだろう」
その言葉には、悪意しか感じなかった。
フローネは、信じたくなかった。
これまでやって来たことが、全て無駄になるかもしれないだなんて。
「さて、不幸にも、君たちは全員の願いが叶うと勘違いしてしまっていたようだね。ところで、願いを叶えるのを辞退してもいいという子はいるかな? 他の魔法少女のために、自分の願いを犠牲にしてもいい――そう思える子は、名乗り出てほしいな」
リコリスの問いかけに、誰も手を上げなかった。
空気が死んでいる。
女神の虚獣を倒した時の連帯感は、消滅してしまっている。
これまで、同じ目標に向かっていた魔法少女たち。
その絆が、歪み、軋み、壊れつつあった。
「おや、残念だ。そんな自己犠牲の塊のような魔法少女がいるのであれば、その子の願いを真っ先にかなえてあげようと思っていたのだけど」
「え?」
「勿論、冗談だよ。本気にしてしまったかな? さて――」
リコリスは魔法少女たちを見回す。
「やはり、話し合いで決めるのは難しそうだね。だったら、ぼくから一つ提案がある。皆でゲームをして決着をつけるというのはどうかな?」
「ゲーム?」
モカが反応した。
「そうだよ。これまで、共に戦って来た仲間だ。魔法を使ってドンパチというのは避けたいところだろう。だから『魔法のゲーム』を用意してあげたよ。願いを叶えられるのは、優勝者のみ。穏便な方法だと思うけど、どうかな?」
ゲームでの決着。
確かに、それは穏便な解決方法のように聞こえる。
だけど、提案者はリコリスだ。その言葉を信用することは出来ない。
それに――。
ゲームで負けたからといって、魔法少女たちが素直に引き下がることができるだろうか。
フローネは、その提案に乗るべきか判断できずにいた。
「お断りよ!」
鋭い声が響いた。
赤いドレスに身を包んだ妖艶な魔法少女――ブラックダリアだ。
燃えるような赤髪が特徴的で、その瞳は怒りに燃えている。
「私は、私の願いを叶える! 誰にも邪魔はさせないわ」
宣言と共に、ハイヒールでリコリスを踏みつけようとした。
だが、リコリスは魔力の障壁でそれを受け止める。
「勘違いしないでほしいね。そもそも、エーテルを使って願いを叶える技術は、魔法の国のものだ。ボクに危害を加えたところで、状況はよくならないよ。さらに言えば、ボクは魔法少女の願いを叶えることなく、この場を去ることだってできる。ここにいて、君たちに事情を説明しているのは恩情だと思ってもらいたいな」
「思えるわけがないでしょう!」
ブラックダリアは、固有魔法『魅了』を使った。
これは、中級以下の虚獣を隷属させることができる魔法なのだが――。
「無駄だよ、ブラックダリア。君程度の魔法では、ボクを隷属させることなんて出来ない」
「だったら、このままぶっ殺して――」
「止めるっスよ、ブラックダリア」
黄色の魔法少女――ライコが、ブラックダリアの背後から両手を回した。
暴れるブラックダリアを、リコリスから引き離す。
「ライコ、邪魔しないでちょうだい」
「冷静になってくださいっス」
「こんな状況で冷静でいられるはずがないでしょう!」
「それでも、冷静になってくださいっス。ここでリコリスを殺しでもしたら、皆に恨まれちまいますよ!」
ライコの言葉に、ブラックダリアは周りを見る。
誰もが気持ちは同じだろう。
だが、今リコリスを殺されては困る。
リコリスの言葉は腹に据えかねるが、間違ってはいないのだ。
「ゲームの内容は?」
モカが尋ねた。
「それはランダムだよ。対戦カードの決定と同時に、どのゲームをすることになるかが決まる」
「対戦カードは誰が決めるんだい?」
「それは、君たちに任せるよ。これまで共に戦ってきた仲間だ。組み合わせは自分たちで決めたいだろう」
白々しい口調でリコリスは言う。
ゲームに負けたら、願いを叶える権利を失う。
つまり、勝者は敗者からその権利を奪うことになるのだ。
その組み合わせを自分たちで決めさせようなど、悪趣味というほかない。
「組み合わせが決まらなかったら?」
「決まるまで、何も起きないよ。でも、早いうちに、決めてもらった方が、君たちのためだと思うな」
モカたちの会話を聞きながら、フローネは考えていた。
魔法少女たちはリコリスのペースに巻き込まれているように思えた。
憤慨し、思考停止状態になっているように見える。
だから――。
(本当に、これで終わり?)
フローネは疑ってしまう。
自分たちは、まだ騙されたままなのではないか、と。
リコリスは、まだ何かを隠しているのではないか。
だけど、その内容が分からない。
もしかしたら、考え過ぎなのかもしれない。
「フローネ、大丈夫か?」
「え?」
気が付けば、モカがフローネの顔を覗き込んでいた。
こんな時でも、彼女はフローネのことを気にかけてくれていた。
「ごめんね、ちょっと考えこんじゃって」
「何か分かったのかい?」
「ううん。何も」
フローネは、疑問を言葉にしなかった。
不確定なことを言ったところで、魔法少女たちを動揺させるだけだ。
「どうすればいいのかな?」
「そうだね、フローネ。このまま何も進まないのはよくないよね」
フローネがモカに向けた言葉に、リコリスが強引に割り込んだ。
「君たちは、ボクの提案に乗るしかない。異議のある子はいるかな? ボクとしては、沈黙は『異議なし』と判断するけれど、構わないよね?」
リコリスが言った。
それに反対できる者はいなかった。
それが最善であることは、間違いないはずなのだ。
「それでは、決定だ。願いは、ゲームで優勝した一名が叶えることとするよ」
「リコリス、待って」
「待たないよ。これは、君たちの総意で決まったことだ。せっかくだから、これから第一回戦を始めようか」
リコリスは、楽しそうに言ってから『箱』を空中に出現させる。
「これは、魔法の世界のゲーム機だ。ゲームは一対一で行うよ。最初に、誰がやる?」
フローネは、戸惑っていた。
何も決められずにいたら、勝手に決められてしまった。
こんな状態で、ゲームに参加しようだなんて思えない。
他の魔法少女も同じだろう。
そう思っていたのだが、モカが手を上げた。
「おや、モカ。君が最初のゲームに参加するんだね?」
「ああ、そうだ」
モカは、首肯した。
フローネには、モカが何を考えているのか分からなかった。
リコリスの提案に素直に従うだなんて――。
「では、対戦相手は誰を指名する?」
「指名できるのかい?」
「勿論だよ。対戦カードの決定は君たちに任せると説明しただろう?」
「では、そうだな――」
モカは魔法少女たちを見回す。
対戦相手を探しているのだろう。
モカと戦いたくない一心で、フローネは目をそらした。
だが――。
「それでは、フローネ。君を指名させてもらおう」
「……え?」
モカは、フローネを指名した。
突然の指名に、フローネは目を見開いてモカを見た。
その表情に悪意は感じられなかった。
それどころか、いつものようにフローネを気遣っているようにさえ見える。
「何で? 嫌だよ。モカちゃんと戦いたくない」
「大丈夫だよ、フローネ」
フローネの耳元で、モカは囁く。
「戦うと言ってもゲームだ。それに、僕の願いは自分の手で叶えないと意味がないものだと気づいてね」
「……え?」
「君を勝たせてあげたい――そういうことだよ」
モカは、気負うことのない自然な口調で言った。
それは誇り高き魔法少女――モカその人だった。
そんな彼女の態度に、フローネは申し訳なく思ってしまう。
でも、モカの提案を断ることも出来なくて――。
「うん、ありがとう」
そう答えることしか出来なかった。
「決まったみたいだね。それでは、第一回戦は、フローネ対モカになったよ。皆、観戦していってね」
リコリスは、明るい声で言った。
まるで、これから最高のショーが行われるかのように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この物語は、願いを叶える権利を巡って、魔法少女たちが過酷なゲームで争う物語です。
次回から本格的に物語が進んでいきます。
彼女たちが何を願い、何を選び、どんな結末を迎えるのか。
これからの物語も楽しんでいただけたら嬉しいです。
引き続き、よろしくお願いいたします。




