4.悪意という名の女
「パパ…会いたかったぁ〜!」
魔族の女は、一目散にチャンに抱きついた。
「マリス、元気だったか?でも、あの歓迎は感心しないな…」
あの攻撃は、この女だったか。
「エヘッ、嬉し過ぎて…光線出ちゃった」
その両目は、まだビカビカ光っている。
「で、このザコ何?」
俺の方を見下した目で見る。
「お前のエサだよ」
「マジ、ラッキー。お腹減ってたんだよね」
(おいおい、マジか?確かにチャンは信用出来んが…こんな所で)
最早ここで、何かを信じるという事が一切出来なくなっていた。何か創作物の様なチート的展開を期待していたのかも知れない…何故なら、相手はまるでアニメキャラのコスプレを実体化した様な女だったから。
失った左腕の切断面からの血は、奴の光線で焼かれ止まっていた。
「ングング…やっぱ男の肉は硬いな」
千切った腕の切り口を下に持ち、その指を一本一本頬張っていた。
「ここはどうかな?よっと…」
「やめろ、うぁっ!」
片手で俺の右目を抉る…血と見た事も無い神経が左目で確認された。
「チュパチュパ…ん、舌触りはまぁまぁか」
(この常軌を逸した痛み…きっと夢だ。眠ろう)
と自分に言い聞かせ、意識を失う。
俺の体に掛けられた、目に見えない透明の拘束縄が一瞬消えた様に思えた。それは、少し離れたベッドで抱き合って眠るクソ父娘のイビキがした瞬間だった。
(寝息が静かになると、締まる。イビキが大きくなると緩む。よし、このブレスで何とか、まだ残金が残ってる…さてどうすっか?)
手首に付けたブレスレットは、以前の戦いで幼獣レベルなら倒せる事は分かる。が、この女はラスボス級なので何処まで通じるか。
(とりあえず逃げよう。クソ、コイツだけは許さん)
拘束が緩んだ瞬間、ブレスから出した短い光の剣で、縄を切断する。感触的に成功した様だ。どうしても我慢出来なかった俺は…眠るチャンの口に、無造作に置いてあったダイナマイトの導火線を短く切って火をつけ、奴の口に突っ込んだ。すぐに爆発するので、窓を破り…一気に外に飛び出す。
爆発音が響き、破片が飛び散る。頬にベタッと何かが当たる。手に取って見ると、人の耳だった。
「ザマァみろ…」
手綱を引き爆煙をかき分け、トカゲの馬車で走る、走る。片手では操作しにくい、が…絶対死んでないであろうあの女が、追って来る前に逃げなければ。
砂漠を抜け、俺が吊られそうになったあの処刑場を通って…最初の酒場街に辿り着く。
(追っ手の気配は感じない…逃げ切れるとは思わないが、少しは時間稼ぎ出来るだろう)
街には街灯が灯っている、しかし人の気配は無い。何か足元がヌルヌルしている…ふと地面を見ると、首の無い死体がゴロゴロ転がっていた。
(このヌメリは、血…)
「見い〜つけたぁ…」
脇に頭の無い胴体を抱きかかえ、こちらを炎を宿す目で見つめる…チャンの娘、マリスの姿が。
(あ…終わった)
「パパを返して、グス…グスッ。エ〜ンッ!」
地面に膝をついて、泣き始めるマリス。
(ジタバタしても、しょうがない…諦めて、コイツに殺されるとするか。でも、一か八か…)
「よしよし…いい子いい子…俺が、パパになってやる」
頭を撫でて、なだめるフリをする。
(俺はバカか?こんな茶番、通じるわけが…)
「ホント?本当にパパになってくれるの?」
「えっ…あ、あぁもちろんさ。俺の娘になれ、マリス」
「やったあぁ〜!パパ好きぃ〜!」
その娘からは、以前の様な悪意は感じられず…屈託無く、抱きついてきた。
「ここの村人ったら…誰もパパになるって言ってくれないの。だから全員殺しちゃった」
「で、何で頭だけ無いんだ?」
状況を回避し安心した俺は、素朴な疑問を口にしてみた。
「ソレね、パパの無くなった頭の代わり探して、くっつけてみたけど…上手くいかなくて。面倒だから、全部食べちゃった」
彼女の抱えていた胴体はチャンの物だった、もう捨てられているが。
「パパ、妹さんを探してるんでしょ?アチシにとっては叔母さんか」
「どうしてそれを?」
「前のパパの死肉をちょっとかじった時、入って来たんだ。レイジパパの記憶…」
「手伝ってくれるのか?」
「当たり前でしょ、ハイッ」
マリスが手渡したロケットペンダントを開くと、妹のキリカの写真。彼女の首にも同じ物が。
「アチシとお揃い〜」
(魔族のマジックに、いちいち疑問符を投げかけていては、キリがないんで…黙って受け取っとこ)
「あぁ、そうそうパパ…ここでは、レイジって名前伏せといて。元指名手配だから…代わりにガイウスって名乗るのよ」
「誰だソイツは?」
「人魔大戦の時、魔族に味方して…大いなる戦果を上げた英雄よ。さっき、アチシが間違って首切っちゃったんだ。だから…」
切断した頭を、ポケットから取り出すマリス。
(カラダにポケットって…未来のロボットか)
「ハイ、ジイ〜っとな」
マリスがそう言うと、生首の目は開き…そのオデコの幾何学模様の紋章が、俺の頭に印刷された。
「コレは?」
「魔王軍の証明だよ。パパが人間でも、これ見た魔族は、ひざまずくのさ」
「へえ…で、魔王って?」
「エヘヘッ、アチシのお爺ちゃんだよ♡」




