第4話 リリィ
第4話 リリィ
神父様の対応は素早かった。
書物屋で同じ症状が発症する病を探しても見つからなかったとおっしゃった。けれど女神様の姿を見ると忘れていた、と再び書物屋さんへ向かった。そして今度はすぐに戻って来た。
『闇:女神様に仇なすもの』
太古の昔から女神様との闘いを繰り返す存在。滅する事は叶わず、封印する事で何百年かは安寧が保たれる。
この文書は一体誰が書いたものなんだろう。そもそも人間は百年も生きられないのに太古の昔とか、何百年かは安寧とか怪しいと私は思う。
けれど神父様は他に頼るものがない中ではこの文書を信じる他はないだろうと教会の統括部へ相談したり、国に助けを求めるように依頼した。
その甲斐あって国からの調査隊はすぐさまやって来た。毒による影響を考えて、川や井戸を調べて回っているらしい。上流まで辿り山にまで行っていた。
それでも原因は掴めなかったが、幾つかの荷物を持って帰って来た。それを研究所に持っていき調べてもらうのだそう。
他の地域の教会からも神父様がいっぱいやって来た。
街の人たちの様子を確認したり女神様に祈りを捧げたりする。
私は神父様達のお世話をするだけで手いっぱいになった。私達の教会の神父様であればあくびをしながら起きて来るので何もお世話する事なんてない。けれど別の教区の神父様達は何だかやってもらって当たり前な貴族のような態度を取るから嫌だ。
一週間経たないうちに肘まで染みが広がる人が出て来て必死に女神様にお祈りをしても一向に収まらず、どうしたものかと皆頭を抱え始めた。
リリィも元気がない。朝起こしに来られなくなった。
「おはようお姉ちゃん」
シーツ越しにベッドに飛び込むリリィを逆にシーツで包む朝の幸せのひと時もない。
日中もベッドから起き上れない。
箒とちりとりで教会内を掃くのはもちろん、パン屋さんの軒先を掃くのも家具屋さんのお手伝いに作業場の床を掃く事も出来ない。
薬草を見つけるのも粉にするのも何もかも出来ず祈る事すら出来ずただベッドに寝るだけ。
上半身を起こして背中を支え野菜のスープの入ったスプーンを口元へ運ぶ。小さなスプーンから一生懸命にスープを吸うけれど、器と口との間をスプーンが何度か往復しただけで、首を左右に振ってもう飲めないとベッドに倒れてしまう。
「お姉ちゃん、ごめんね」
こんな状態になってもリリィは自分が悪いと謝って来る。私は胸が締め付けられる思いで涙を堪えて言った。
「リリィが悪いのではないの。お姉ちゃんこそ何もしてあげられなくてごめんね」
恐れていた事が起きた。
街のそこかしこで闇の染みが出来た人達の手の先から広がった黒い染みは手首、肘と段々広がっていく。
それが肩にまで到達すると誰かに操られたように自らの首を絞める。
そしてそれを助けようと両腕を掴んで抑えようとした人が変わりに首を絞められる。既に二名が被害者となっていた。
今この事件の原因は闇であると言えばその理由は何だとなり、ジトを明け渡さなくてはならなくなる。
偉そうな神父様達はジトを焼き払って満足するかも知れない。
でもこの事件の真の原因はジトじゃない。ジトをどうにかしても終わらない。
ぬいぐるみが闇を引き寄せる、なんて言えばいつもジトと一緒にいるリリィも疑われかねない。むしろリリィの方が本体だと思われる可能性だってある。
ああ、女神様。どうすればよいのでしょうか?
偉い(そして役に立たない)神父様達の次の応援も来た。
小さな街の事だけど、国の危機として王命で各地から聖女様達が集められたらしい。
聖女様達は女神様に祝福された存在でこの国を救う事が出来る。そばにいるだけで症状が改善されるのは本当にすごい。
聖女様達は何組かに分かれて散らばった。聖女様には闇の存在の居場所が分かるみたいだ。
ちょうどお使いに出た時に闇を払う場面に遭遇してしまった。
聖女様達は家を四方から囲み女神様にお祈りを始める。
家が光で包まれその光の内側に煙のように闇が蠢いているのが見える。
(あれが闇!)
闇が逃げ場を失って家の中心に逃げる。闇の最後の隠れ場所は闇に取り込んだ人間。
聖女様が一人家の中に入り、闇に取り込まれつつある人の前に膝まずき女神様に祈りを捧げる。光が患者を包み闇が低い地響きのような断末魔の叫びを発して蒸発した。
(ひっ!)
その声は聞くだけで全身に鳥肌が立ち連れて行かれるのではないかと恐怖した。
「これでこの家の闇は払われました。もう大丈夫です」
聖女様達は一軒一軒確実に闇を払っていかれる。
これで助かる。後はリリィの順番がいつになるかだ。もちろん街の人達が優先なのは理解しているしリリィを優先して下さいと我儘を言えない事は分かっている。
リリィ、頑張ろうね。
色んな人がいるように、聖女様も色んな方がいらっしゃる。強い力を持った方もいらっしゃるし、そうでない方もいらっしゃる。
闇よりも力が劣る聖女様の手の先に闇の染みが出来るようになって来た。そして聖女様の手の先に闇の染みが出来るたびに闇の力が強まるらしい。
闇は意思を持っていた。弱い聖女様から狙い、弱い聖女様がいなくなるとその次に弱い聖女様を狙う。そうして段々聖女様の数が減りもう残り三人となってしまった。
リリィの衰弱を気にしていたジトはサーシャにこう言った。
『このぬいぐるみのせいで闇が寄って来てリリィを闇に取り込もうとしてる。しかも俺がいるせいで闇が加勢しに来るんだ。そのせいでリリィは他よりも進行が早いはずだ。俺が力を出さなければリリィは少しマシになるはず』
私が何かを言う前にジトはただのぬいぐるみに戻ったようにその場に転がった。
ただ祈るしか出来ない自分がもどかしかった。聖女様達は一生懸命戦っている。でも自分には何もない。リリィを救う力も、ジトを救う力も。だから、女神様に祈った。
(女神様、どうか闇からこの街をお救いください。)
『サーシャ、貴女の願いはなんですか?』
何が起きているのかはっきりと分かる。目を閉じているその前に女神様が立たれている。
(どうすれば、闇は去りますか?)
『ジトを封印しなさい。そうすれば闇は去ります。』
私は動揺した。ジトを?ぬいぐるみではなく?
(女神様、ぬいぐるみではなく、ジトを、ですか?)
『そうです。ジトがこの事件の鍵を握っています。』
リリィとジトと三人で箒を掃いた時間。荷物の上にジトを置き、揺られながらお使いに行った時間。これらは全てジトが仕組んだ罠だったと言う事だろうか。私とリリィを仲間に引き入れ人間の目を自分に向けさせない為の手の込んだ作戦。
『貴女は聖女の力に目覚めていません。私が手伝います。』
(女神様、他に方法はありませんか?)
『貴女の選択は分かりました。』
女神様が去ったのが分かった。目を開ける。そこには何もない。何もいない。果たして自分の選択が合っていたのか、間違っていたのか。
そんな答えが出ないような事を考えていると遠くで眩い光が起きた。光はドーム状に広がり教会からも見える程だった。街の人たちが飛び出て来る。私もそこに向かって掛けていった。
三人の聖女様達が並び人々が歓喜している。
「救われた!」
「助かった!」
「女神様ありがとう!」
口々に言う。闇は払われたのですね。女神様ありがとうございます。
女神様は自分の都合を押し通そうとする私を諦めて活躍されている聖女様達に力をお貸しになったのだと思う。
私はそっとその場を去り教会に戻った。神父様は連日の偉そうな統括部の神父様達との打ち合わせに出掛けたきり何日も帰っていなくて静まり返っていた。
リリィは最近きちんと食事が出来ていないのでまだベッドで寝ているのかも知れない。そっと見に行く事にした。
リリィの部屋のドアを開ける。ベッドに近付く。依然リリィは丸くなっていた。
シーツをめくる。手も足も首筋さえも黒く、必死に自分を抑え込んでいるのが分かる。




