第3話 3人での暮らし
第3話 3人での暮らし
ぬいぐるみが叫んだ!
私はそのあり得ない事態にどうしていいのか分からず手探りで何かを探そうと両手でバタバタさせる。
「リリィ!離しなさい!」
リリィはぬいぐるみが叫んでも一向に意に介さず、上下にブンブン振って攻め続けた。
『やめろ!振るな!』
ぬいぐるみのボタンの糸が心なしか斜めに吊り上がった。リリィの冷静さにようやく私も落ち着き、リリィからぬいぐるみを取り上げた。
『全く、なんてガキだよ!いきなり噛むヤツがあるか!』
「ごめんなさい。届かない所に置いてたんだけど、最近バレンさんが脚立を作ってくれたので届くようになったの」
そうじゃない。そこは大事じゃない。
『とにかく、二度と噛むなよ、リリィ!』
「はーい、ごめんなさい」
リリィは素直に謝れるいい子。
「ところで、何故あなたは喋れるの?ご令嬢のお母さまにしては乱暴な口調だしお母さまではないんでしょ?」
『そうだ。俺にもよく分からん。ただ、このぬいぐるみからは聖女の匂いがする。俺はそれに惹かれてやって来て、取り込む』
「取り込む?」
『俺たち闇に取り込むって事だ』
なんと言う事でしょう。私は礼拝堂まで走って行って、女神様の像の前にひざまずくと女神様にぬいぐるみを捧げた。
「女神様、この闇から来たる者を滅してください」
「サーシャちゃん、何してるんだい?」
振り返ると、女神様にお祈りをしている何人かがポカンと口を開けて見ていた。
「あ、あ、すみません。リリィとごっこ遊びをしていたもので」
言ってそそくさと出て行った。
部屋に戻るとリリィは既に興味を失ったのか掃除の続きをしていた。
箒と塵取りの勇者は強い、そう思った。
気になった事がある。ジトは普通のぬいぐるみに見えるが取り込んだ結果がそれなんだろうか?
「それで、ジト、取り込んだ姿がそれ、なの?」
『あー、俺はまだ闇の力が弱いからな。依代とは言え、聖女の力には勝てん。悔しいからせめて中に入ってやった。わはは』
「ジト、笑ってないで手伝ってよ」
リリィは既にジトを年の離れた幼い弟をこき使うように接している。さすが勇者さま。
『楽しいか?』
「楽しいわ。綺麗になっていくし、皆も喜んでくれるし。それが嬉しいの」
『そうか、じゃあ手伝うか。でも俺ぬいぐるみだから立とうと思ってもぐにゃぐにゃして立てないんだよ』
「え?問題はそこなの?」
びっくりした。立とうと思えば立てる。布で作られてるから立てないだけ。喋ろうと思えば喋れる。
「お姉ちゃん、ジトの中に木の枝を入れたらどう?」
リリィから的確なアドバイスが出て来る。2人とも既に現実として受け入れてる。若いって強いのね。
「そうね、じゃあ庭で木の枝を拾って来ようか」
枝を拾うとジトの身体に当て、長さのちょうどよいものを幾つか選んだ。本当は関節もあった方がいいんだろうけれど、膝を曲げた時、膝から枝が突き出てるのは怖いと思い足は付け根から先までで一本にした。
部屋に戻ると、腰で巻いたリボンを解き、ドレス代わりのハンカチを取り外した。こねくり回すと、手の先と足の裏の糸を解けばいけそうだ。
「あ、一つ聞くけど、糸をほどいたら力がなくなるとかないの?」
『こいつはただの依代だからな。全く問題ない』
足の裏の踵の部分の糸を解き、枝を差し込んで行く。たっぷりと綿が入っていて、サーシャ達の布団よりも多いのではないかとすら思える。
木の枝を綿の隙間を縫うようにして股関節まで到達すると、反対側も手足も同じように枝を通した。
「どう?」
ジトは全身に力を込める。目が斜めになり力を込めているのが分かる。
『ダメだ。関節がないから起き上がれん。ちょっと立たせてくれ』
横でずっと見ていたリリィが立ち上がらせる。
『お、いいぞ。まだ離すなよ』
ジトはゆっくりと身体全体を左側に傾けた。右足が持ち上がる。持ち上げた右足を少し前に出して下ろす。そして今度は反対に右側に傾け左足を持ち上げ前に出して下ろす。
『いいな、これで縫ってくれ』
サーシャはジトを持ち上げて倒すと縫合に取り掛かった。
「ジト、良かったね」
リリィが嬉しそうに言う。
『ああ、これで俺も手伝える』
「あ、縫い終わったらバレンさんにジト用の箒を作ってもらいましょうか」
「お姉ちゃんすごい!最高!」
『おお、俺専用の箒も作ってもらえるのか。手伝いとは嬉しいものだな』
「ジト、他の人がいる時は人形のままでいてね」
『どうしてだ?』
「大変な事になるからよ」
『大変な事ってなんだ?』
「うーん、多分燃やされちゃうかな」
『それは困るな、灰にされると動けないから手伝えない』
バレンさんは快く引き受けてくれた。余った端材で箒を作り、ジトに持たせてサイズを調整してくれた。
ジトはピクリとも動かず、喋らず、ボタンの縦糸もずっと縦のままだった。
後日談だけど、バレンさんはジトが箒を持っている姿を気に入ったらしく、端材で木の人形を作って箒を持たせて店先に飾っている。
最初こそ動きがぎこちなかったが、何日も経つ間に体の使い方に慣れて来たのかジトの動きが様になって来た。
床はサーシャとリリィが掃き、棚の上や手の届かない所はジトが掃く。特にジトはその後雑巾を両足の下に敷き、器用にモップとして拭いてくれる。
ジトは薬草を見つけるのも上手だ。目がボタンだからか、人間に見えないものが見えているらしくリリィの肩から見下ろしてあそこだここだと手で示す。
さすがにジトの事は神父様には言えないし、神父様の前ではジトは絶対に喋らない。ついさっきまでリリィの腕に絡み付いていたのに、神父様が現れた瞬間ただの人形になる。
それでもリリィがジトを弟のように扱い、ジトの存在はリリィをお姉ちゃんに格上げしてくれていてお使いの範囲も広がった。
リリィは背負った荷物の上にジトを置いてお使いを済ませる。少し高い位置だから遠くまで見通せるので色々役に立つのだそう。
本当ならポトリと落ちてしまうはずだが、ジトは上手い具合に揺られながら落ちないように位置を調整している。
二人いれば安心、そんな心の油断があったかも知れない。いつもならとっくに帰って来る時間なのに、今日はまだ帰って来ない。
二人で道草を食ってる、そんな事をほんのり考えた。でも何だか胸騒ぎがする。神父様に伝えた。
「神父様、リリィがまだ帰ってません」
「そうだね、ちょっと見て来ましょうか」
「いいえ、私が探して来ます。神父様はここにいらしてください。リリィが戻った時に誰もいないと不安になるだろうし」
「分かりました。ではサーシャも気を付けて。お使いのルートを順にたどれば何か分かるかも知れないですよ」
「はい、では行ってまいります」
急いでいつもの順にたどる。まずは教会の周りのお店。それから畑仕事をしている人たち。その道中で会う人会う人にリリィの行方を知らないか聞いて回った。
どれもお使いは終わっていて、向こうの方へ行ったとかあっちに向かったとか漠然とした情報だったけど、とにかく今は丁寧にあとをたどるだけだ。
ところが途中で堂々巡りのループになってしまい手掛かりを失ってしまう。冷静になってお使いを並べてどこかに見落としがないか考えた。
もしも、最悪の事態が頭によぎる。不安で仕方なくなったが、リリィとジトの方が不安にしているだろうと自分を奮い立たせた。
ようやく手掛かりを見つけたのはもうそろそろ薄暗くなり始めた頃だった。手紙を渡して荷物を持って帰ってもらう、と言う用事だった。
まだ荷物を受け取っていないので、手紙の宛先に向かう道中で道草を食っているのだろう、くらいに考えていたようだ。
「ありがとうございます。こっちを調べてみます」
急ぎ足になった。走りたい気持ちはあったけれど、途中で何か見落としがあるといけない。
畑があれば念のため声を掛け、川があれば覗いてみる。
ああ、女神様。
薄暗くなってよく見えないが、向こうからトボトボと歩いてくる小さな子供が見えた。あれだ、私はいつの間にか駆け出していた。
「リリィ!」
顔を上げ私である事を確かめると、手を振った。
「お姉ちゃーん!」
駆け寄りしゃがむとリリィが飛び込んで来る。良かった!良かった!女神様、ありがとうございます!
暫く抱きしめ合ってから、傷などないか、服が破れていないかなど確かめた。どうやら大丈夫のようだ。もちろんジトも無事だ。
「リリィ、遅くなっちゃったね」
「うん、捕まってたの」
「え!?」
思いもよらない言葉が返って来た。荷物を受け取って代わりに担ぎながら、リリィに聞くべきかジトに聞くべきか悩んだ。
「捕まってたって、どう言う事?」
リリィとジトの話をまとめるとこう言う事らしい。
リリィは先程のおばさんから手紙を預かり、宛先の人の所へ行こうとした。その途中で四人の男に囲まれ連れて行かれてしまった。
そこは牢屋で、教会に大金を積んでリリィを引き取ろうとした男の屋敷のようだった。
男はリリィに後で可愛がってあげると言ったそうだったが、とても嫌だったので断った。
男は出て行ったが見張りがいて出られなかったがジトがやっつけたらしい。
見張りのポケットから鍵を取ってリリィの元に戻り、高い所にある牢屋の鍵穴までリリィがジトを持ち上げ鍵を開けて脱出して来た。
やっつけたの意味は深く聞けなかった。ジトの闇の力でどうにかしたのだろうか。とにかく無事で良かった。
「神父様には見張りが近付いた時に鍵を落とした事にしましょう。そうしないとジトの事も話さなくてはいけなくなる」
「うん、分かった」
それにしても、幼い子供を攫うなんて、女神様の罰が当たりますように。
手紙を届けられなかった事を詫び、明日改めて届ける事と、心配していただき感謝している事を告げる。
来たルートを逆に回り一人一人に感謝した。
教会に帰るのが遅くなってしまったが、神父様はじっと目を閉じて待っていらした。
「ただいま戻りました」
「ああ、サーシャ」
「神父様、ただいま」
「リリィ、良かった!」
神父様はリリィを抱きしめた。リリィも抱きしめ返す。神父様もリリィを我が娘のように思っているのかも知れない。
男が誘拐を指示した事、屋敷に牢があった事を話した。神父様は明日この事を報告しに出掛ける事になった。このまま放置しては次の被害者が出るかも知れず、既に何人も被害者がいるのかもしれない。
しばらくの間はリリィを一人にはさせない事を神父様と話し合った。今回は偶然助かったけれど、次回も助かると思うのは浅はかだ。
次の日、神父様を見送ると昨日手紙を渡せなかった人のところまで行った。改めて手紙を受け取って宛先の人の所へ行った。
荷物を受け取り元来た道を戻る。リリィが昨日の事で心配にならないかと思ったが全くそんな気配はない。それどころかいつの間にかジトと2人で歌を歌えるようになっていた。
「その歌、リリィが作ったの?」
「ううん、多分お母さまが教えてくれた」
ああ、母の数少ない思い出をジトと共有しているのだ。私も一緒に歌いたい。
「ねえリリィ、その歌私にも教えてちょうだい」
「うん、いいよ」
皆で歌いながら改めてお礼行脚をした。異変に気付いたのはその時だった。最初畑仕事をしている人から野菜を貰い受ける時、指先が泥で汚れている、そう思った。
でも畑仕事をしていない人も黒く汚れている、というか染みが出来ている。指先のそれ、どうしたんですかと聞いても分からないという。
そのうち色んな人がサーシャを見つけては自分の指先が黒い事に不安を抱き薬を求めてくる。けれど私にはその知識もないし、薬も知らない。女神様にお祈りしますとだけ言ってごまかした。
ちょうど神父様が戻って来たけれどその時には教会に人が押し寄せ皆パニックになっていた。神父様は皆を落ち着かせるためにわざと小さな声で話した。ざわつきが静かになる。書物屋さんで調べる事と、国王に助けを求める事を皆に約束して帰ってもらった。
「神父様、一体なんなのでしょうか?」
「分かりません。ただ広い範囲で皆さんが同時に症状を訴えているので病ではないのかも知れません。病は段々広がっていくものですが、今回の事件はいきなり全員です。とにかく書物屋さんに行ってきます」
病気でないのなら、心当たりはもう一つある。部屋に戻るとジトと目線の高さを合わせる。
「ジト、あんたなの?」
『何が?』
ジトは私の言っている事が分からないという風に聞き返す。
「皆の指先が黒くなってるの」
『ああ、闇の染みだろう?闇に飲まれ掛けてるんだ』
「やめて」
『いや、俺じゃない。俺は手伝うのに忙しいからな』
ジトは嘘は付かない。嘘を付くという感覚がないのかも知れない。
「じゃあ一体誰が?」
『それは、闇だろう?』
ジトは言葉が足りない。私の聞き方が悪かった。
「ジト以外にも闇がいるの?」
『この聖女の依り代が引き寄せるからな』
ふとリリィを見ると、いつの間にか手首まで黒くなっていた。もしかするとジトが近くにいるせいで皆よりも進行が早いのかも知れない。




