第2話 ジト
第2話 ジト
リリィはあれから聞き分けよく、ぬいぐるみを詮索する事はなかった。それと、もっと手伝いたい、と言い始めた。
それで、まずは毎朝私を起こす役目をお願いした。リリィが起こしに来ると、逆にリリィを布団で包んで抱きしめるまでがセットになった。
神父様は何も言わないけれど、ぬいぐるみと一緒にいただいた袋はお金だったに違いない。食卓に時々ベーコンが並ぶようになった。
そのおかげか、トビーもハンスも血色が良くなった。それはとても嬉しい事だ。健康な子供の方がもらわれる可能性が高まる。
色々な理由で子供を失った親は多い。だからと言ってまた子供を作るのは歳の事を考えると難しい事もある。第一出来るかどうかも分からないのだ。
だから、教会で預かっている子供を引き取りたい、と言う親も多い。不幸な子供たちにも、親たちにも女神様のご加護がありますように。
私はご縁がなかったので貰われず結局この教会でシスター見習いとして頑張っている。リリィは是非良い貰い手が見つかって欲しい。
毎日過ごすうちにリリィの出来る事が増えて行った。薬草ももう見本がなくても探せるし、乾燥させた薬草をすり潰すのも得意だ。
お使いにも一人で行けるようになり、畑仕事をする間に預かる子供達の面倒も見られるようになった。もう立派なお姉さんだ。
こうして子供が成長するのを見るのはステキなことだと分かった。親にはなれなかったけれど、リリィの成長を見られて嬉しい。
あ、まだ半年も経ってなかった。
驚く事に、先にハンスが貰われて行った。少し裕福な下級貴族で、やはりハンスくらいの子供を最近事故で失ってしまったらしい。
女神様に祈りを捧げるようになって、神父様に隠れるようにして立っているハンスを見て息子だと思ったらしい。
神父様は二人を諭し、ハンスは息子さんに似ていても別人である事、それを理解した上でなら貰っても良い、と言われた。
神父様は偉い。二人は話し合いハンスをハンスとして受け入れる事となり、ハンスは旅立って行った。
「良い事は重なるものですよ」
夜の祈りの時、神父様はトビーとリリィに向かって言った。
神父様は予言も出来る。
教会にレオ君を預けて畑仕事をするお父さまが、ある日トビーを連れて行きたい、と言った。
神父様は何も言わず、ただ頷いただけだったけれど、レオ君とトビーはまるで兄弟の様にお父さまに手を握られて去って行った。
礼拝堂の隣にある込み入った話をする談話室にお客様がいた事がある。裕福そうな体型で服装などの合計がこの辺りのどの人より高そうな方。
女神様ごめんなさい。人を値踏みするような事を言って。
テーブルの上に置かれた袋はきっとお金が入っている。残された子供達の為に子供を引き取りお金を置いて行く人も多い。この方はきっと深い不幸を背負い、他の子供達にも幸せになって欲しいと願ってらっしゃるのだ。
教会に残された子供はリリィのみ。良い事が重なるとばかり思っていたのに、神父様はその方に何かおっしゃっている。
「これから毎日教会に来て女神様にお祈りなさい。十年も祈れば女神様のお許しが得られます。そうしたら好きなだけ子供を引き取ってもよろしいですよ」
その方はテーブルの上に置かれた袋を無言でしまうと機嫌悪そうに出て行ってしまう。
「神父様、折角良い事が重なりそうだったのに宜しいんですか?」
「サーシャ、子供が欲しいのと自分の思い通りになりそうな相手が欲しいのとは違うんですよ。自分の思い通りになりそうな相手には過度な期待をし、思い通りにいかない時に怒りの感情に変わってしまう。子供には分からなくてよい話です」
神父様は時々難しい事を言って煙に巻く。けれどそれはいつも子供たちを守るための言葉だ。
リリィがそーっと入口から覗いているのを見つけた。
「ああリリィ、心配して来たんだね。残念だけど今の方はお前には合わない。私はね、すごく耳がいいんだ。あの袋の中身はたくさんのお金に思えるけどほとんどがただの石ころなんだよ。石ころをお金に見せかける嘘を付く人にリリィは渡せない」
神父様は嘘つきだ。優しい嘘。
リリィは引き取られなかった事をやはり気にしているようで益々色々と手伝うようになった。桶に水を貯めるのも一度に出来ないので少しずつ分けるように工夫したり手の届かない場所を拭くのにも椅子を持って来て乗って拭いた。
家具屋さんに修理品を持って来たお客様が教会で女神様に祈りを捧げた後で神父様と話し込んでいた。家具屋のバレンさんはお客様に修理が終わった事を告げるために来たのだけれど、リリィが長い箒を引きずりながら移動するさまや重い椅子を運ぶさまを見てお客様の事を放って帰ってしまった。
「今、家具屋のバレンさんが来たんですが帰っちゃいました」
私がそう言うとお客様は神父様とのお話を打ち切って修理品を取りに行かれたようだ。
バレンさんの事が気になって隣に行くと、大きな長い箒をばらしている所だった。
「あ、サーシャちゃん、いい所に来た。ちょっとリリィを連れて来ておくれ」
「はい。何をされてるんですか?」
「あんなに小さいのに一生懸命お手伝いしてるんだ。もう少し身体にあった物をこしらえてあげようと思ったのさ」
「まあ、それはありがとうございます。リリィを連れてきます」
バレンさんはリリィに箒の柄を並べてみたり、使う時のように両手で持たせたりとあれこれ調整しているようだったが、柄の部分も太くてリリィには合わないようで別の棒を使う事にして、リリィの背丈に合った箒とちりとりが完成した。
「バレンさん!」
リリィはそれをまるで剣と盾のように誇らしげに掲げ、早速バレンさんの作業の跡を掃き始めた。今までのように引きずる事もないし箒にもてあそばれる事もない。効率が上がるだろう。
バレンさんからのプレゼントはそれだけではなかった。水を汲むための桶と高い所を掃除するための脚立を作るという。
その日から完成までの三日間はバレンさんの横に付きっ切りでじっと作業を眺め、全く手伝いをしなかったがリリィの嬉しい気持ちが私にも伝播して私も嬉しかった。それで、私も服屋さんに布切れをもらって来てリリィに内緒でエプロンを作った。
バレンさんから掃除道具一式を貰い受け喜々とした顔で戻って来るリリィにエプロンを見せると抱き着かれた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
感謝の気持ちを全身で表すリリィに私も全身で受け止める。ああ、なんて幸せなんでしょう。
リリィは身の丈に合った道具を手に入れ、今までのうっぷんを晴らすかのように手伝いをこなした。
談話室は毎日テーブルを拭き、トビーとハンスがいなくなった部屋も、その他の空いている部屋も順に綺麗に掃除されていく。
神父様の部屋は立ち入り禁止、という事になっていて掃除したそうに扉の外に立っていたりもするが中から声が掛かる事はなく、いつもがっかりした表情をして諦める。
私の部屋ももちろん掃除オーケーだ。リリィは小さな小瓶に庭で摘んだ花を毎日活けてくれる。掃除が終わった後、花を見るのが楽しみ。もちろん、お礼を言った時のリリィの嬉しそうな顔を見るのも好き。
神父様は時々お出掛けになる。教会同士のささやかな繋がりや統括教会への報告、貴族の方へ施しのお願いをしに行く。それから普段誰にも話せない悩みを聞きに行くらしい。
「貴族の方も人間、悩みはあるのですよ」
神父様は口が堅い。貴族の方の悩みを私が聞いても井戸端会議のネタに提供する事はないがそれでもどんなことなのか仰られた事はない。
「サーシャ、リリィ。教会の集まりがあるので出掛けますから留守番をよろしくお願いします」
「いつ頃お戻りですか?」
「明後日の晩には戻って来ます。教会に来られた方には一応サーシャが話を聞いても良いかお尋ねしてから、良ければ聞いてください」
「はい、分かりました」
「はーい」
リリィは掃除の途中だったので箒と塵取りを掲げて応える。リリィの決めポーズなのかも知れない。
神父様が出て行くと、リリィはすごすごと私の部屋に行く。確か順番的には私の部屋を掃除する時だ。私は自分の分を済ませてしまったのでリリィと一緒に自分の部屋を掃除する事にした。
細い箒の柄をベッドのシーツと干し草の間に差し込み、ぐっと下から持ち上げるようにする。ぺしゃんこだった干し草が空気を含んでふんわりとする。
「リリィ、こんな事までしてくれてたのね!たまにベッドがふんわりしてると思ったらリリィのおかげだったのね。ありがとう」
「えへへ」
褒められて少し照れながらリリィはベッドメイキングを済ませると、脚立を棚のすぐそばに持って来てその上に乗った。
貴族の令嬢さまからお預かりした、お母さまの思い出のぬいぐるみ。リリィはじーっとぬいぐるみを見つめた。
ぬいぐるみはたじろぎもせず縦棒の目で見返して来る。
何を見てるの、そう声を掛けようとしたその時、リリィがぬいぐるみを持ち上げる。そして、腕を引っ張ったりドレスをめくったり、青い髪を撫でたりして、最後は天井に向けて持ち上げた。
もしかして、お世話がしたいのかな?
そう思った時、リリィは思い掛けない事を口にした。
「お前はジトだ」
「ジト?」
何の事か分からず素っ頓狂な声を出してしまった。
「ジト目だから、ジト」
そのぬいぐるみの何がリリィをそそるのか、口を大きく開けて頭からかじった。
『ぎゃー』




