第5話 決戦
第5話 決戦
『おい、次が来るぞ』
いつの間にかジトがリリィのベッドの上にいた。
「ジト!どういう意味?」
『新たな闇が来ているんだ。見せてやる』
ぬいぐるみが倒れ、黒い靄のようなものが出て来る。そして私の身体の中に入って来た。
ああ、闇の世界が広がる。
ジトはこの場にいるけれど、闇を伝わればどこまでも行けるようだった。そしてその光景が見える。広場まで行くと何が起きているか理解した。
新たな闇が出現したようだった。
三人の聖女は祈りを捧げる間もなく闇に飲まれた。一人は立ったまま、一人は手を伸ばして闇に抵抗しようとして、もう一人は片膝を付いた状態で。
闇は広がって行く。街の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、次から次へと闇に飲まれてしまった。
蜘蛛が獲物を捕らえる時のように、まずは動きを封じ込める。それからじわじわと命を吸い取る。その証拠に全身を闇に覆われた誰もがまだ生きている。
ジトと繋がったサーシャには闇の強さがはっきりと分かった。ジトなど話にならない強さだ。
そして、聖女様の強さも分かる。あの闇にとって、聖女様が百人束になっても叶わない強さだ。
闇がジトを睨み付ける。
(ジト、見つかった!)
慌てて逃げる。
部屋に戻るとジトが出て行くのが分かった。
広がっていた闇が視界から消え、代わりの世界が広がる。
あの闇がここまで来るのにどれくらい掛かるか分からないけれど、長くは掛からないと思う。
とにかくここにいては危険だ。
「リリィ、逃げよう!」
上半身を起こしリリィの両腕を肩に掛けて抱き上げようとするが身体に力が入ってなくて思った以上に重い。けれど諦めるわけにはいかない。
力を込めて抱き上げると、その途端に闇に飲まれた爪が私の背中に食い込む。
「いっつっ!」
シスター服の背中に血が滲む。痛みに耐えて立ち上がり礼拝堂に連れて行った。
女神様の前の長椅子にリリィを寝かせると女神様に祈った。
「女神様、新たな闇が来ました。聖女様達も全員取り込まれてしまいもう手に負えません」
『お前達、ここにいたのか』
後ろに誰かいた。
「誰!?」
振り向くとジトが宙に浮いている。ところがいつもの声と違うしわがれた声だ。
これが闇の声なのか。恐怖で全身に鳥肌が立つ。女神様、助けて。
ふいにリリィが起き上がる。
『お前は誰だ』
リリィが宙に浮いたジトを睨んでいう。その声はジトだった。
『ワシはワシだ。ワシ以外の何者でもない。そう言うお前は何者だ』
『俺は、ジトだ!』
『ジト…お前はワシなのに、何故お前には名がある?』
『俺はサーシャとリリィを持ってるからだ!』
闇は理解しようと考えているようだった。
『サーシャ、俺はリリィの身体の中に入ってる。リリィは女神に会いたがってる』
ああ、良かった。きっとリリィが闇に飲み込まれるのをジトが抑えているのね。
『女神・・・』
リリィに入ったジトが女神様を呼ぶ。
その声に呼応するように女神像が光る。眩しくて目を細めないといられないくらい。
光は女神像の形のまま、ゆっくりと二つに分かれるように女神様と女神像になった。
その光に当てられリリィの中に入ったジトも、闇に取り込まれたぬいぐるみも力が弱くなったのが分かる。リリィが意識を取り戻した。
「お姉ちゃん、ジトが私の中に入って来て分かったの。多分もう私も闇に取り込まれてしまう」
「そんな」
「お姉ちゃん、一緒にすごせて楽しかった。ありがとう」
「リリィ」
「女神様、私が犠牲になればこの街は救われるでしょうか?」
『貴女には聖女の器がありません。聖女の器に力が貯まる事で聖女になります。その器の大きさが聖女の強さです。けれど貴女には器がありません』
『器のない貴女に力を貸す事は出来ません』
「そんな…」
リリィは明らかに落胆したようで、力尽きて気を失ってしまった。その代わりに弱々しくジトが現れる。
『サーシャ、俺があいつを抑えている間にまとめて封じ込めてくれ!』
ジトはリリィの身体から飛び出て再びぬいぐるみに入った。中で戦いが起きている。
そして、ボタンの目が再び吊り上がる。
『ふはは弱い。女神に守られて尚こんなにも弱いとは。ではお前もいただくとするか』
ジトがサーシャに向かってゆっくり宙を進む。
その時、もう力も残っていないはずなのに、リリィが抱きしめた。
『離せ!』
闇はリリィの腕を振りほどこうとジタバタもがくが抜け出せずにいる。それはリリィだけの力でなさそうだった。ジトが最後の力を振り絞って抵抗している。その証拠に時々目が縦になる。
『サーシャ、人生は幾つもの選択肢で出来ています。その選択に悩み、選択を後悔する事もあるでしょう。ですが、その選択をなかった事にする事は出来ません。』
「はい、女神様。私は最初の選択肢を間違えたのだとずっと不安でした。でも女神様ならどうにか出来るのではと勝手な事を考えていました」
ジトとリリィとのしあわせな時間をずっと続けて行きたい。ジトが闇の者だとしても、話せば理解出来る。そんなわがままが今の状況を作り出している。
『どの選択肢も間違いはありません。貴女は今何を選択しますか?』
「女神様、私は理解しました。聖女になるのに必要なのは覚悟なのだと。私は今までの私を捨て、女神様の使徒になります」
その瞬間、時間が止まったかのように感じた。世界の理が垣間見えた。闇の存在、光の存在。あんなにも凶悪で強大で逆らう事など出来るはずもない存在だったはずなのに、とてもちっぽけな存在だった。
そして集中すると、更に更にちっぽけなジトがいた。
サーシャの亜麻色の髪が金色に輝き始める。
それは人間としてのサーシャから聖女としてのサーシャへの肉体の作り替えだった。以後サーシャは女神様の使徒、聖女として生きる。
「ジト、ごめん」
両手を組み祈りを捧げる。サーシャの身体が光に包まれ礼拝堂が真っ白に満たされる。光は壁を突き抜け街一帯に広がる。その光の壁に触れた瞬間、闇の染みが人々の身体からすうっと消えて行く。
まるで時が動き出したように真っ黒な石のようになった人々が生気を取り戻し手を取り合って喜び合う。三人の聖女も元に戻り自分の手に闇の染みがついていない事を確認して何が起きたのかを確かめていた。
教会ではジトの目は縦棒に戻り、リリィは石となったジトを抱いていた。
「それでは、神父様。リリィを連れて行きますよ」
「よろしくお願いします。リリィ、商人さんのいう事をちゃんと聞くんだよ」
「はーい。神父様今までありがとう。お姉ちゃん、世界中を旅してまた戻って来るからね」
リリィは旅の商人に引き取られた。商人にはリリィと同じ歳の娘が一人いて、二人で商売を盛り上げていって欲しいみたい。一人っこだと寂しいものね。二人ともすでに意気投合していてまるで双子のようだ。
商人は隣国の貴族とも懇意で、今回の騒動の発端であるジトのぬいぐるみ、これが依り代となっていたため封印した事を嫁いだ貴族令嬢に報告する事も請け負ってくれた。
「リリィ、またね」
何と言ってよいのか分からず、私はそんな気の利かない事しか言えなかった。
思えば全て自分のわがままのせいだった。三人の生活を壊したくない為にジトの事を秘密にし、結果として巨大な闇を招いてしまった。
女神様が提示して下さった選択を拒みリリィを危険な目に合わせ、結局ジトも助ける事は出来なかった。
私にリリィのしあわせな門出をお祝いする資格はあるのだろうか。
馬車に乗り込むリリィの姿をじっと見ていた。私に気付いてリリィが手を振る。馬車が走り出す。表に出て、ずっと手を振り続けた。ずっと、ずっと見えなくなるまで。
教会の中に戻るとリリィ用の箒と塵取り、それにジト用の箒がまるで勇者の剣と盾のように見えた。
完




