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第三章 世界果実為替の狂乱、あるいは「桃」十五パーセント暴落のシグナル

 学内の全学科が桃源郷子の「飲める桃」の軍門に降り、岡山フルーツ大学が桃主権のもとに統一されたのも束の間。新首都岡山の心臓部であるフルーツ管理局の総裁室に、激震が走った。部屋の壁一面に設置された電光掲示板。そこには、普段我々が目にする通貨の円やドルではなく、世界を裏で支配する概念為替レートの数字が血のように赤く点滅し、異常な速度で乱高下を繰り返していた。「総裁!大変です!ロンドン市場とニューヨーク市場が同時にハッキングされました!国際フルーツ委員会(IFC)が、我が国の経済基盤を根本から破壊する気です!」「なんだと……!? 奴ら、ついに禁断の概念操作市場に手を付けたか!」オペレーターたちが悲鳴を上げる中、電光掲示板に表示されたシグナルは、もはや人類の理解を超えた狂乱の数値を弾き出していた。「ロンドン・概念為替シグナル」 「糖分主権」六十パーセント大暴落 「高付加価値温室」百二十パーセント急騰 「輸入フルーツ権益」四十八パーセントストップ高 「果実流通信用」通信途絶による異常値検出。そして、「岡山産・桃」二十分連続ストップ安、市場初の「十五パーセント暴落」を記録!「世界規模で果実の価値基準そのものを狂わせながら、本命である我が桃の価値をピンポイントで圧殺しにきている……!なんという資本の暴力だ……!」



 これこそが、世界経済の裏で暗躍する国際フルーツ委員会が放った総攻撃であった。彼らは海外勢の権益(温室バナナ等)を守るため、世界の果物為替の市場価値を操作し、岡山の桃をただの「無価値な泥の塊」へと暴落させて圧殺しようとしていたのだ。桃の価値がゼロになれば、新首都岡山の経済は一瞬で崩壊する。その時、管理局の重厚な扉が蹴破られた。 「……外が随分と騒がしい思うたら、えらい派手にやられとるんじゃな」現れたのは、ボロを作業着を羽織り、背中に大きな麻袋を背負った桃源郷子だった。彼女の背後には、かつて敵対し、今は彼女の思想に心酔するシャイン麗華、盛盛苺香、柿崎渋右衛門、アールズ公爵ら旧四大学科のトップたちが、精鋭として従っていた。「郷子ちゃん!しかし今回は糖度計のバトルではないんだ!相手は世界市場そのものを操作している!物理的な桃の糖度をいくら上げても、市場が『桃は無価値だ』と判定すれば、すべては終わるんだぞ!」総裁が絶望の声を上げる。「市場がなんぼのもんじゃ。数字が勝手に踊っとるだけじゃろうが」郷子はフンと鼻で笑うと、背負っていた麻袋をドサリと床に降ろした。中から現れたのは、怪しく黒い光沢を放つ、見たこともない高密度の有機肥料だった。「それは……まさか!?」 伝統派の渋右衛門が目を見開く。「美観地区の、あの歴史ある路地の奥深くにひっそりと店を構える、伝説の肥料商『吉備の黒金庵』の秘伝肥料……『神代黒金かみしろくろがね』か!?」「そうじゃ。美観地区にはの、こういう歴史の裏で国を支えてきた本物の名店がゴロゴロあるんよ」郷子はニヤリと笑った。「データや為替を操る国際委員会とやらには分からんじゃろうが、うちの桃の根っこは、この岡山の粘土質の干拓地と、美観地区の英知が詰まったこの肥料でガチガチに繋がっとるんじゃ。どんなに数字で暴落させようが、この大地から湧き出る『生命のレート』だけは、誰にも操作させん!」



 その瞬間、総裁室の通信モニターが強制的に切り替わり、漆黒のベールに包まれた国際フルーツ委員会の最高議長が姿を現した。「愚かな桃農家の娘よ。我々の資本力は無限だ。現に今、世界の果実流通システムは我々の掌の上にある。世界の法則は我々の手の中にあるのだ。貴様の桃など、一瞬で歴史の藻屑にしてくれる! 桃の市場価値をゼロにせよ!」画面の向こうで、数千台の量子サーバーがフル稼働し、桃のレートをさらに引き下げようと猛烈な売り浴びせが始まった。掲示板の「桃」の数字がみるみるうちに減少していく。「みんな、うちの背中に手を当てんちゃい!」郷子が叫ぶと、麗華、苺香、渋右衛門、公爵が迷わず郷子の肩を抱いた。マスカットのグリーンマナ、イチゴの電脳データ、柿の伝統の渋み、メロンの圧倒的格式。学内を統一した四つの果実の力が、郷子の「桃マナ」へと一本に収束していく!「あんたらが流通システムを弄ろうが、海外権益を釣り上げようが知ったこっちゃねぇ! うちの桃への愛は、いつだってストップ高じゃ言うとろうが!!」郷子は麻袋から掴み出した『神代黒金』の肥料を、管理局のメインサーバーの冷却液タンクへと豪快に投げ込んだ。物理的にはあり得ない現象だった。有機肥料が冷却液と混ざり合った瞬間、サーバー全体が鮮やかなピンク色の光を放ち、爆発的な処理能力を発揮し始めたのだ!岡山の干拓地の大地そのものが、ネットワークを通じて世界市場へ逆流していく!「対・桃コミュニケーション……世界市場接続!!」郷子の瞳が完全な桃色へとフラッシュする。背後に立つ巨大桃太郎像の幻影が、世界経済のネットワークの海を両断するように日本刀を振り下ろした。



「桃は、世界が飲むんじゃけぇの!!!」



ドゴォォォン!!!



 世界中の為替トレーダーたちの端末が一斉にピンク色の果汁を噴き出してショートした。ロンドン、ニューヨーク、東京。すべての市場の電光掲示板がバチバチと火花を散らし、異常な数値を叩き出す。「市場崩壊・最終シグナル」「国際フルーツ委員会」信用百分パーセント暴落!「世界経済」桃の果汁により完全融解!「岡山産・桃」前代未聞の「測定不能インフィニティストップ高」を検出!!「バ、バカな……! 我々の概念操作が、ただの果汁の熱量に塗り替えられていく……!世界のトレーダーたちが、株を捨てて岡山の桃を欲しているだと……!?」議長が絶望の悲鳴を上げる中、通信画面は完全にノイズへと消えた。静まり返る総裁室。電光掲示板には、世界のすべての為替ペアが消滅し、ただ一言、美しい岡山弁でこう刻まれていた。



「もう桃しかいらんわ」



 「やった……勝ったわ……! 世界の資本を、郷子ちゃんが桃一つで破産させたのよ!」 麗華が歓喜の声を上げる。郷子は額の汗を作業着の袖で拭い、美観地区の肥料の香りが漂う部屋で不敵に笑った。「さあ、これで邪魔者は誰もいなくなったな。世界を本当の『桃源郷』に変えてあげるわ」窓の外では、新首都岡山の夜明けを告げる太陽が上り始め、巨大桃太郎像が世界を征したその勇姿を、どこまでも雄大に光らせていた。


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