第七話:なんか綺麗になった?
「澪、なんか綺麗になった?」
駅前の居酒屋。
テーブルを挟んだ向かいの席から、友達の一人がふとそんなことを言った。
ゴールデンウィーク最終日の前日。
よく会う高校の女子バレー部の六人で、みんなのお気に入りのお店に集まっている。
「……たしかに」
「うん、なんか今日めっちゃ盛れてる」
「さては、新しい恋でもしてる!?」
すかさず別の子たちも身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「…………」
隣では、私の事情を知っている杏奈が、絶対に顔に出すまいと明後日の方向を見ながら、度数の低いカクテルに口をつけてちびちびと飲んでいた。
「いやいや……何もないよ」
相手がみんなも知っている同級生なだけに、ここで気軽に打ち明けるわけにもいかず、私は引きつりそうになる頬を必死に抑えて苦笑いした。
「それにしても……聞けば聞くほどサイテーだわ、拓巳」
話題は自然と、私の元彼の話へとスライドしていく。
ここ最近、なかなか全員の予定が合わず集まれていなかったため、今日ようやく拓巳との別れの詳細を話せた子もいた。
たった二か月前は、私はまだ拓巳と付き合っていたのだ。
私の状況は、このわずかな期間で、文字通り目まぐるしく変わってしまった。
「でもさ」
友達の一人が、枝豆を手に持ちながら少し遠慮がちに口を開いた。
「人づてに聞いたんだけど。拓巳は、澪のこと引きずってるみたいだよ。その浮気相手とも、別に付き合ってないみたいだし」
その言葉を聞いて、私は手元の小皿から箸で卵焼きをつまみ上げた。
「……ふーん」
短く相槌を打ち、そのまま甘い卵焼きを口に入れる。
私、薄情だろうか。
もしも、芦田くんとの出来事がなければ、今頃は私も拓巳との別れを引きずって、泣いたりしていたのだろうか。
たしかに、長く一緒にいたのにあんな別れ方になってしまって、悲しかったし、茫然とした。
でも、浮気の事実は消えない。
一度裏切られた事実を受け入れて、関係を再構築するなんて、私には到底考えられなかった。
(……別に、今の芦田くんとの関係も、決していいものではないんだけど)
二度目に彼の家に行った翌日のあの日。
なんだかんだ、夕方まで彼の部屋に長居してしまった。
「……あ。連絡先教えて」
「買い物に行くついで」と言って駅まで送ってくれた彼に、別れ際、改札の前でスマホを差し出された。
そこでようやく連絡先を交換したのだ。
そのあとすぐに迎えたゴールデンウィーク。
私たちは連絡をとり合って、ずるずるとほとんどの時間を一緒に過ごした。
一度だけ、映画を観に外へ出かけてみた。
終わったあと、カフェにでも寄ってお茶ができたらな、と密かに期待していた。
けれど、彼は「早く帰ろ」とあっさり言って、すぐに家に連れ戻されてしまった。
(恋人でもないし、外でデートみたいなことはあんまりしたくないのかもしれない……)
私はそんなふうに解釈して、少しだけ胸を痛めていた。
基本的には芦田くんの家に入り浸り、一度だけ私の家にも来た。
「ほー」
私の部屋に足を踏み入れた彼は、物珍しそうにぐるりと部屋を見回して、そんな短い感想を漏らしていた。
でも……彼を家に招き入れたのは、よくないことだったかもしれない。
彼の香りが――今もまだ、私のベッドのシーツに色濃く残ってしまっているから。
家で一人で寝る時も、その匂いに包まれると彼の腕の中を思い出してしまい、心臓がドキドキと煩くてひどく寝つきにくくなってしまった。
まるで付き合っていると錯覚してしまうくらい、自然と一緒にいたけれど。
別に彼から「好き」とか「付き合おう」とか、そういう決定的な言葉が出るわけではない。
もちろん、私からもそんな話はしない。
(これって、いわゆる『そういうお友達』ってやつなのでは……)
(よくない……)
高校時代から直前まで、五年間も一人の人とだけ真面目に向き合ってきた私。
その真逆をいくような、今のこの曖昧で輪郭のない関係。
短期間で自分自身の身に起きているあまりのギャップに、私の心は全くついていけず、ただただ戸惑うばかりだった。




