第五話:いやいや。仲良くなったじゃん
数日続いたちょっとした炎上案件がようやく片付き、午後半休をもぎ取った俺は、自室のベッドに寝転んで天井を見上げていた。
あの日から、自分の部屋のシーツに包まるたびに、彼女の滑らかな肌の感触を思い出してしまっていた。
(……一体、なんだったんだあれは)
相性が良すぎて、何度も我を失いそうになった。
あんな感覚に陥ったのは、俺だけ?
そう思いつつも、シーツの中の彼女のいろんな表情を思い出すと、向こうも同じように感じてくれていたのではと自惚れたくなる。
あれから、連絡は一切とっていなかった。
調子に乗っているように聞こえるかもしれないが、今までは相手から連絡先を聞かれるのが当たり前だったので、自分から聞くという発想自体がすっぽり抜け落ちていたのだ。
藤崎に頼めばわかるのかもしれないが、怪しまれる気がする。
彼女にまた会いたい気持ちはあったが、行動には移せずにいた。
ダラダラと午後半休を消費していた十五時頃。
ちょうどその藤崎からメッセージが入る。
『今日飲める!?』
またしても急な誘いだった。
午後半休で時間はあるし、『行けるけど』とだけ返すと、あいつは仕事中のはずなのにすぐに返信が飛んできた。
『よかったーー!! いや、勇気出して坂本さんを誘ったんだけど、「え?二人?」ってちょっと警戒されたから来て!!』
女々しいやつだな、とため息をつきつつも。
画面に映る『坂本さん』の文字を見て思考が止まる。
(……高梨さんも、来たりすんのかな)
胸の奥でわずかに膨らんだ期待を隠し、俺は了承の返事を送った。
指定された居酒屋に入り、最初は藤崎と二人で適当に喋っていた。
少し遅れて坂本さんも合流し、三人で会話を進めるものの、一向に高梨さんの名前は出ない。
次第にしびれを切らした俺は、グラスのビールを喉に流し込んだ後、ふと口を開いていた。
「……高梨さんは? 呼ばないの?」
向かいに座る藤崎と坂本さんが、驚いたように目を見開く。
「どうしたの? 史人。珍しい」と藤崎。
「あっ、連絡してみよっか?」と、坂本さんがさっとスマホを取り出して電話をかけ始めた。
彼女はしばらくスマホを耳にあてていたが、コール音だけが響き、高梨さんは出なかったようだ。
「出ない。まだ仕事中かな?」
スマホを耳から下ろす坂本さんを見て、俺は小さく息を吐く。
(仕事中か、もしくは……別の男といるとか)
そんな可能性も頭をよぎり、無意識のうちにまたビールを深く飲み込んだ。
しかしすぐに折り返しの電話があり、仕事を終えた彼女が来ることになった。
その事実を知った瞬間から、入口のふすまが開くのが待ち遠しくて仕方なくなってしまう。
「いらっしゃいませー!」
やっと開いたふすまから現れた彼女の姿に、一瞬、全身に鳥肌が立った。
仕事終わりの、前回よりきっちりとした格好の彼女に目を奪われ、気の利いた挨拶すら返せない。
空いていた俺の隣の席に彼女が座る。
「仲良くなったの?」という藤崎の無神経な問いに、分かりやすく狼狽えている彼女の横顔を、俺は頬杖をつきながら面白く観察してしまった。
(……いやいや。仲良くなったじゃん)
心の中でからかう。
俺が一切のフォローをしないことに、彼女は目配せで無言の抗議をしてくるが、その必死な様子がさらに俺の可笑しさを誘った。
藤崎の昔話に笑ったり、相槌を打ったりする彼女の声が、すぐ隣で鼓膜を揺らす。
明るい性格だが、声は女性の中ではやや低めの、落ち着いたトーン。
その声を聞いていたら、あの夜のよからぬ記憶を鮮明に思い出してしまいそうで、俺はあえて口数を減らし、おとなしくしていた。
テーブルの下に下ろした俺の手は、彼女に触れたくて仕方がなくて、ずっとそのタイミングを窺っていた。
帰ろうかという話になり、藤崎が坂本さんに意識を向けた一瞬の隙を突いて。
俺はテーブルの下で、彼女の右手をそっと握り込んだ。
彼女はピクッと肩を揺らし、無言で戸惑い、抗議した。
でも、その手はやっぱり俺の手の中にぴったりとくっついていた。
滑らかな絹のような、彼女の細い指。
一度触れてしまったら、もう離れられなくて困る。
坂本さんが起きた拍子に慌てて手を離されたけれど。
俺は、今日も絶対に連れて帰ると、心の底で静かに決めた。
◇
――パタン。
静かな音を立てて、玄関の重いドアが閉まる。
目論見どおり、再び彼女をこの部屋に連れ込むことに成功した。
電車に乗る前からここまで、俺はずっと彼女の手を強く握りしめたままだった。
「えっと……お邪魔します」
この前と同じように、小声で控えめに挨拶する彼女を見下ろす。
二人きりになった瞬間、わずかに保たれていた理性の糸が切れた。
靴を履いたまま、まだ電気もつけていない暗い玄関で、思わず顔を傾けて彼女の唇を塞いだ。
「…………っ」
触れ合った瞬間、身体の芯に電流が流れたように感じた。
そのまま彼女の頬を両手で包み込み、痛くならないようにそっと、でも逃がさないように必死で玄関の壁へと追いやる。
角度を変えて、何度も、何度も唇を重ねた。
彼女の吐息が熱くなり、俺の背中に回された手がシャツを強く握りしめる。
彼女も必死に応えてくれているのがわかって、もう、完全に自制がきかなかった。
息も絶え絶えにキスを繰り返しながら、なんとか互いの靴を脱ぎ捨てる。
そのまま暗い部屋の中へと進み、ベッドに二人で転がり込んだ。
柔らかなマットレスに彼女を沈み込ませ、ブラウスの隙間から滑らかな肌へと手を入れると、彼女が小さく抵抗した。
「……芦田くん……っ、シャワー、とか……」
潤んだ瞳で見上げてくる彼女に、俺は顔を埋めるようにしてすがる。
「……まず一回だけ……」
「…………っ」
俺が余裕のない声でねだるように囁くと、彼女は暗がりの中でもわかるほど頬を真っ赤に染め、そのまま俺を受け入れてくれた。




