表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第五話:いやいや。仲良くなったじゃん

 数日続いたちょっとした炎上案件がようやく片付き、午後半休をもぎ取った俺は、自室のベッドに寝転んで天井を見上げていた。


 あの日から、自分の部屋のシーツに包まるたびに、彼女の滑らかな肌の感触を思い出してしまっていた。


(……一体、なんだったんだあれは)


 相性が良すぎて、何度も我を失いそうになった。

 あんな感覚に陥ったのは、俺だけ?


 そう思いつつも、シーツの中の彼女のいろんな表情を思い出すと、向こうも同じように感じてくれていたのではと自惚れたくなる。


 あれから、連絡は一切とっていなかった。


 調子に乗っているように聞こえるかもしれないが、今までは相手から連絡先を聞かれるのが当たり前だったので、自分から聞くという発想自体がすっぽり抜け落ちていたのだ。

 藤崎に頼めばわかるのかもしれないが、怪しまれる気がする。

 彼女にまた会いたい気持ちはあったが、行動には移せずにいた。


 ダラダラと午後半休を消費していた十五時頃。

 ちょうどその藤崎からメッセージが入る。


『今日飲める!?』


 またしても急な誘いだった。

 午後半休で時間はあるし、『行けるけど』とだけ返すと、あいつは仕事中のはずなのにすぐに返信が飛んできた。


『よかったーー!! いや、勇気出して坂本さんを誘ったんだけど、「え?二人?」ってちょっと警戒されたから来て!!』


 女々しいやつだな、とため息をつきつつも。

 画面に映る『坂本さん』の文字を見て思考が止まる。


(……高梨さんも、来たりすんのかな)


 胸の奥でわずかに膨らんだ期待を隠し、俺は了承の返事を送った。


 指定された居酒屋に入り、最初は藤崎と二人で適当に喋っていた。

 少し遅れて坂本さんも合流し、三人で会話を進めるものの、一向に高梨さんの名前は出ない。


 次第にしびれを切らした俺は、グラスのビールを喉に流し込んだ後、ふと口を開いていた。

「……高梨さんは? 呼ばないの?」

 向かいに座る藤崎と坂本さんが、驚いたように目を見開く。

「どうしたの? 史人。珍しい」と藤崎。

「あっ、連絡してみよっか?」と、坂本さんがさっとスマホを取り出して電話をかけ始めた。


 彼女はしばらくスマホを耳にあてていたが、コール音だけが響き、高梨さんは出なかったようだ。

「出ない。まだ仕事中かな?」

 スマホを耳から下ろす坂本さんを見て、俺は小さく息を吐く。


(仕事中か、もしくは……別の男といるとか)


 そんな可能性も頭をよぎり、無意識のうちにまたビールを深く飲み込んだ。


 しかしすぐに折り返しの電話があり、仕事を終えた彼女が来ることになった。

 その事実を知った瞬間から、入口のふすまが開くのが待ち遠しくて仕方なくなってしまう。


「いらっしゃいませー!」


 やっと開いたふすまから現れた彼女の姿に、一瞬、全身に鳥肌が立った。


 仕事終わりの、前回よりきっちりとした格好の彼女に目を奪われ、気の利いた挨拶すら返せない。


 空いていた俺の隣の席に彼女が座る。

「仲良くなったの?」という藤崎の無神経な問いに、分かりやすく狼狽えている彼女の横顔を、俺は頬杖をつきながら面白く観察してしまった。


(……いやいや。仲良くなったじゃん)

 心の中でからかう。


 俺が一切のフォローをしないことに、彼女は目配せで無言の抗議をしてくるが、その必死な様子がさらに俺の可笑しさを誘った。


 藤崎の昔話に笑ったり、相槌を打ったりする彼女の声が、すぐ隣で鼓膜を揺らす。

 明るい性格だが、声は女性の中ではやや低めの、落ち着いたトーン。

 その声を聞いていたら、あの夜のよからぬ記憶を鮮明に思い出してしまいそうで、俺はあえて口数を減らし、おとなしくしていた。


 テーブルの下に下ろした俺の手は、彼女に触れたくて仕方がなくて、ずっとそのタイミングを窺っていた。


 帰ろうかという話になり、藤崎が坂本さんに意識を向けた一瞬の隙を突いて。


 俺はテーブルの下で、彼女の右手をそっと握り込んだ。


 彼女はピクッと肩を揺らし、無言で戸惑い、抗議した。

 でも、その手はやっぱり俺の手の中にぴったりとくっついていた。

 滑らかな絹のような、彼女の細い指。

 一度触れてしまったら、もう離れられなくて困る。


 坂本さんが起きた拍子に慌てて手を離されたけれど。

 俺は、今日も絶対に連れて帰ると、心の底で静かに決めた。


 ◇


 ――パタン。

 静かな音を立てて、玄関の重いドアが閉まる。


 目論見どおり、再び彼女をこの部屋に連れ込むことに成功した。


 電車に乗る前からここまで、俺はずっと彼女の手を強く握りしめたままだった。


「えっと……お邪魔します」


 この前と同じように、小声で控えめに挨拶する彼女を見下ろす。


 二人きりになった瞬間、わずかに保たれていた理性の糸が切れた。

 靴を履いたまま、まだ電気もつけていない暗い玄関で、思わず顔を傾けて彼女の唇を塞いだ。


「…………っ」

 触れ合った瞬間、身体の芯に電流が流れたように感じた。


 そのまま彼女の頬を両手で包み込み、痛くならないようにそっと、でも逃がさないように必死で玄関の壁へと追いやる。

 角度を変えて、何度も、何度も唇を重ねた。

 彼女の吐息が熱くなり、俺の背中に回された手がシャツを強く握りしめる。

 彼女も必死に応えてくれているのがわかって、もう、完全に自制がきかなかった。


 息も絶え絶えにキスを繰り返しながら、なんとか互いの靴を脱ぎ捨てる。

 そのまま暗い部屋の中へと進み、ベッドに二人で転がり込んだ。


 柔らかなマットレスに彼女を沈み込ませ、ブラウスの隙間から滑らかな肌へと手を入れると、彼女が小さく抵抗した。

「……芦田くん……っ、シャワー、とか……」

 潤んだ瞳で見上げてくる彼女に、俺は顔を埋めるようにしてすがる。


「……まず一回だけ……」

「…………っ」


 俺が余裕のない声でねだるように囁くと、彼女は暗がりの中でもわかるほど頬を真っ赤に染め、そのまま俺を受け入れてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ