表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面識のなかった同級生と名前のない関係になったら、隙間なく重なる相性で離れられなくなった  作者: momomo
第三章:過去の影に煽られる、黒い嫉妬と剥き出しの熱
14/19

第十三話:……あ、好きというわけではないんだ

 トイレの前の廊下で芦田くんと二人でいたところを、藤崎くんに見つかってしまった。


 芦田くんの目配せに従って慌てて先に会場へ戻ったものの、彼がどうやって誤魔化したのだろうと気が気でなく、入り口をチラチラと気にしていた。


 しかし、しばらくして戻ってきた芦田くんは何食わぬ顔で、藤崎くんもさっきと変わらぬ笑顔だったので拍子抜けした。

 どう説明したのかはわからないけれど、芦田くんはいつものあの気怠げな調子で、うまくはぐらかしたのかもしれない。


 気まずいハプニングはあったものの、同窓会の楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ラストオーダーの声がかかる。


「えーっ、早いねえ」

 三年の時同じクラスだった女の子と盛り上がっていたので、お互いに残念がる。

「話し足りないし、今度飲みに行こっ!」

「行く行く!」

 そう笑顔で約束していたら、ふと入り口の方角に目をやった彼女が目を細めた。


「え……あれ、河合じゃない?」

「……え?」


 振り返ると、その言葉のとおり、拓巳が立ってこちらを見ていた。


「……なんでいるの」

 近くにいた杏奈が、私の心の声をそのまま代弁した。


 最後に会った、五年記念日を祝おうとしていたあの日。

 いつも穏やかな時間を過ごしていた彼の部屋。

 そこにいた見知らぬ女の子と、尋ねてきた私を見て顔面蒼白になり狼狽する彼の姿が、フラッシュバックする。


 固まる私を見つけ、彼が歩み寄ってきた。


「……今さら何の用?」

 私の前に立ち塞がるように身を寄せて、杏奈が低い声を出す。


「……ごめん。ずっと返信なかったけど、どうしても話したくて……」

 拓巳が、消え入りそうな声で小さく言ってきた。


「……私は、話すことないから」

 彼の目をまともには見ず、冷たく返す。


 さっきまで楽しくおしゃべりしていた元クラスメイトの友達は、急に空気が重たくなったこの状況に、隣でややオロオロしている。


「……せっかくの場で、こういうことしないでよ」

「それはごめん。でも、こうしないともう会えないと思って……」

 すがるように言う彼に、私が何かを言い返すより早く、杏奈が私の手を引いた。

「あんたが帰らないなら、私たちが帰るから」

 杏奈は拓巳をキッと睨みつけ、そのまま私を連れて会場を後にしてくれた。


 ◇


 拓巳は一応、追いかけてはこなかった。


「澪、大丈夫? 勝手なことしてごめん」

 ビルを出て、私の顔をのぞきこみながら杏奈が心配そうに聞いてくる。

「ううん。あのままいたらキレちゃいそうだったから、助かった」

 私は力なく微笑み返した。

「もー、あいつ。どの面下げて来たのよ!?」

 隣で杏奈がプンプン怒ってくれているのが、少しだけ救いだった。


 結局私たちはそのまま、真夏の午後のアスファルトの熱気の中を駅に向かって歩き、改札で別れてそれぞれ帰路についた。


 一人で乗る帰りの電車の中。


 スマホが震え、芦田くんからメッセージがきた。


『この後も来る?』

 いつもの、短い誘い。


 正直、会いたい気持ちはあった。

 けれど、それ以上にさっきの出来事の精神的な疲労が勝っていた。


『ごめん、今日は自分の家に帰るね』


 そう送って、揺れる車内でそっと目を閉じる。

 思えば、彼からの誘いを断ったのは、今日が初めてだった。


 ◇


 ――パタン。


 自分の家に着き、バッグをベッドの上にポンと放り投げた。


「……ふう」


(疲れた)


 息を吐きながら、ゴールドのピアスを外して机の上に置いた。


 手を洗った後、フローリングに腰を下ろして、スマホを開く。

 芦田くんからの返信が入っていた。


『じゃあ、俺がそっち行く』


「えっ?」

 思わず、スマホの画面に向かって声を上げる。

 受信時間を見ると、もう三十分以上経っていた。


(今から!? やばい!)

 部屋を見渡して血の気が引く。


 慌ただしい平日の一週間のあと、芦田くんの家に向かい、そのまま同窓会に行ったわけで。

 片付けるタイミングが全くなかった私の部屋は、見事に荒れ果てていた。


 大慌てで腰を下ろしたばかりの床から立ち上がり、部屋の窓を開けて空気を入れ替えながら、優先順位を考えつつ猛スピードで片付けと掃除を進めていった。


 ◇


 ――ピンポーン。


 チャイムが鳴り、モニターを見ると芦田くんの姿が映っていた。

 オートロックを開けると、まもなく再び玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ける。


「……よ」

 さっきまで同窓会で知らん顔をし合っていた彼が、そこに立っていた。


「あ……いらっしゃい」

 彼を部屋に招き入れ、パタン、とドアが閉まる。


(……なんとか間に合ったかな)

 最低限片付いた部屋をチラッと確認して安堵する。


 彼がここに来るのはまだ三度目なのだが、部屋の空気にスッと馴染むように、ごく自然にベッドの端に腰掛けた。


 この暑さの中でのお酒の後なので、グラスに冷たい麦茶を二つ注ぎ、一つを彼に手渡す。


 受け取りながら、彼は私の方を見ずに、グラスを見つめたまま口を開いた。

「……元彼だよな? さっきの」


 その言葉で、先ほどの修羅場を思い出して苦笑いする。


「あ、うん。まさか来るとは……」

「顔、初めて認識したわ」

「高校の時から、結構見た目変わったしね」


 大学生以降にかなり垢抜けた彼を思い出す。

 美容院や服装のことを相談されて、一緒に考えたりしてたっけ。


「…………」

 芦田くんが前を見つめながら、黙って麦茶を飲み干した。

「おかわりいる?」

 空のグラスを見て尋ねると、「いや、大丈夫」と返ってきたので、グラスを受け取った。


「……連絡きたりしてんの?」

 探るような、低い声で聞かれる。

「あー、うん。でも、返してない。私は話すことないし」

 拓巳の残像を振り切るように、私も麦茶を一気に飲み干した。


 二つの空のグラスをテーブルに置き、彼のほうに向き直った瞬間。


「っ」

 ぐっと腕を引かれた。


 そのままベッドの上に倒れ込み、彼が覆い被さるように私を見下ろしている。


 あっという間に身動きがとれなくなった。


「……家に来たりはしてない?」

 至近距離で、質問を続けられる。

「あ……うん、それは今のところ、ないかな。家は知られてるわけだし、来ようと思えば来られちゃうけど……」


 そこまでしたらやばいやつだと、さすがの拓巳も弁えているのだろうか。

 いや……今日のも私的には、ありえないけど。


 そんなことを考えていると、芦田くんが顔を寄せ、唇が触れるか触れないか、一ミリくらいまでの距離まで近づいて言った。


「危ないし、俺の家住めば?」


「…………へ?」

 唐突すぎる提案に、意味がわからなくて変な声が出る。


 何その冗談。


「いやいや、何言ってるの」

 私が慌てて言うと、彼は至極当然のような顔をする。

「どうせ週末、ほとんど俺の家いるじゃん」

「いや……そうだけどさ」

(そういうことじゃなくて)


 彼の声のトーンは別に真剣な感じでもなく、いつもと変わらない様子で話しているような感じだ。

 適当な冗談なのだろうか。


 私は思い切って、踏み込んだことを言ってみることにした。

「……付き合ってるわけでもないし」


「じゃあ、付き合う?」


 即座に返ってきた言葉に、また「えっ?」と驚いて彼を見る。


(え……『付き合う』って……)


「俺は、どっちでもいいけど」


 いつも通り落ち着いて、気怠げにそんなことを言う彼。


「……芦田くん、私を好きなの?」

「…………」


 黙ったまま私を見下ろしている彼。

 待っていても、答えは返ってこなかった。


(……あ、好きというわけではないんだ)


 少しだけ浮かれそうになった自分を、冷静に制する。


 やっぱり、そうだよね。


 身体の相性が良くて、一緒にいて都合がいいから、『どっちでもいい』っていう感じだよね。


「……まあ、元彼のことは気にしないで」


 虚勢を張って、平静を装って言った。


 彼は、「……ふーん」とだけ呟いて、そのまま有無を言わさずいつもの熱に私を沈めていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ