第十四話:じゃあ、付き合う?
同窓会の会場を出ると、「この後、二次会しようぜ」と盛り上がるメンバーもいたが、俺は適当な理由をつけて誘いを断り、一人で駅へと歩き出した。
すぐにスマホを取り出し、高梨へメッセージを送る。
今すぐ、彼女の肌に触れたかった。
『この後も来る?』
駅に着く前に、返事がきた。
『ごめん、今日は自分の家に帰るね』
「…………」
改札の手前でピタリと足を止め、数秒間、その画面をただ見つめた。
誘いを断られたのは、初めてだった。
胸の奥がざわつき、ややムキになって返信をする。
『じゃあ、俺がそっち行く』
そう送って、俺は自分の家とは反対方向に向かう電車に乗り込んだ。
◇
――ピンポーン。
「あ……いらっしゃい」
半ば強引に押し掛ける形になってしまったが、ドアを開けた彼女は、いつもより少しテンションが低いものの、そのまま俺を部屋へと招き入れてくれた。
彼女の甘い香りが満ちた部屋に足を踏み入れ、薄紫色のシーツが掛けられたベッドの端に腰掛ける。
彼女が冷たい麦茶を渡してくれて、短い会話を交わしていった。
さっきの男は、やはり例の元彼だとのことだった。
「…………」
俺の質問に答えながらも、高梨は時折、過去の何かを思い出しているような、どこか遠くを見るような表情をする。
その視線にまた、どうしようもない苛立ちを覚えた。
(……こっち見ろって)
俺は衝動的に、ノースリーブから出ている彼女の細い腕を引っ張り、ベッドの上に引きずり込んで上から覆い被さった。
黒いワンピースに身を包む彼女は、いつもよりずっと大人っぽく見える。
「……家に来たりはしてない?」
じっと見下ろし、彼女の揺れる瞳を真っ直ぐに捉えながら聞く。
「あ……うん、それは今のところ、ないかな。家は知られてるわけだし、来ようと思えば来られちゃうけど……」
もし今後そんなことがあっても、絶対にこの部屋には入れるな。
心の底から湧き上がる黒い独占欲に突き動かされるように、思わずこんなことを口走っていた。
「危ないし、俺の家住めば?」
「…………へ?」
顔が触れ合う一ミリ手前の距離で、彼女の目が限界まで見開き、素っ頓狂な声が漏れる。
「いやいや、何言ってるの」
「どうせ週末、ほとんど俺の家いるじゃん」
(そうだ。そうすればいいじゃん)
自分自身が不意に発した言葉に、俺は心の中で深く同意するように言葉を重ねる。
そんな突拍子もない俺の提案に対しても、彼女の反応はどこか冷静だった。
少しの間を置いて、彼女が言った。
「……付き合ってるわけでもないし」
(まあ、そうなんだけど)
でも、これだけ一緒にいて、濃密な時間を重ねているのだから、名前なんてどっちだって同じだと感じている。
俺にとって大事なのは、そんな肩書きの有無じゃない。
なるべく感情の波を抑え、いつもの平静なトーンを装って試しに問いかける。
「じゃあ、付き合う?」
彼女は驚いたように息を呑んで俺を見た。
「俺は、どっちでもいいけど」
彼女に『付き合いたい』という気持ちがあるのなら、それでもいい気がした。
彼女はしばらく何かを真剣に考えたあと、逆に問いかけられた。
「……芦田くん、私を好きなの?」
「…………」
(『好き』、ね……)
彼女に対して俺がいつも感じているこの、渇望するような感覚。
一人でいるより、落ち着く空気感。
この感情に、世の中にありふれている『好き』なんていう軽い言葉を当てはめることには、決定的な違和感があった。
適切な言葉が見つからず何も言わないでいると、彼女の中で一人で勝手に思考が完結してしまったらしい。
「……まあ、元彼のことは気にしないで」
(……あ。そう)
俺がすぐに言葉を返さなかったことに、傷ついてもいなさそうな、あっさりとした彼女の表情。
それを見て、俺もなるべくこれ以上何も感じないように、ただ彼女の熱い身体の奥底へと埋もれていった。
◇
明かりを消した、夕方の薄暗い部屋の中。
俺の腕の中で、切なげにキュッと目を瞑って耐えている彼女を見下ろす。
「…………澪」
初めて、下の名前で呼びかけてみた。
「…………?」
彼女がうっすらと潤んだ瞳を開く。
汗ばんだ耳元に唇を寄せて、もう一度、「澪」と囁いた。
「……な、なに?」
彼女は顔を真っ赤にして、ひどく恥ずかしそうに返事をした。
その初々しい反応がたまらなくて、調子に乗った俺は何度も彼女の名前を呼んだ。




